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心は見えない 01

 大聖堂の一件からしばらくが過ぎ、建物の修復も順調に進んでいた頃、セルジュは朝から騎士団に足を運んでいた。騎士長、つまり聖リティリア王国の第一王子であるジェラルドから呼び出しを受けたからだ。


 執務室に入ると、セルジュは丁寧に会釈した。


「ジェラルド殿下、お呼びですか」

「良く来たな。まあ座れ」


 促されて、セルジュはジェラルドの執務机の前に用意されていた椅子に腰を下ろす。ジェラルドの背後にある大窓からは、騎士団の庭園が良く見える。ちょうど今は向日葵が盛りで、青空の下で、生き生きとした黄色い花が、まぶしいくらいに咲きこぼれていた。


 セルジュより五歳年上のジェラルドは、アンジェリーヌの一番年上の兄だ。やはりセルジュと同じ金色の髪と空色の瞳をしていたが、セルジュやアンジェリーヌよりは、その色味が力強い。


「レイアとの結婚生活はどうだ」


 またそれかと、セルジュは隠さずにため息をついた。


「アンジェリーヌ殿下もそうですが、なぜそう彼女のことを気に掛けるのです」

「ああ、アンジェはレイアを気に入っていたな。だが私は、お前を気に掛けているんだぞ?」

「そうですか」

「私にそんなつれない返事をするのは、お前くらいだよ、セルジュ」


 鷹揚に笑ってからジェラルドは、執務机の上で長い指を組み合わせた。


「レイアはな、昔ジルベールが嫁に欲しいと望んだことがあったんだ」


 セルジュは思わず動きを止めた。ジルベールは、今年十八歳になる第二王子だ。


「……いつです」

「レイアが王立学校を卒業する前の頃だから、二年前か。あいつも同じ学校だからな、どこかで会ったんだろう。気に入って、婚約したいと言い出した」

「…………」

「レイアは聖女で、家柄もまあ悪くはない。そのまま話が進むかと思ったが、アシュレ家の方から丁重に断ってきた。レイアはアシュレ家の娘ではあるが、王家に嫁ぐにはふさわしくないだろうと」

「……ふさわしくない?」

「公にはしていないが、侯爵がきまぐれに手を出した、市井の女が産んだらしい。それなりに力のある聖女だったようだから、侯爵と知り合う機会もあったんだろう。婚約後に発覚して、大ごとに騒がれるよりはと、侯爵自ら申し出たようだ」


 セルジュは思い出す。レイアは言ったのだ。レイアを産んで、母親は命を落としたと。


「アシュレ家の籍には入ったが、正妻やその子からは距離を置かれていたらしい。産みの母親の縁もあって、四歳からは大聖堂暮らしだそうだ。そういう事情を、ジルベールは構わないと言ったし、レイアの聖女としての力が普通ではなかったからな、まあ良しという結論になりかけたんだが、当のレイアが直々に断りを入れてきた」

「……第二王子妃の座を、断ると?」

「そうだ。聖女としての職務があり、王子妃の公務と両立することができないと。一緒に来た大聖女まで頭を下げるものだから、聖女達と共に、国を守ることを第一に考えねばならぬ王家としては、それ以上無理が言えるはずもない。ジルベールには諦めさせたんだ」

「……ジルベール殿下と彼女は、想い合っていたのですか」


 言葉にした瞬間、セルジュの胸がざわついた。セルジュはそれを無視した。


「それがな、ジルベールが一目惚れしただけで、まともに会話をしたこともなかったそうだ。笑えるだろう?」


 ジェラルドは椅子の背もたれに体を預け、声を上げて愉快そうに笑った。


「レイアにとっては迷惑な話だっただろうよ。まあジルベールの淡い初恋ということだ。ところが二年後になって、お前とはあっさり結婚したというのだから、ジルベールの心中が想像できるか?」

「それは……。彼女が言うように、単に立場の問題でしょう」

「そうかもしれん。だが気をつけろよ。ジルベールは昔から、お前に対して嫉妬心があるからな」

「……その件に関しては、ジェラルド殿下にも責任があるとは思いませんか」


 昔からジェラルドは、ジルベールの前でわざとセルジュを特別扱いし、ジルベールの反応を見て楽しむところがあった。ジルベールもまた単純で、それに怒ったり悲しんだり、時々は自分を特別扱いしてもらって喜んだりと、とにかくジェラルドを慕っているために、セルジュを一方的にライバル視しているのだ。セルジュにとっては迷惑この上なかった。


「懐かないお前も可愛いし、嫉妬するジルベールも可愛いからなあ」


 楽しそうなジェラルドに、セルジュはこれ見よがしに大きなため息をついた。


「まあ、ジルベールのことはいい。お前も、以前は報われない恋に苦しんでいただろう? だが、立場を考えて諦めた」

「…………」

「以前から言っているが、お前には、将来私の補佐を務めさせる。レイアと良い関係を築き、心を安定させる場所を作っておけ。これから先は、どんなことがあっても心を乱すな。それがこの国の公爵家の嫡男として生まれたお前の責務だ。いいな」

「……どうせ拒否権は、与えられないのでしょう」

「わかっているじゃないか」


 満足そうなジェラルドに、セルジュは内心で考える。

 レイアとはこの先離婚する予定であると、報告するべきなのだろうか。だが報告したとして、何を言われるかが分からない。何を聞かれたとしても、それに対する十分な説明を、セルジュは持ち合わせていない。

 セルジュは内心で深く嘆息して、口をつぐんだ。

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