友として 05
「……ん」
小さなうめき声が聞こえ、それが自分の発した声だと気が付いて、レイアはようやく目を覚ました。
薄明りの中、レイアはぼんやりと天井を眺め、それからゆっくりと視線を動かす。自分が今どこにいるのかを理解する。一カ月程前から暮らすようになった、フランクール家のレイアの部屋だ。
「レイア様!」
近くにいたのだろう。侍女の小さな叫び声が聞こえた。
「レイア様が、お目覚めになりました」
バタバタと人が動く音。部屋が明るくなり、音を立てて開けられた扉から、誰かが入ってきた。
ベッドサイドに立った人物に、レイアはゆっくりとほほえんだ。
「やあ、セルジュ。今、何時かな」
寝衣の上にガウンを引っ掛けたセルジュの美しい顔は、幾分青かった。
「深夜三時だ」
言ってセルジュは、近くにいた侍女に短く指示する。
「医師を呼べ」
「はい、ただいま」
「いいよセルジュ、必要ない。もう大丈夫だから」
上体を起こしながらレイアが答えると、セルジュは大きく息をつきながら、その場所にあった猫脚のベンチソファーに腰を下ろした。
「君は、二日間も起きなかったんだぞ」
「私がここにいるってことは、帰宅の許可が出た?」
「一日は大聖堂にいた。その後は大聖女が、家で休ませろと。テオフィルが君を運んできた」
「そう。心配かけたね、ごめん」
「なぜ君が謝る。とにかく医師に診てもらえ」
「……分かった」
もう一度息をついたセルジュにくすりと笑ってから、レイアは薄手のブランケットの上で、片手で頬杖をついた。
「優しいね、セルジュ。私は友人として、あなたに近づいたかな?」
「……君は、俺のことを何だと思っている。目の前で倒れた人間を、放置するような人間だとでも?」
セルジュが不満げな表情をしたので、レイアは笑いながらこれ以上からかうのをやめた。
医師はまだ来ない。レイアは本題を切り出した。
「大聖堂は、どうなった?」
「……あの後すぐ封鎖された。目撃者の証言から、男女それぞれの身元は特定されたが、遺体はどちらも出なかった」
「闇が生まれてしまったからね。彼はもう、二度と闇から戻れない。消滅の時を待つだけだ」
「……聖女もか」
「いや、彼女は……。あの時既に息絶えていた。魂は闇に取り込まれていない。肉体は残らなかったけど……」
レイアは頬杖をついていた手で、そのまま目元を覆った。血だまりの中の聖女の姿を思い出す。彼女が哀れでならなかった。
「詳細は不明だが、周囲の証言によれば、男の方が一方的に思い詰めていたらしい」
「……そう。彼女の魂が、安らかに導かれるよう、私も祈るよ」
セルジュは少し沈黙し、それからやや声のトーンを落として言った。
「俺には、聖女の像から、闇が噴き出したように見えた」
「…………」
「あれはどういうことだ」
レイアは顔をあげた。真剣なまなざしのセルジュを少し見つめ、ややして目を伏せた。
「話せば長くなるから、その話はまた今度にしたいな」
「…………」
しばらくの沈黙。ややして諦めたようなセルジュの声が聞こえた。
「分かった」
それだけ言って、セルジュはそれ以上もう何も聞かなかった。
ちょうどその時、侍女とともに医師が入ってきた。フランクール家で寝泊まりさせられていたのだろう。叩き起こされたのか、医師は寝ぐせを整える暇もなかったらしい。
「セルジュ、あなたももう休んで。診てもらったら、私も休むから」
「ああ」
立ち上がって、去り際にセルジュは、もう一度レイアに声を掛けた。
「君は、大丈夫なのか」
顔をあげれば、セルジュの澄んだ空色の瞳と目が合った。不器用にレイアを気遣う、その美しいまなざしに覚えがあって、レイアは胸をつかれた。
「……大丈夫だよ」
そう答えるので、精いっぱいだった。




