第17話 本当の気持ち
採取と狩り、それにみんなと特訓をしながら1週間が過ぎた頃に、僕たちのいる山小屋へと近づいて来る気配があった。
「────まったく、冗談じゃないよ。帝国側と坑道が繋がって、安全を確かめるだけって話だっただろう」
「あの猫女の話ではそうだったさ。商人なんて信じるもんじゃないって事さね」
「ひでぇ女だ。商人たちと自分の仲間まで置いて来ちまうんだからよ」
「冒険者ってのは危機感が必要なんだろう? あいつらは鈍かった、それだけの事さ。何より獣に仲間はいない」
聞き覚えのある男女の嫌な声が響いて来た。シャンさんと山の中腹へ向かったはずの冒険者たちだ。
「嫌な予感するわね⋯⋯」
「戻って来たのは冒険者たちだけ⋯⋯ラゴラ隊からの報告だゾ」
「レン、抑制の効かない相手に数的不利では戦えない。森の反対へ移動しよう」
シャンさんたちが心配だったけど、プロケロさんが荒れた冒険者たちの話声を聞き、一旦山小屋を離れるように促した。
「レン、見つかると腹いせに何されるかわからないのよ」
シャンさんたちが気になる僕の心を理解したように、リリーが急かす。彼らが戻って来るのは、予定ではひと月先だった。僕の特訓もそれだけあれば間に合うはずだった。
逆にいまのままでは八名の手練れの冒険者相手に敵わないとわかっていた。
「山小屋は最悪放棄して、やり過ごすわよ。シャンたちを助けるために、アタシたちまでやられるわけにいかないのよ」
リリーも悔しそうに震えた。賢い彼女は、冒険者の口ぶりから、帝国と王国を繋ぐ坑道で何か起きたのを察している。
あの冒険者たちの性格は別として、彼らでも勝てないものが坑道にいるのは間違いなかった。
山小屋は碌なものがない。荒らされても、冒険者が欲しがるような宝もなく、せいぜい狩猟道具や食料くらいしかない。
「一番の宝は水霊石だね。これは持って逃げよう」
プロケロさんが気がついて、水霊石を確保する。念のため、持てるだけの手斧に、非常用のフキゲン豆の袋を持つ。
「嫌がらせに余計な事をすると、それはそれで良くないのよね⋯⋯」
リリーがどこかに向かって独り言を呟いた。山小屋から離れた僕たちは、冒険者たちの様子を見下ろせる岩陰まで移動する。
麓の無村まで帰ろうとする冒険者達を、わざわざあの嫌な義母が引き止めた。腹いせに僕たちが留守にしている山小屋を、燃やして帰ろうと提案していたのだ。
「⋯⋯予想通りとはいえさ、ほんと性格悪いねあの女」
冒険者達の一団の中から、一人だけ僕たちに気づいてニヤリと笑う女冒険者にリリーが毒づく。美しい女冒険者の頼みに鼻の下を伸ばした魔法使いの男が杖をかざして詠唱し、炎の塊を形成して山小屋にぶつけた。
「あっはっはっ⋯⋯一人じゃ何にも出来ないあのガキが商人の後ろ盾と、住む所を失って泣きべそかいてる姿が見えるようだよ」
距離があるので女冒険者の声は必要以上に大きく、仲間の冒険者達が驚く。でもすぐに女の視線の先に気付きニヤニヤしだした。
僕は悔しくて涙をこぼしていた。動けない身体に罵声を浴びせる義母の姿の恐ろしさを思い出し、吐き気をもよおす。
⋯⋯僕は強くなりたかった。母を奪ったこの義母をやっつけて、無関心な父に僕だって父の事は大っきらいだって、言ってやりたかった。
(────やっと、本心を認めたわね)
「⋯⋯?!」
頭の中にカルミアさんの声が響く。リリーと一体化した時と同じだ。僕の身体を通してあの人はずっと僕を観察していたんだ。
(抑圧され過ぎて、良い子を演じるしかなかったのでしょうけど⋯⋯この世界はそんな生易しい生き方を許してはくれないのよ。幸せを、糧を、魂を奪いに来る輩と戦う決意が必要なのよ⋯⋯)
学校へ行きたい気持ち⋯⋯僕になかったわけではない。それよりも母を追い出した父や義母を懲らしめてやりたかった。カルミアさんは魂を扱う人だから、最初からわかっていたんだ。
悔しさと怒りに、吐き気が治まる。カルミアさんが、わざわざ義母をこちらの世界に呼んだのは⋯⋯僕のため⋯⋯?
「────そんなわけないでしょう」
僕たちの側で、急に見知らぬ女の人の声がした。




