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 寒い風が吹きはじめて、空気が透明度を増していく。それでもまだ日中は穏やかな陽光が射す晩秋。フランクール家に、一通の招待状が届いた。


「君の姉が、結婚するそうだ」

「……本当?」


 セルジュの書斎で手紙を見せられて、レイアはそこにある名前を確かめた。ロッシュ家の嫡男と、レイアの姉であるジュリエット・アシュレが結婚すると書いてある。二週間後の結婚式に、レイアはセルジュと一緒に招待されているようだ。

 ロッシュ家は、歴史のある公爵家である。アシュレ家にとっては、セルジュに続き、この上ない結婚相手である。


「……呼ばれるとは、思わなかったな」


 レイアが思わず口にすれば、セルジュが怪訝な顔をした。


「君の姉だろう?」


 そう言われると、レイアは小さく苦笑した。


「母親が違うけどね。知らなかった?」

「……一応、聞いている」

「姉といっても、同じ年なんだ」


 一応、とセルジュが言ったように、フランクール家が決めた結婚相手として、レイアに関する最低限のことくらいは、さすがのセルジュも知っているだろうと思っていた。だからそれに関しては、これまでレイアからあえて説明をしたことはなかった。自分から積極的に話したい内容でもない。


「父は、ジュリエットの母上が、ジュリエットを妊娠している間に、浮気したんだよ」


 レイアは呆れたような口調で続けた。


「今なら、あの家で歓迎されなかったのも分かるよ。私だって、自分の妊娠中に、セルジュが浮気していたら許さない」

「…………」


 セルジュが微妙な顔をしたのに気が付いて、レイアは慌てて付け加えた。


「ごめん、今のは例え話。今の私にそんなことを言う権利はないことは承知してる」

「……別に謝る必要はないが」


 と、答えてからセルジュは、話を変えた。


「君が大聖堂で暮らしていたというのは、本当なのか」

「本当だよ。前に言ったように、母が死んだから、父は私を引き取ってくれたんだけど、父もさすがにジュリエットの母上に遠慮してね。しばらく敷地内の別邸で育てられたんだけど、四歳からは大聖堂に預けられた。学校にもそこから通ったしね」

「……つらくはなかったのか」


 レイアはきょとんとしたが、セルジュは真面目な顔をして、レイアを見ている。きっと、心配してくれているのだ。それが分かったから、レイアの表情が和らぐ。


「つらくはなかったよ。大聖堂では本当に良くしてもらったし、父も一緒に暮らせない代わりに、十分すぎるくらいの支援をしてくれた。何不自由なく暮らせたから、感謝しているよ」


 決して強がりで言っているのではなく、実際レイアにとっては苦でも何でもなかった。かつて味わった本当の苦しみに比べたら、些末なことだ。


「とにかく、私を招待するなんて、父やジュリエットはともかく、ジュリエットの母上がよく許してくれたなと思って」


 そう言うと、セルジュは机にあった羽ペンに手を伸ばした。


「行きたくないのなら、断っておく」

「待って。行くから」


 レイアが慌ててセルジュの手を止めれば、こちらを見ながら、セルジュがもう一度確認する。


「行くのか?」

「行くよ、もちろん。ただ驚いただけ。セルジュは一緒に行ってくれるの?」

「君だけ行かせるのもおかしいだろう」

「本当? 良かった。ありがとう」


 言ってレイアは、はっとして自分自身を見下ろした。


「……服、宝石、靴。全部そろえないと」


 いつも騎士の制服か、男性用の服をアレンジしたものばかりを好んで着ていた。レイアにとっては動きやすさが一番だった。夜会なども好きではなかったから、父から勧められても、理由をつけてほとんど行かなかった。必要ないからと断って、ドレスや宝石はあまり持っていない。


「必要なものは、用意させる。希望があれば、早めに言っておけよ」

「ありがとう。希望は特にないけど……」


 言いながらレイアは、思い出したように溜息をついた。


「ヒールで歩くの苦手だから、エスコート、よろしく」


 情けなく頼めば、鼻で笑われた。


「いったいどんな淑女だ」


 残念ながら、返す言葉もなかった。

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