心は見えない 03
夕食前になって家に戻ってきたレイアは、その腕いっぱいに向日葵を抱えていた。
セルジュは行かなかったのだが、今日が聖花祭であるということは、当然知っていた。大聖堂主催の催しがあり、今が盛りの向日葵が、そこで大量に使われたことも。
「セルジュも来れば良かったのに。美味しいもの、沢山あったよ」
「子供むけの甘いものばかりだろう」
「そういえば、セルジュは甘いものあまり好きじゃなかったね。でも苦めのショコラなら時々食べてる」
「……それが何だ」
「今日、テオに言われてね。セルジュの好み、分かってるのかって。良かった、ひとつは分かってた」
にこりと笑ってレイアは、腕にあった向日葵をセルジュに差し出した。
「はい、これはセルジュに」
「…………」
有無を言わさず大きな花束を渡されて、セルジュはわずかに眉を寄せた。
「いるかいらないか、まず聞こうとは思わないのか」
「いらないって言っても、渡すつもりだからね」
「……聖花祭の花は、子供に贈るものだろう」
「そうだよ。子供たちに花を贈るのはね、彼等が国の宝だから。あなたたちは大切な存在だよって伝えるため。セルジュは子供じゃないけど、私にとっては大切な存在だから」
レイアのその、迷いのない真っすぐな言葉に、セルジュは困惑する。
「……なぜそんな風に言えるんだ。君を妻として扱いもしない男を」
それにレイアはきょとんとし、それから少し笑った。
「別にそれは、私も望んでいないしね」
確かにそれはそうなのだろう。二人は離婚を前提とした関係であり、あくまで「友人として」大切であると彼女は言っているのだ。
そう解釈しながらも、セルジュは無意識に、内心の声を表に出してしまっていた。
「……君が一体何を考えているのか、分からない」
レイアは再び驚いた顔をして、茶化すような調子で言った。
「私に少しは興味を持ってくれたんだ?」
セルジュがむっとした表情になると、からかうような笑みを浮かべながらもレイアは、すぐに謝ってきた。
「ごめん。でも、そんなに深く考えないでよ。前も言った通り、私には、やらなくちゃいけないことがあるから、離婚はする。だから私としてもきちんとした妻にはなれない。でも友人ではいたいって思っているから、その気持ちを伝えたかっただけ」
「…………」
「とりあえず、向日葵に罪はない。そうは思わない?」
セルジュは仕方がないというように、ひとつ息をついた。
「……受取っておく」
「良かった。セルジュのきれいな金色の髪に、良く似合うよ」
そう言いながら、向日葵が咲くような笑顔を見せるレイアにこそ、本当は似合っているのだとセルジュは思う。
「それじゃ、着替えてくる。また、夕食で」
「ああ」
セルジュも向日葵を抱えたまま、部屋を出る。視界に入った使用人に向日葵を預け、自室とレイアの部屋に飾るように指示した。
夕食までの時間を自室で過ごすセルジュは、何をするでもなく、飾られた向日葵を眺めていた。
この向日葵を背景にして、ジェラルドがセルジュに言ったことを思い出す。
『レイアと良い関係を築き、心を安定させる場所を作っておけ。これから先は、どんなことがあっても心を乱すな』
しかし彼女とは、この先離婚する。離婚した後、自分と彼女がどう関わっていくのか、セルジュには想像ができなかった。
例えばジルベールが、レイアを諦めていなくて彼女に求婚したら。そしてそれを彼女が承諾したら。
心は乱れないはずだ。そうセルジュは思っている。だが、本当にそう断言できるのだろうか。セルジュは友人として、二人を祝福することができるのだろうか。
「…………」
何度目かの溜息が漏れた。考え始めるときりがなく、次第に深みにはまってゆく予感すらして、セルジュは自らの感情に目を向けることを、やめることにした。




