友として 03
セルジュとレイアが二人並んで座っていると、時折それに気付いた人々が、寄ってきては結婚を祝福する言葉をかけた。そっけないセルジュとは違い、レイアはワインや軽食を楽しみながら、にこやかに応じていた。
と、セルジュの知らない誰かと会話をしている途中で、レイアがグラスをその手から落とした。カシャンという音に、セルジュがそちらを向けば、同時にレイアが立ちあがっているところだった。
「お怪我はありませんか?」
給仕人が駆け寄ってきた。レイアの表情を見て、セルジュは驚く。背後を振り仰いだレイアは、ここにはない何かを見ながら、真っ青な顔をしていた。
「……いけない!」
小さく叫んだと同時に、レイアはもう走りだしていた。周りにいた数名の人々と、ガラスの破片を片付ける給仕人と、隣に座っていたセルジュの全員を無視して。驚きで、そこにいた皆が言葉を失っていた。
いつも鷹揚に構えている彼女が血相を変えたのを見るのは初めてで、セルジュは手にあったグラスを給仕人に預けて、思わず後を追っていた。
「レイア様、どうされました?」
「レイア様――」
彼女のただならぬ様子を感じて声を掛ける人々を無視して、レイアは一直線に走り続ける。その少し後に続くセルジュが見れば、この先は敷地内にある大聖堂だと分かった。
「レイア!」
テオフィルの声だった。すぐに彼もセルジュと肩を並べている。
目前ではレイアが、大聖堂の樫の大扉を、勢い良く両手で開け放つところだった。
セルジュは思わず立ちすくんだ。開け放った大扉の向こうから、真っ黒い闇の瘴気が噴き出してくる。
「レイア様――ああっ!」
セルジュやテオフィルと同じように、不審に思ってレイアの後を追ってきたらしい数人の聖女が、その瘴気の濃さに、震え上がってその場に両膝を落としていた。一緒にいた騎士たちが、彼女たちを支えている。
彼女たちの声にはっとして、レイアはようやく背後を振り返った。セルジュと、テオフィルと、それから何人かの聖女や騎士の姿を確認して、レイアは大きく首を横にふる。
「駄目だ。絶対に中に入らないで」
「レイア、君は――」
テオフィルが叫ぶように声をあげたが、レイアはもう大聖堂の中に踏み込んでいた。後に続こうとするものは、誰もいない。動けなかったのだ、誰一人として。ここにいる皆が、セルジュと同じようにこの闇が見えているようだった。
扉の外に噴き出したせいか、瘴気が幾分薄くなり、彼女の行く先にあるものをかろうじて視認することができた。
この国の象徴、真っ白い建国の聖女の像が、背面のステンドグラスから降り注ぐ光を浴びている。いつもなら幻想的な美しさのはずなのだが、今その周囲は瘴気に満ちている。
聖女の像の足元には、血の池が広がっていた。その上で、一人の女が倒れている。身にまとうものから、聖女と推察できるが、本来白いドレスであるそれは、既に真っ赤に染まってしまっていた。
彼女の側には、同じように血だらけの男が一人、両膝を落として呆然としていた。血は男自身のものではないだろう。その手には剣があり、刃からは血が滴り落ちていた。
それを目撃した全員の息が止まったかのようだった。だがその次の瞬間、聖女の像に大きな音とともに足元からひびが入り、激しく砕け落ちていく。崩れ去ったそこから、どす黒い闇が、渦を巻きながら噴き出していた。瘴気は一層濃くなり、大聖堂のガラス窓が、次々と割れていく。
男は訳の分からぬ、とても人とは思えぬ奇声をあげて、天を仰いでいた。聖女の像から噴き出していた大量の闇が、喰らいつくように男に降り注いでいく。倒れていた聖女の体とともに、その場所は何も見えない暗黒となった。
その前に立つレイアが、目の前の全てを受け止め包み込むかのように、両腕をかざしていた。
「Komm, du süße Todesstunde, Herzlich tut mich verlangen Nach einem segeln End, Weil ich hie bin umfangen Mit Trübsal und Elend.」
レイアの声とともに、カルタールで見たものよりも、何倍も大きな魔法陣が出現していた。そこから発生した洪水のような光の波に、全ての闇が飲み込まれていく。やがて光は、レイアの元へ戻っていった。
誰もが何も言えずにそれを見ていた。闇は消え、そこにいたはずの男も聖女も、いなくなってしまっていた。
誰かの息を呑む音が聞こえた時、レイアの体がぐらりと揺れた。
「レイア!」
はっとしてテオフィルが叫び声をあげた。
レイアはその声に反応することなく、血だまりの中に倒れ込んでいた。




