第11話 期待されてなかったわけ
「チッ!」
プロケロさんとランダーさんがうまく立ち回り、リリーが幻惑でビッグホーンラビットの攻撃目標を逸らしてくれる。
「レン! グダグダ考えないで動くの!」
鈍臭い僕を庇い、みんなが助けてくれる。でも立ち上がっても、足が竦んで動かないんだ。迫るビッグホーンラビット。プロケロさんが僕を突き飛ばし、直撃は避けられた。
痛い⋯⋯怖い⋯⋯。握り始める手斧が手から離れない。戦えと叫ぶ僕と、逃げろと泣き出す自分がいる。
「リリー、レンが限界だゾ」
ガチガチ震える情けない僕を見て、ランダーさんがリリーへ呟いた。
「ビッグホーンラビットは、予定外の出現だから仕方ないわね」
バタバタして慌てていたリリーたちが急に素早く動き回った。ランダーさんが植物の根っこでビッグホーンラビットの足に絡みついて、動きを止めた。
プロケロさんはビッグホーンラビットより高く跳躍し、動きの鈍った魔物の首に手斧の一撃を加え再び跳ねた。
「リリー!」
藻搔くビッグホーンラビットから離れたランダーさんの合図でリリーの雷の魔法が炸裂した。
「凄い⋯⋯」
プロケロさんは僕と大して変わらない身長だし、リリーやランダーさんは僕の顔より小さい。それなのに怖がることなく自分たちよりも大きなビッグホーンラビットを倒してしまった。
「ふふん、レンはビビり過ぎなの。魔物を見つかった時点で生命の奪い合いが始まってるんだから」
勝てる勝てないではなく、やったれ! って、興奮したリリーにキックされた。訓練で教わって、頭ではわかっていたつもりだった。
「リリーは怖くないの。僕よりずっと大きく見えているはずなのに」
リリーもランダーさんも普段はおちゃらけているのに、とても勇敢だった。
「べつに、怖くないよ。いい、レン。アタシとデカ兎には決定的な違いがあるの」
ニヒヒ、と意味あり気にリリーが笑う。僕を慰めるために強がっているのではなく、本当にそう思っているようだ。
「レンにはまだ早いかな。それより獲物を仕留めたんだからさ、やる事いっぱいあるでしょう? プロケロ、警戒はアタシとランダーでするからよろしくね」
僕が始めからうまく戦えるなんてリリーは思ってなかった。それよりも僕でも出来る事があった。
⋯⋯目の前の大きな肉塊の解体が待っていたからだ。
「さあ、肉の解体をするよ、レン。手斧とナイフを使って手早く解体するとしよう」
ビクビクと痙攣している魔物を前に、僕は再び食べるものを用意する⋯⋯その大変さを知る訓練をすることになった。
「しっかりと血抜きするには吊るしたいところだね。これは我々では難しいから、このままやろう」
プロケロさんが、ビッグホーンラビットの首元の厚い毛皮を掴み手に持つ手斧でザックリとカットした。そして僕に向かって手招きした。
僕はナイフを握りしめ、震える身体に喝を入れる。そして生きてゆくためにプロケロさんの手招きに応じた。
この世界の魔物は、僕のいた世界の動物と構造と同じそうだ。人もそうだけど、魔力の流れがあるかないかの違いと、その個体の扱える力量で、魔力の高いものが魔物と呼ばれる。
ビッグホーンラビットは身体は大きいけれど、魔力そのものは身体に対して少なめだ。
「死んだ後に魔力が固まり魔晶石になるんだ。大抵の生き物は心臓のあたりに固形化する。野生の魔物とダンジョン産の区別はこの生成された魔晶石を抜くとわかるのさ」
解体する時に注意するポイントは魔晶石をいつ剥ぎ取るのかだった。ダンジョン産の魔物は魔晶石を先に取ると身体が塵になってしまう場合があるそうだ。必要な素材を得てから魔晶石を取るのが基本だと、プロケロさんは丁寧に説明してくれた。
血に塗れ遺骸から流れ出る排泄物の凄まじい臭いの中で、僕は吐き気をもよおしながらしっかり学習する。
解体作業のおかげで、さっきリリーが言っていた強さの決定的な違いも意味がわかった。この世界の強さを決める要素は、身体の大きさや筋力だけではないのだ。魔力という見えない力も重要だった。
毛皮を剥ぎ取り、肉を解体し、角など使える部位を取り尽くしたビッグホーンラビット。その魔力は僕の握りこぶし半分に満たなかった。
「────何よレン、血まみれじゃない〜」
解体作業が終わるとリリーたちが警戒から戻って来た。解体も済み必要ものは得たので、血の匂いを嗅ぎつけて他の魔物がやって来る前に山小屋へ帰る事になった。
「レンから美味しそうな血の臭いが漂うから、もっと凄いのやって来るかもしれんゾ」
冷やかしているの? ⋯⋯植物系の魔物そのものなランダーさんの、僕を見る目が少し怖い。魔物たちからは、僕の姿はクッキーにたっぷりチョコをかけたような感じなのかな。
酷い臭いに鼻が麻痺して僕の感覚も麻痺したのか、殆ど食べたことがなかった甘いお菓子を想像する。ついこの前までは不味い豆を食べる事が出来ただけでもありがたかったのに。
「欲張り過ぎは身を滅ぼすもと。でも適度な欲求は生きる意欲に繋がるのよ」
リリーが血で汚れていない僕の頭に乗って、鼻をつまみながらあたりを回す。さりげない動作に見えて、今までもそうして注意を払ってくれていたのが分かるようになった。
「そうやって戦いの場に身を置く事で、敏感になり震えも収まっていくゾ」
「よーするに慣れよね。ビービー泣かないたけでも大したものよ」
泣きそうになっていたんだけど、かっこ悪いから黙っておいた。




