縮まる距離 01
寒い風が吹きはじめて、空気が透明度を増していく。それでもまだ日中は穏やかな陽光が射す晩秋。フランクール家に、一通の招待状が届いた。
「君の姉が、結婚するそうだ」
「……本当?」
セルジュの書斎で手紙を見せられて、レイアはそこにある名前を確かめた。ロッシュ家の嫡男と、レイアの姉であるジュリエット・アシュレが結婚すると書いてある。二週間後の結婚式に、レイアはセルジュと一緒に招待されているようだ。
ロッシュ家は、歴史のある公爵家である。アシュレ家にとっては、セルジュに続き、この上ない結婚相手である。
「……呼ばれるとは、思わなかったな」
レイアが思わず口にすれば、セルジュが怪訝な顔をした。
「君の姉だろう?」
そう言われると、レイアは小さく苦笑した。
「母親が違うけどね。知らなかった?」
「……一応、聞いている」
「姉といっても、同じ年なんだ」
一応、とセルジュが言ったように、フランクール家が決めた結婚相手として、レイアに関する最低限のことくらいは、さすがのセルジュも知っているだろうと思っていた。だからそれに関しては、これまでレイアからあえて説明をしたことはなかった。自分から積極的に話したい内容でもない。
「父は、ジュリエットの母上が、ジュリエットを妊娠している間に、浮気したんだよ」
レイアは呆れたような口調で続けた。
「今なら、あの家で歓迎されなかったのも分かるよ。私だって、自分の妊娠中に、セルジュが浮気していたら許さない」
「…………」
セルジュが微妙な顔をしたのに気が付いて、レイアは慌てて付け加えた。
「ごめん、今のは例え話。今の私にそんなことを言う権利はないことは承知してる」
「……別に謝る必要はないが」
と、答えてからセルジュは、話を変えた。
「君が大聖堂で暮らしていたというのは、本当なのか」
「本当だよ。前に言ったように、母が死んだから、父は私を引き取ってくれたんだけど、父もさすがにジュリエットの母上に遠慮してね。しばらく敷地内の別邸で育てられたんだけど、四歳からは大聖堂に預けられた。学校にもそこから通ったしね」
「……つらくはなかったのか」
レイアはきょとんとしたが、セルジュは真面目な顔をして、レイアを見ている。きっと、心配してくれているのだ。それが分かったから、レイアの表情が和らぐ。
「つらくはなかったよ。大聖堂では本当に良くしてもらったし、父も一緒に暮らせない代わりに、十分すぎるくらいの支援をしてくれた。何不自由なく暮らせたから、感謝しているよ」
決して強がりで言っているのではなく、実際レイアにとっては苦でも何でもなかった。かつて味わった本当の苦しみに比べたら、些末なことだ。
「とにかく、私を招待するなんて、父やジュリエットはともかく、ジュリエットの母上がよく許してくれたなと思って」
そう言うと、セルジュは机にあった羽ペンに手を伸ばした。
「行きたくないのなら、断っておく」
「待って。行くから」
レイアが慌ててセルジュの手を止めれば、こちらを見ながら、セルジュがもう一度確認する。
「行くのか?」
「行くよ、もちろん。ただ驚いただけ。セルジュは一緒に行ってくれるの?」
「君だけ行かせるのもおかしいだろう」
「本当? 良かった。ありがとう」
言ってレイアは、はっとして自分自身を見下ろした。
「……服、宝石、靴。全部そろえないと」
いつも騎士の制服か、男性用の服をアレンジしたものばかりを好んで着ていた。レイアにとっては動きやすさが一番だった。夜会なども好きではなかったから、父から勧められても、理由をつけてほとんど行かなかった。必要ないからと断って、ドレスや宝石はあまり持っていない。
「必要なものは、用意させる。希望があれば、早めに言っておけよ」
「ありがとう。希望は特にないけど……」
言いながらレイアは、思い出したように溜息をついた。
「ヒールで歩くの苦手だから、エスコート、よろしく」
情けなく頼めば、鼻で笑われた。
「いったいどんな淑女だ」
残念ながら、返す言葉もなかった。




