第4話 食べるための準備だけで大変だ
暖かさを感じたのは暖季⋯⋯春だからだそうだ。僕がカルミアさんからもらったお家は、グローデン山脈と呼ばれる山岳地帯の西側。綺麗な小川と森の山の麓の小屋だった。豊かな自然に囲まれていて、健康にいいんだって。平地はもっと暖かくなっていて、お花がいっぱい咲いているみたいね。
山小屋は一度火事になって焼失した跡地に作られた建物だった。地方の田舎村のさらに山奥にあって、訪れる人は殆どいない土地。
「人が暮らすには厳しい環境になったからね。逆に貧乏なアンタが資金を稼ぐチャンスなわけよ」
ダンジョンというものが見つかって、近くの村の人々は逃げてしまったという。つまり──この近隣には人が住んでいないって事になるんだよね。学校もないし、そんな場所で何も知らない僕は一人で生きていけるのだろうか⋯⋯。
「もうすぐ連絡路が開通するのよ。そうなるとこの辺り一帯はさ、陸路の交易中継地点の出入り口として重要になるの。ダンジョンは良い財源になるよね」
不安な顔の僕の頬をペチッと小さな手が触れた。リリーは案内花精と言うだけあって、世の中の事にも詳しい。ダンジョンの噂は逆に人を集める魅力に変わるため、いまは人がいなくても問題ないと笑った。
「そうなると間違いなくここが水源になるわけ。だから集まる連中に、この地をなるべく荒らされたり汚させたりさせないのもあるのよねぇ」
環境汚染とか難しい事をリリーが、呟いている。何だかわからないけれど、この森は聖域という場所になる。僕がここで暮らす事で土地の管理になる。
「⋯⋯⋯⋯」
リリーに誘導されて、外へ出てみた。立ち上がり、再び歩ける嬉しさに感動すると、リリーからそれはもうイイと言われた。嬉しいのは仕方ないのに。
玄関口らしき場所の扉を開けて外を見る。想像していたより目にいっぱい入る木々と、眩しい光。風が吹くと木々の葉の擦れるガサガサする音が耳に届く。
僕やリリーが住んだ所で、どうにか出来る広さではないのがよくわかった。
「先に住んでますって、既成事実が大事なの。ホラホラ、ぼやっとしてないで水を汲んで来て、その水瓶いっぱいに入れるのよ。そうすると濾過された水が使えるようになるわ」
難しい言葉をリリーはよく覚えてるなと、僕は感心する。山小屋の外に僕の背丈より大きな水瓶が見えた。蓋はなくて、置かれた石の踏み台に登り、中を覗く。瓶の中には細かな砂利などがたくさん詰まっていた。雨が降ると雨樋の水もそこに集まる仕組みだ。
「レン、水場はあっちよ」
以前は水汲みに行かなくても済むように、小川が小屋の側まで引かれていた跡があった。リリーはその跡を辿ると水の湧き出る岩があると教えてくれた。
ゆっくりと転ばないように気をつけて足を動かす。大した距離ではないとわかってるのに慎重になる。身体が新しく元気になって歩けるのはわかった。歩き方を忘れたわけではなくてホッとしたけど、少しでも長い時間歩けるのかはまだ不安がある。
だから水の桶を抱えながら、ゆっくりと歩く。リリーは僕の肩に座るように乗る。ふわふわした羽が肌に触れるとくすぐったい。
「ほぅら、あったでしょう。暖季だから水量も豊富ね」
水場には岩から染み出る綺麗な水が湧き出ている。勢いが強いのは暖かくなって地下水が押し出す量が増えるかららしい。リリーは物知りで、学校の先生みたいだ。
僕はジャバジャバと勢いよく湧き出す水で桶を満たす。水が入るとかなり重い。運べるだけの水を入れて小屋まで戻る。
「山の暮らしに慣れて来た頃にでもさ、ここから水を引くといいよ。水路の基礎は残っているからね。ほら、次は乾いた薪を使ってお鍋に水を張って火を付けるよ」
水瓶に水をいっぱいにするだけで、ヘトヘトになった僕の頭の上でリリーが欠伸をする。励ます声がないと草臥れて寝てしまったかもしれない。
あまり長々休んでいると日が暮れてしまう。動けるという事は、自分の事は自分で何とかしないといけないんだよね。そして誰もいないここでは、助けてくれる人もいない。
「アタシがいるでしょ。レンにとって生きる為のリハビリみたいなものだから、しばらくは凌げるだけの食料だってあるよ」
山小屋は僕のいた部屋から、同じくらいの広さの台所がある部屋につながっていた。ほかにもう二部屋あって、一つはトイレとお風呂、もう一つは僕のいた部屋と同じ家具があった。
「小屋って言うよりログハウスね。それに、台所って何よ」
リリーに、ここはキッチンとか厨房って言うのよと笑われた。でも意味は同じようなもので通じていた。
リリーがまず試食を勧めるので、フキゲンの豆を一粒洗って齧ってみた。────想像していたよりも不味い。でも久しぶりの食べものだからなのか、いまの僕には美味しく感じた。
「感傷に浸るのはアトよアト。豆をグラグラするまで煮て、今夜と明日の分は別の容器に分けておくのよ」
暖かい季節でも、山のため気候は涼しい。煮炊きは一遍に行えば一晩持つそうだ。
「ここは雪もそんなにたくさん積もらないから、静かに暮らすには良いのよ。レンみたいなガキンチョが街中で、急に一人で暮らしてゆける訳がないからね」
「ぐぅぅ、そうだけどさ」
リリーは容赦ない。でも、言っている事は事実でそれが普通なんだ。僕が以前のままだったとしたら、リリーはもう少し優しく言う気がした。
「火を起こすのなら、火打ち箱が棚にあるよ」
棒を使ったり、魔法を使ったりせずに、火を起こすための道具があった。
「そう。そこに豆と水の入った鍋を乗せて、下の火起こしの為の竈に乾いた薪や枝を組むの。ギッチリ詰めては駄目だからね」
リリーの指示に従って僕は踏み台を使って水と豆が入って重くなった鍋を置く。そして台から降りて、集めた枯れ枝を隙間を作りながら竈の中で軽く組んでゆく。
「はい。そうしたら火打ち箱に木くずをひとつまみ入れて、蓋をするのよ」
火打ち箱の中には小さ目の火打ち石がいくつか入っていた。火種となる木くずを入れ、蓋をして木くずが飛び出ないように留め具をする。そして蓋を押さえながら、シャカシャカカチカチと火打ち箱を振るのだ。
「木くずに火がついた? そうしたらさ、石止めの蓋と取り替えて、薪に落とすのよ」
少し重いけれど、音の鳴る玩具みたいで楽しい。ただし、気をつけないと火傷するとリリーに注意された。料理は簡単だった。でも料理する前の準備がとても大変だった。鍋がグツグツと湯立ち、豆が煮えた所で火を消す。
竈の煙は外へ出るようになっていた。魚とか釣ったり取って来たり出来れば燻製用に燻す事も出来る。僕にはよく意味がわからない。美味しく食べるコツの一つなんだって。
沢山薪を燃やす時は、室内へも充満する。だから煙を、吸い込まないように気をつけるよう教わった。
僕が自分で作った初めての料理の完成だ。母にも食べてもらいたかったな。どんなに上手く作っても、フキゲン豆のスープは不味いけどさ。




