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第15話 小さな覚悟


 「大変だよ、カルミア! レンが動かなくなっちゃった!」


 リリーが大慌てで叫ぶ声がする。僕はこうしてリリーを見ているのに⋯⋯あれ、カルミアさんがどうしてここにいるの? ここは山小屋じゃないの? 


「落ち着きなさいな、リリー。その子なら、魂を揺さぶる強い衝撃を受けて意識がこちらへ戻っただけよ。要は気絶ね」


 カルミアさんが何を言っているのかよくわからない。ただ、ズキッと胸が痛んだあと倒れてしまい、カルミアさんの所まで来てしまったみたいだ。


「あの嫌な女、カルミアの作った劣化版の霊体人形なんでしょ。何であんなの呼ぶのよ!」


 リリーが小さな身体で食ってかかる。しかしリリーと似た姿の妖精に、抑えられる。僕は自分の状態がわからないまま、それを見つめる事しか出来なかった。


「のんびりのほほん生活したいって言うのなら、そうさせるわよ。でもこの子は物語の英雄に憧れているのよ? 与えられた生ぬるい環境で借り物の身体で力を発揮して楽しい? この程度の苦難で心を折るような子に英雄は無理ね」


 カルミアさんが突然僕の方に視線を向けて言い放った。僕は色々出来るようになって、いい気になっていた。剣はまだ駄目でも手斧やナイフは扱い慣れて来た。魔法も使えた。物語の英雄に、少しずつ近づいているって実感はあった。


 でもそれは始めから使える道具を使い出せただけの行い。僕は勘違いしていたんだ。


「君⋯⋯心の傷ついた子供相手に、流石にこの試練は酷じゃないのかね」


 カルミアさんとは別の綺麗な金髪の人が、リリーに味方する。ここは僕がこの世界に来た時にいたカルミアさんの部屋だ。


「制限時間はどのみち学校へ行くまでよ。英雄を目指すのならば、このくらいの試練乗り越えないと。わたしなんて英雄願望これっぽっちもないから、目立たないように庶民に徹していたのに酷い目に遭わされたからね」


 カルミアさんも学生時代は苦労したんだ。だから僕に優しく、頑張ってほしいと思うのかな。


「この狂った錬生術師(マッド・アルケミスト)め。本音を言いたまえ」 


「そんなの過酷な状態を切り抜けるほど、魂が磨きに磨かれて、最良のものが出来るからに決まっているじゃない」


「つまり⋯⋯わかっていながら呼んだと認めるのだね」


「知らないわよ。あの女の腐った性根は、先輩の母親や義母を遥かに上回る陰悪さだから、とても良質な惨酷さを生むわ。この機会見逃す術師はいないわよ」


 カルミアさんの告白に、先輩と呼ばれた綺麗な人と、リリーを抑えている妖精さんが頭を抱えた。あの嫌な女冒険者はやはり義母だったんだ。若くなって、服装や髪の色が違ったけれど喋り方や僕に向ける目は同じだった。


「そういうわけだからリリー、この子が挫けそうになっても逃げ込ませるのは今後は禁止よ」


「カルミアの鬼畜! 魔王様より酷いよ!」


 リリーの叫びもまったく動じないカルミアさん。リリーや金髪の綺麗な人は応援してくれてありがたいと思う。でも僕は甘えていた。甘える場所を間違っていたんだ。


 自分の夢は自分でやるしか叶えられない。用意してもらった舞台で与えられた力でただ物語をなぞるのは演劇だ。英雄になる物語を読むのと変わらない。カルミアさんは厳しいようで、正しく導いてくれると思った。


「それとリリー、人型の聖霊人形(ニューマ・ノイド)をあげる約束は変更よ」


「えーーっ、なんでぇ?!」


「あの女は自分より格下の玩具はとことん嬲りたがるものよ。小さな幸せすら許さないし、認めたくないから全力で壊しにかかるわね」


 カルミアさんが何故か楽しそうに笑う。綺麗な金髪の女性が、一番性格悪いのは君だと、カルミアさんの後ろから首を絞めていた。


 やっと手に入れたお肉のスープを不味いと言われたのが、悔しかったんだ。でも作ったのが僕だとわかると、鍋ごと蹴飛ばして揉めたと後でリリーから知らされた。


「ゴホッ⋯⋯とにかく調査隊が戻って来るまでに、あなたがリリーの力を活かせるように精進なさいな」 


 最後は、しっかりと僕の目を見てカルミアさんが話しかけた。そして意識がまた途絶えた。



 ────身体と頭が重い。さっきまでのふわふわ感は魂の状態だったから?


「うぐぅぅぅムカつく〜、本当性格悪いよねあの錬生術師(カルミア)はさ!」


 リリーが山小屋のベッドの上に横たわる僕のおでこの上で憤慨していた。頭が重いのはリリーが乗っていたからだね。


「レン、特訓だよ。カルミアがああいう風に何かを隠す時は、成長を急かさざるを得ない、何かが変わったからよ」


 僕の成長に合わせてのんびりとやっていられない何かが起きた⋯⋯そんな不安が漂う。


 作ったお肉のスープはなくなってしまったけれど、それ以上暴れて壊されないように、シャンさんたちとプロケロさんたちが女冒険者パーティを止めてくれた。


「あいつらが戻るまでが勝負ね。レン、覚悟はいい?」


 リリーが額から、僕の目を覗き込んで問う。いつまでも怯えてなんていられない。僕はリリーをおでこに乗せたまま頷いた。

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