王国の魔女 04
翌朝も、やはり寒さは厳しく、外には粉雪が舞っていた。サンステラ聖堂を発つ時、ラウルとロザリーはそろって見送りにやってきていた。
「レイア様。本当に、本当にありがとうございました」
「私、決して忘れません、レイア様にしていただいたこと。本当に、心から感謝しています」
白い息を吐きながら、二人はレイアに、改めて深く感謝の気持ちを伝えていた。
昨日再会した時の様子が嘘のように、二人の瞳には生き生きとした光が宿っている。かつて一緒に過ごした時と変わらない二人の姿に、セルジュは今、自分でも信じられないくらい穏やかな気持ちで向き合っていた。
レイアに別れを告げた後、二人がセルジュの前に立った。セルジュは願うような気持ちで言った。
「ラウル、ロザリー。元気で」
「セルジュ、また会えるか?」
遠慮がちにラウルが尋ねた。以前のセルジュならきっと、何も答えられなかっただろう。でも今は違う。
「……ツィーレに来た時には、寄ってくれ」
「本当か? ああ、絶対に行くよ!」
嬉しそうに破顔して、ラウルはその手を差し出した。セルジュがそれにこたえると、ラウルは今度は泣きだしそうな顔になっていた。
ラウルと握手を済ませると、今度はロザリーが一歩前に出て、潤んだ瞳でセルジュをじっと見つめた。
「セルジュ、こんな状況だけど、会えて本当に嬉しかった。私もラウルも、セルジュにずっと会いたかった。また、きっと会いに行くからね。セルジュとレイア様の幸せを、ここからいつも祈るわ」
差し出されたロザリーのほっそりとした手を、セルジュは自然に握り返した。
「ありがとう、ロザリー。また会おう」
「……うん!」
ロザリーは、雲間からのぞく太陽のような笑顔を見せた。そして、それが別れとなった。
馬車に向かって手を振る二人の姿は遠ざかり、やがて見えなくなった。セルジュは片手で頬杖をついたまま、窓の外を眺め続けた。青空の下で、粉雪の舞う美しい景色が広がっている。セルジュの前にはレイアが、その隣にはテオフィルが座っている。
いつしかテオフィルが眠ってしまったようだ。腕組みをしたまま馬車に体を預け、馬車のリズムにあわせて体を揺らしている。
レイアはセルジュと同じように黙って景色を眺めていたが、やがてぽつりと言った。
「あなたの立場なら、望めば、彼女と結婚することもできたんじゃないかな」
「……それで彼女が幸せになるのなら、そうしていた」
二人のまなざしが、どちらからともなく交わる。レイアはゆっくりとほほえんだ。
「やっぱり、セルジュは優しいね。……いつかあなたの願いが叶うように、私も祈るよ」
以前もそう言われたことがあった。黙って見ていたらレイアは、再び窓の外に視線を戻す。その横顔に、なぜか胸をつかれる思いがして、セルジュは口を開いていた。
「君がやらなくてはならないこととは、何なんだ」
レイアが再びこちらを向く。
「そのために離婚すると、君は言った」
しばらく黙っていたレイアは、ややして悲しげな笑みを浮かべた。
「それは秘密。機密事項だから」
そう言われてしまっては、セルジュはそれ以上追及ができなくなった。苛立ちが胸に湧き上がる。これ以上どうすればいいのか、分からなかった。
「テオ、良く寝てるね。私も眠くなった」
下手な話の逸らし方で、レイアはそれきり目を閉じてしまった。
セルジュは、すやすやと眠るテオフィルを見やる。彼はセルジュに、レイアの安らぐ場所となってほしいと言った。だが彼女がそれを望んでいないのならば、どうしろというのだろう。
考えながらセルジュは、自分の胸にも問いかけた。一体自分は、彼女の何だというのだろう。何になりたいというのだろう。
それが分からず、胸をつかえさせたままにセルジュは、窓の向こうへ視線を送った。粉雪が静かに降りしきる光景を見つめながら、約束の一年まであと三か月であることを思い、自分でも気づかぬうちに深い息をついていた。




