友として 01
それからしばらくが過ぎて、カルタールからマノンが随分良くなったという感謝の便りが届いた。アンジェリーヌは大層喜び、それ以後もセルジュとレイアはアンジェリーヌに度々呼び出されることになった。
爽やかな青空の下、騎士団主催のガーデンパーティが催されていた。騎士長である第一王子と、招待客であるアンジェリーヌから声が掛かり、セルジュはほとんど着ていなかった騎士団の制服をまとい、仕方がなくパーティに出席していた。
おしゃべりに興じる人の群れから避難し、セルジュは多少人のまばらな場所で一人、ガーデンベンチに落ち着いて、華やかな金色の発泡性ワインをゆっくりと口に運んでいた。細いフルートグラスの中では、次々と立ち上がる泡が光を弾いている。
目の前では、ラベンダーと薔薇が幾重にも咲いている。花々の中心では、さらさらと噴水が水音を立てていた。
「セルジュ・フランクール様。少し、よろしいですか」
近づいてきた男に、呼びかけられる。視線だけを寄越せば、柔らかそうな栗色の髪と若草色の瞳をした、中性的な容貌をした騎士がそこにいた。同世代に見えるが、胸の階級章によれば、セルジュより立場は下だ。
セルジュの返事を聞く前に、男は真面目な顔をして話はじめた。
「テオフィル・ワトーと申します。僕はレイアの友人です。一学年下ですが、レイアとも、あなたとも同じ王立学校で学びました。ご存じないでしょうが」
アンジェリーヌに引き続き、また「レイア」だ。セルジュはうんざりした表情で答えた。
「用件を言え」
ワインを飲み干すと、給仕人が近寄ってグラスを下げた。セルジュは新しいワインを手だけで断り、少し離れて自分の前に立つテオフィルを、冷たい視線で見つめていた。
「失礼ながらあなたのことを調べさせてもらいました。レイアが心配だったので」
セルジュは足を組み、膝の上で両手の指を絡めた。自分を調べたと正面から言われ、実に不愉快ではあるが、先を聞くことにする。
「あなたは別の聖女を愛していると」
「それが何だ」
「……否定しないのですか」
「なぜ聞く。調べたんだろう?」
セルジュは薄く笑った。テオフィルはわずかに眉間に皺を寄せたが、すぐに目を閉じて一つ息をはくと、気を取り直したように再びまぶたを上げて話を続けた。
「愛する人との別れは、つらいものだったでしょう」
「……お前に、何が分かる?」
思わず詰問する口調になった。だがテオフィルは、冷静な態度を崩さなかった。
「ええ、分かりません。ですが、あなたもレイアや僕のことをご存じない。言っておきますが、つらい思いをしているのは、あなただけではありません」
その言葉にセルジュは、反論ができなかった。そんなことは、言われずとも理解している、つもりだった。
言葉に詰まったセルジュに、テオフィルは真っすぐな視線を向けた。
「レイアはあなたが誰を愛していても、構わないと言いました。ですが、それで彼女が幸せになるとは思えません。できれば前向きに、レイアとの生活について考えていただきたいのです。彼女が幸せに過ごせるように。僕にはできないから、あなたにお願いしています。レイアは、僕の大切な人なんです」
それでセルジュはようやく理解した。つまりテオフィルは、レイアを愛しているのだ。
愛する女性の幸せを、他の誰かに託す苦しみを知っているから、セルジュはいよいよ何も言えなくなった。
「あれ、テオ?」
ふいにレイアの声がして、セルジュとテオフィルはそちらを振り向く。きょとんとしながらレイアが、こちらに近づいてきた。
「テオ、セルジュと知り合いだった?」
「……いいや、はじめて話したよ。今ちょうど終わったところ。二人の邪魔をしちゃ悪いから、僕はこれで。セルジュ様、突然の失礼をお許しください。それでは」
テオフィルはレイアの横を通り過ぎる際、彼女に小さくほほえんだ。
「僕のことは、後はレイアが話して。少し、誤解を招く言い方をしちゃったから」
「え?」
レイアの声に振り返らずにテオフィルが去ってしまったので、レイアは小首をかしげて不思議そうなまなざしをセルジュに向けた。
「……誤解って、何を?」
聞きたいのはこちらの方だ。セルジュはベンチに背中を預けると、空を仰いで息をついた。




