友として 02
仕方がなく、テオフィルから言われた言葉をかいつまんで話せば、隣に座ったレイアがワインを飲みながら言った。
「もしかして、テオが私のことを愛していると思ってる?」
「……違うのか」
「それは誤解だね、確かに」
レイアはおかしそうに笑っていた。
「テオも話してって言ったから話すけど」
そう断りをいれてから、レイアは話し始めた。
テオフィルとの出会いは、レイアが十一歳の頃、王立学校でのことだった。
強い闇を感じてレイアがその場所に向かうと、建物の三階にあった教室の窓から、テオフィルが身を乗り出そうとしているところだった。
レイアは慌ててテオフィルの背中に飛びつき、窓から引き離す。バランスを崩して二人は、床に一緒に転がった。
レイアが起き上がる前に、テオフィルがレイアに馬乗りになる。闇に包まれたテオフィルが、レイアの首を絞めた。
苦しみながらレイアは、自らの手をあげ、テオフィルの目前にかざす。祓いの言葉を何とか口にすると、テオフィルが正気に戻ってレイアから離れた。
『ぼ、僕……』
うろたえるテオフィルに、せき込みながらレイアは、声を掛ける。
『大丈夫。あなたのせいじゃない』
『でもあなたを……』
『違う、これは闇のせい。あなたの悲しみに、闇がつけいっただけ。何か、とてもつらいことがあった? 死にたいと思ってしまうくらいの』
『……っ』
泣き出したテオフィルの背中をさすりながら、レイアは彼の悲しみを聞いた。
「テオはね、大好きだった人に、振られてしまったんだ。それだけじゃなくて、それを他の友人に話され、一緒になって侮辱された。それを聞いた私は我慢ができなくて、彼を平手打ちにしてやった」
「……彼?」
セルジュは思わず聞き返した。レイアは当時のことを思い出したのか、小さくため息をついた。
「そう、彼。勇気を出して告白したテオに、ひどい仕打ちだ。私がたっぷりと脅してやったから、その後は大人しくしていたけどね。闇は祓っても、テオが立ち直るには時間がかかったよ。今となってはテオも、なぜあんなやつを好きだったのか分からないって言うけど」
「…………」
「だから、テオが私を愛しているっていうのは誤解。今はテオにも恋人がいるし」
明るい表情に戻ってからレイアは、いつものように柔らかく笑った。
「でも、友人を大切に思う気持ちも、愛と言ってもいいのかもしれないね。可能であれば、私はあなたともそうでありたいと思ってるよ。妻として、女として愛することができなくても、友人としては、どうかな」
思いもよらぬ提案に、セルジュはしかし呆れたように言った。
「それで来年の今頃は、離婚して友人関係を続けると?」
「そうだね」
何杯目かのワインを飲みながら、レイアは答える。アルコールのせいなのか、彼女の瞳は潤んでいた。
「はじめはね、本当に最低限の関わりだけでも良いかなと思ってたんだ。期限をつけたのは私だし。でも、あなたの事情を少し知って、私も共感してもらいたくなってしまったのかな」
「共感?」
「私も母がいないから。顔も覚えていないんだ。私を産むのと引き換えに、母は命を落としたから。それを聞いて結構ショックだった。私が生まれなければ、ってね」
「…………」
共感。その気持ちは、セルジュにも理解できた。痛みに寄り添ってもらいたいと願う気持ちを、否定することなどできない。痛みや、苦しみを、誰もが一人で処理できるわけではない。簡単には理解されたくないと思いながらも、他人の力をどこかで必要としているのだ。
『つらい思いをしているのは、あなただけではありません』
テオフィルの言葉が胸に響いた。セルジュは肩の力を抜いて息をついていた。
「あなたの新しい友人に、どう? 気が向いたら、考えてみてよ」
こちらをのぞきこんで屈託のない笑顔を見せるレイアに、セルジュは自らもワインを手にとり、きらきらと輝く金色の液体を見つめながら答えた。
「善処する」
「本当? 嬉しいな」
爽やかな風が吹いた。土の香りを、緑の香りを、花々の香りを運んでくれる。二人はどちらともなく、目前の庭園に目をやった。
「ラベンダー、少し分けてもらおうかな。好きなんだ、あの香り」
レイアの声を聞きながら、セルジュは再びゆっくりとワインを口にした。




