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心は見えない 02

 王都ツィーレでは今日の午後、子供たちの成長を祝う聖花祭が開催される。

 毎年大聖堂でも、ツィーレの子供たちを招いて聖花祭を楽しむのであるが、今年は大聖堂が閉鎖中のため、騎士団の中央部にある大ホールを利用することになっている。


 建物を飾り、子供たちに贈るための向日葵を、レイアは他の聖女たちと一緒に、朝からせっせと収穫していた。

 大聖堂から騎士団にかけて広がる庭園は広大で、集中しているうちにレイアは、他の聖女たちと随分距離を開けてしまっていた。


「レイア」


 テオフィルの声がして、レイアは顔を上げる。今日は雲があまりなく、日差しが眩しい。鮮やかな黄色の世界に、テオフィルの白い制服がよく映えていた。


「テオ、仕事は?」


 今日の主催は大聖堂であるが、騎士団も毎年全面的に協力する。そのための仕事が、テオフィルにも与えられているはずだった。


「少し抜けてきた。レイアと話したかったから」


 きょとんとすれば、テオフィルが焦れたようにロを開いた。


「どうなってるの、セルジュ様とは」

「……どうなってるって、別に何も変わらないけど」

「少しは距離が縮まった? 妻としての務めは果たしてる?」

「私はまだあの家のことに色々口を出す立場じゃないしね。フランクール家の当主はセルジュのお父様だし」

「そういう務めじゃなくて! 子供とか!」


 テオフィルには、離婚の予定までは伝えていなかった。それを知らないからこそ、テオフィルはこんなことを言うのだ。

 レイアとしては分かっていてはぐらかしたのだが、テオフィルがむきになって言うので、おかしくなって少し笑う。


「どうだと思う?」


 そう言うと、テオフィルはレイアを値踏みするように、上から下まで視線を向けた。それからわざとらしく残念そうな表情をつくった。


「……まだ何もなさそう。レイアには相変わらず色気がない」

「失礼だな」


 少し睨めば、テオフィルがやれやれと大きな息をついた。


「僕はセルジュ様に、レイアが幸せに過ごせるようお願いした。でもレイアにだって、セルジュ様のために努力して欲しいと思ってるんだよ。セルジュ様の好みとか、分かってる?」

「好み? 食べ物とか?」

「女性の!」


 テオフィルの反応を面白がりながら、レイアは向日葵の収穫を再開しながら答えた。


「セルジュは、彼のために私が変わっても、別に喜ばないと思うよ。人に何かを求める人じゃない。それより、自分らしくしてればそれでいいって考える人だ」

「……それはまあ、好みを押し付けられるより、嬉しい」

「うん。彼のそういうところ、好きなんだ」

「レイアがそう思ってるのは、伝わってるの?」

「さあ、伝わってないかもね。まあ私は、セルジュとは友人でいいかなって思ってるから」


 それにテオフィルは、不満そうな顔をした。


「レイアは前も、セルジュ様が誰を愛していても、構わないって言ったよね。でもそれは、寛容というよりは、諦めに近くはないの?」


 レイアは思わず作業の手を止めて、苦笑する


「……そう言われると、参るね」

「僕はさ、セルジュ様だってレイアを良く知れば、レイアをきっと好きになると思ってる。レイアにはそれだけの魅力があるんだから」


 真っすぐな瞳でそう伝えられ、レイアは少し言葉を失う。テオフィルの真剣さが伝わって、やがてレイアはゆっくりとほほえんだ。


「そんな風に言ってくれる友人がいるだけで、私はすごく幸せだよ」

「だからさ、もっと――」

「テオフィル」


 低い声が、テオフィルの言葉を遮る。二人で揃ってそちらを見れば、テオフィルと同じ、騎士であるクィンが近づいてくるところだった。

 レイアやテオフィルより頭ひとつ分は背の高い、屈強な体をしたクィンは、今年で二十八歳。濃い茶色の髪は短く整えられていて、ヘーゼル色の瞳は常に冷静だ。彼はレイアが十歳の時から、護衛にあたってくれている。

 王立学校を卒業したテオフィルが騎士になった後は、クィンとテオフィルで任務を交代するようになった。どちらにしても付きっきりはレイアが好まないので、基本的にはレイアの側にいるのは、聖女の仕事をする時だけにしてもらっている。


「仕事を放り出して何をしている。レイア様の邪魔をするな」

「邪魔してるんじゃない。説教してるだけ」

「……余計に悪い。レイア様にはレイア様の考えがある。お前が口を出すな」

「僕はね、レイアには幸せになってもらいたい。だから――」

「ほら、行くぞ」


 クィンはテオフィルの首根っこをつかむと、抵抗を無視して強引に引きずっていく。

 ただ去り際に、クィンはレイアに言葉をかけるのを忘れなかった。


「レイア様、あなたの幸せを願っているのは、私も同じです」

「……ありがとう、クィン。テオも、ありがとう」


 明るい日差しと同じように、その優しさが、眩しかった。

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