フェンス
小さく小さく押さえ込んだ想いなど、アナタは気づく余地すらなくって。それでもいいと思える諦めたアタシがいて。小さくしぼんだ想い達が、わーんって泣いてた。
フェンス越しは、いつも、なんだか、壁を感じてしまう様で嫌いだけれど、まるで、それは、私と彼の距離をしっかりと、反映してくれてる様で少し安心した。
ガットに当たって、バウンドする黄色いテニスボールを目で追うより、アナタの額から流れる汗ばかりを、目で追う事になれてしまったから、私は審判が出来ないね。
黒のラケット、PrinceのO3 Hybrid 27 MP。覚えちゃったよ、ラケットの名前。
少し笑って少し笑って少し笑って、少し泣く。
あの頃は、あんなに仲良しだったのに、どうしてだろうね。
クラスとか時間とか意外にも、そんな隔たりは、けっこう大きな壁だったんだね。
そう心の中で呟いて、立ち上がる。
けれども、何かがアタシを引き止めてくれた。
「おーーーーーい、田口!そのボールとって!」
足元を転がる黄色いボール。アナタが打ってた黄色いボール。ずいぶんと、オーバーなショットしたね。
後ろで申し訳なさそうにする彼を一瞬見て、彼の友達にオーケーサインを出す。
「分かったー!投げるよー!」
草むらで横たわる古びたラケットを持って、テニスボールを掴む。
フェンス越しの彼らは、少し驚いてた。
手で投げると思った?
少し笑って、構える。テニスボールを宙に上げる。
空が見える。
心地のいいショット音と、心地のいいラケットに当たったボールの感触。そして、ボールは、フェンス越しに舞い降りた。
「サンキュ!うまいなー、お前!」
「ありがと」
そう言って半べそになって、教室に戻る。
やっぱり、昔には戻れないみたいよ。
「・・・田口!待って」
振り返って 手招きされて 近づいて
フェンス越しにアナタがいて
柄にもなく緊張して
彼のラケットのグリップを見つめて
グリップまでPrinceかよ、って思って
アナタの額の赤いにきびをみて
少しだけ、ドキリと、胸がなった。
「田口、うまくなったな」
そういい残して、コートに戻ってた。
「言い逃げかよ」
小さく呟いた私の笑いの混じった声は、風に流されてしまった。
向こう越しのフェンスは相変わらず遠いけれど、アタシと彼の距離は、少しだけ近いようにさえも感じれる気がした。




