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白金のハイエルフ  作者: 味醂
再会
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明星輝く時

 明星輝く時




 汽笛が聞こえる。

 もうすっかりと耳慣れてしまったこの音も、今日限りしばらく聞くことはないだろう。

 簡素な寝台に備え付けられた薄い布団手繰り寄せ、ぎゅっと腕の中に抱き込むと少し異質な感触が返ってきた。

 意識はまだハッキリとしないものの、手探りで布団の中を探るとそれは直ぐに見つかった。


 慌てて布団から引き抜いて目を開ける。


 カーテンのない丸い舷窓からはうっすらと光の帯が伸びており、薄明るい程度には船室を照らしていた。

 そしてすぐに手にしたソレをみれば、随分とくたびれたぬいぐるみが片耳と片腕をだらんと下げて虚ろな目で宙を見ていた。


「わ、ウサちゃんごめん!!」


 枕元に置いた筈のぬいぐるみをどうやら眠っている間に布団の中に引き込んでしまったのだろう。

 あちらこちらに繕いの痕があり、なかの棉もすっかりと痩せてしまい、張りのなくなったそれは長年私の寂しさを紛らわしてくれた、いわば戦友のような友達だった。


 今日私は父とこの船を下り、少しだけ離れた場所にある空港へ向かい、そこで母と落ち合う予定なのだ。

 家族三人揃った後は、イタリアへと初めての海外旅行が待っている。

 もっとも厳密には既にここは外国であるのだが、タイでの観光予定はない以上、私の最初の海外旅行というものはイタリアなのだという認識が強かった。


「ぐううううう。。」


 不意に聞こえてきた怪音に寝台から身を乗り出すとを、二段になっている寝台の下側、つまり私が寝ていた寝台の下段の手すりから片足をだらりとはみ出させた父が熟睡しているところだった。


「昨夜はいっぱいお酒のんでたもんね」


 昨夜船を離れる私達のために開かれた送別会で、次々とお酒を勧められるままに飲んでいた父はまだ当分目を覚まさないだろう。弱いくせになんでそんなに飲むのだろうと思いつつ、私は足元にある荷物から今日着る予定の服を取り出して着替え始める。


 本来であればとても着替える高さなどない筈だが、そこは子供の身。たいして苦労もせずに着替え終わると着ていたパジャマをたたみにかかる。

 これまでであれば、そこまできちんと畳むことをしていなかったが、今日は母との合流の日である。気合を入れて綺麗に畳んでおけば褒めて貰えるかもしれないなんて、ささやかな子供心を発揮して何度かやり直しながらもなんとかミッションを遂行することができた。


「よいしょ……」


 慎重に足場を探りながら梯子を下りる。残り2段ほどでタンッと床に飛び降りて改めて父の様子を見ようと下側の寝台に頭を突っ込むが、襲い掛かってきたあまりの悪臭に顔を顰めてすぐに逃げ出すことになる。

 今しばらく起きそうにない事は解ったので部屋の出入り口横の空調パネルを操作して換気を強に設定してから部屋を出た。


 早朝の船内を歩く。

 数日のうちにすっかり自分の庭の様になってしまったフロアを迷わず進み、目的の場所へと急いだ。


 トイレで用を足して、手を洗うついでに顔も洗って廊下に戻る時、一人の女性スタッフとすれ違う。


「おはようございます!」


 すかさず大きな声で挨拶する。挨拶はしっかりと。常日頃両親から言われてる事だった。


「―――――――」


 にこやかな表情で小さく手を振りトイレの中へを入っていく女性。

 挨拶を返してくれたことはその様子でわかったものの、その言葉をよく聞き取れなかった。

 その時はそこまで深刻に捉えていなかったものの、日の出を迎え日中照明となった船内で自然と増えた出歩く者とすれ違うたび、その違和感は大きさを増し、船室に戻る頃にはすっかりと意気消沈していた。


 耳にする言葉が耳慣れない。

 一晩で世界が変わってしまったかのような 、私だけが昨日のままの世界に取り残されたような疎外感に苛まれていた。

 まだ寝台でいびきをかいている父親も同じ状況になっていたら……一度物事を悪い方向へと考え出すと際限なく不安の渦に流されてしまいそうで、結局それは父親が目を覚ますまで続くのだった。


 ◇ ◇ ◇


 一段とその温度を下げた凍てつく(おろし)が頬を撫でてゆく。まだ随分と雪が残っているのだろう東の山頂の方向を見れば、闇一色に染まっていたその辺りも薄っすらとその稜線が姿を現し始め、夜明けまでの束の間の最も冷え込む時間ということもあり静謐(せいひつ)に澄んだ雪解けの水に似た空気感を漂わせていた。


「もっともこの風の音を聞けば静謐さとは無縁かしらね」


 その言葉に返事はなく、自分の他には誰もいないこの場所では、それも最初から分かってはいたが、思わず口からそんな言葉が零れてしまったのだ。


 リーリカは結局まだ目を覚ましていない。

 その気になれば数日間は全く寝なくても問題の出ない私は夜が更け切る前に不眠の番を申し出て、それを渋るメイド達を半ば強引に休ませて目覚めぬ黒髪の少女達を看ていたのだ。

 もっともマイアも一緒ではあるが、少し夜風に当たりたい気分だった私は彼女らをマイアに任せ、この明け方前のテラスへと出てきていたのだった。


「少し様子が変わったわ」


 そんな思念がマイアから飛んできたので部屋へと続くドアへと歩く。数歩あるいてふと振り返れば、東の稜線ギリギリに明るい星が姿を見ではじめ、いよいよ夜明けが近い事を告げていた。


 静かにドアを引き開けて部屋へと入るとその温度差に少々うんざりしながらもエリス達が好んで使う香油の香りで包まれ、ほっと息を吐く。


「ううん……」


 ゴソリと身じろぎするリーリカは確かに昏々と眠っていた先程までとは打って変わり、いまにも目覚めそうだった。


「どうやらリーリカは目覚めそうね、マイア」


 飛ばした念話に薄闇の中でベッドに向かって座っているマイアがこちらへと視線を移して頷きながらその席を私に譲るべく音もなく立ち上がったのが見えた。


 もっとも他の者達では依然この部屋の中はかなり暗い筈なのだが、吸血鬼とその眷属という身の上には昼間の様とは言えないまでも、薄闇程度にしか感じず、人の動きくらいは充分に見ることが可能だった。


「う……ん…………」


 譲ってもらった席に着く前にリーリカの様子をみれば、昨夜握らせたエリスの手をまだしっかりと握っており、時折くぐもったで呻きとも喘ぎともとれるような声と共に身動(みじろ)ぎしている様だった。

 静かに椅子に座りマイアへと普通に声をかける。


「マイア、アリシアを起こしていらっしゃい」


「かしこまりました」


 その後リーリカが目を覚ましたのは起こされたアリシアが素晴らしい手際で身支度を整えてやってくるのとほぼ同時であった。




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