王国の魔女 02
ラウルとロザリーに出会ったのは、十六歳の頃。王立学校でのことだった。幼馴染だという二人は、その時既に恋人同士だった。
はじめにセルジュに声を掛けてきたのは、ラウルの方だった。
『セルジュ・フランクールって、君だろう?』
『…………』
『今回の試験で、全科目で優を取ったんだって? すごいな』
『…………』
『俺はラウル・ペルティエ。なあ、友達になってくれないかな』
他人に対して壁を作り、人を寄せ付けようとしないセルジュに、ラウルは構わずに人懐っこく目を輝かせていた。セルジュの立場や能力を利用しようとすり寄ってくる人間とは全く違う、屈託のない笑みを見せるラウルに、セルジュもやがて気を許すようになった。彼から紹介されたロザリーもまた、ラウルと同じで、天真爛漫で純真無垢な人だった。
十八歳で学校を卒業するまでの三年間、いつも一緒にいたような気がする。セルジュが一人でいても、ラウルとロザリーは自然と側にやってきた。自慢の友達だと言ってはセルジュを褒め、他愛のない話をしては笑い、セルジュの心を穏やかにした。
卒業間近になって、ラウルからいずれロザリーに求婚する予定だと聞かされた。きっとうまくいくと後押しをしたら、なぜかラウルは泣きそうな顔をして怒った。
『俺を友達と思っているなら、本当のことを言ってくれ。セルジュ、君はロザリーが好きだろう?』
言い当てられて、セルジュは心臓を貫かれた気持ちになった。
『君の気持ちを、押し殺さないでくれ。好きなら好きと、ロザリーに打ち明ければいいじゃないか』
『……何を言ってるか分かっているのか? ロザリーは、君の恋人だ』
『だけどセルジュ、君は俺の大事な友達だ』
『…………』
『もしもロザリーが君を選ぶなら、俺は身を引く。正直、君には何もかも負けるよ。容姿も、才能も、家柄も。でも愛だけは、負けない。君の愛は、そうじゃないのか?』
負けているとは思っていなかった。ただ、二人が恋人同士なのは分かっていたから、自分の気持ちを打ち明けようとは微塵も考えていなかっただけだ。
『……君は馬鹿だな』
『自分でもそう思うよ』
ラウルは困ったように笑っていた。
それからは、セルジュは少し自分の気持ちに素直になった。
些細なことで笑い、喜び、怒り、泣く彼女がまぶしかった。彼女のためなら、何でもしてあげたいと思っていた。けれどセルジュには、ラウルのように、ロザリーを笑わせたり、一緒にはしゃいだりができない。そうやって彼女を喜ばせることができるラウルが、心底羨ましかった。
セルジュがロザリーのためにできたこと。彼女の話を聞く、一緒にお茶を飲む、乗馬をする、勉強をみる。ラウルと喧嘩をしたと言ってロザリーが泣けば、彼女が泣き止むまで、黙って側にいた。ありきたりなことしかできなかったけれど、彼女のためなら、いつでもそうしたいと思っていた。
そして卒業の時になって、セルジュは自分の気持ちを伝えた。
『ロザリー、君が好きだ。これからも側にいてほしい』
『……嬉しい。セルジュは本当に素敵だし、一緒にいたら、きっと幸せにしてくれるよね。そう思うの。でも……』
『…………』
答えは、はじめから分かっていたような気がする。
『……でも君は、ラウルを愛している』
ロザリーはうなずいた。その瞳を潤ませながら。
『ごめんなさい。セルジュのこと、本当に大切に思ってるわ。でも私、ラウルがいないと、きっと駄目なの』
『……分かってる。だから泣かないでくれ』
それでも、二人が王都で暮らしている間は、これまで通り三人で過ごすことは多かった。しかし卒業から一年が過ぎ、ついにラウルとロザリーが婚約したと聞き、彼女を想う気持ちにも、別れを告げなければと思った。嫌でも出入りしなくてはならない社交界で、くだらない噂話になって、二人が傷つけられるのは嫌だった。
『婚約した君たちに、迷惑を掛けたくない。だからもう会わない』
そう告げた時、二人はいたたまれないような、もどかしいような顔をしていた。そんなことはないとは言えないくらいには二人も、人々の好奇の視線がどのようなものなのかを理解していた。学校で、無邪気に過ごしていた頃とは違うのだ。
『さようなら、ロザリー。君の幸せを願っている。……ラウル、彼女を傷つけたら許さない』
『もちろん、一生幸せにする。セルジュ、君は俺の大事な友達だ。それだけはどうか忘れないでくれ』
『……ああ、分かってる。君が俺にしてくれたことを、俺は忘れない』
それからさらに一年が過ぎ、ラウルは父親から領地の一つを任され、サンステラに居を移すと手紙を寄越した。これを機に、ロザリーと結婚するとも。手紙には結婚式へ参列してほしいと書かれてあったが、きちんと祝うことができるのかまだ自信がなくて、手紙だけを書いて送った。二人の幸せを願って、丁寧に言葉を選んだ。胸の痛みはあったが、二人の門出を祝う気持ちは、嘘じゃなかった。
思い起こせば、夢のように過ぎた日々だった。まぶしくて、苦しくて、愛おしい時間だった。
そして今、ロザリーが回復し、ラウルと抱き合う姿を見て、セルジュは思ったのだ。ああ、良かった。これで、良かったのだと。セルジュが憧れた光は、変わらずにここにある。ともには生きられなくても、それで良かったのだ。ラウルがいるから、ロザリーは輝く。そんな二人が、セルジュにとってはかけがえがない存在なのだ。
少しの寂しさを残しながら、かつて抱えた苦しみや孤独感が、今はもう自分から去っていってしまったことを、セルジュは知った。




