92.善人、マチルダに暖房機器の使い方を解説する【後編】
トイレ掃除を終えた後、俺たちは2階、渡り廊下へとやってきた。
俺は掃除機(これも複製合成によって、電源につながなくても動く)をかける。
「ジロさん! ジロさん!」
「どうした?」
マチルダが足下を見ながらつぶやく。
「床が……とっても暖かいです!」
確かに靴下から、熱が伝わってくる。
と言っても熱い! と感じるほどじゃない。
「じんわりと床からほどよい熱が伝わってきます。ジロさん、これも何かしたんですか?」
「ああ。床暖房っていうんだ」
「ゆかだん?」
俺はその場にしゃがみ込む。
「俺の元いた世界ではな、床下に熱源をおいて、暖めるみたいなのがあったんだよ」
異世界人に説明するので、言葉を選ぶ必要がある。
ううむ、難しい。
先輩はよくあんなふうに、簡単に説明できていたなと感心する。
「この床にも熱源がおいてあるのですか?」
「いや、ちょっと違うんだ。【加熱】って無属性魔法を、知ってるか?」
「ええっと……。冒険者の人の中で使える人がいましたね。お鍋とかを魔法で熱くして、お湯を作る魔法ですよね?」
俺はうなずく。
無属性魔法【加熱】
物体に熱を加える魔法だ。
たとえば鍋に加熱を使うと、全体が熱くなって、アウトドアでの調理が可能となる。
結構レアな無属性魔法だ。
外での仕事が多い冒険者などには、重宝されるわけだしな。
これも大賢者である先輩が、持っていた魔法のひとつだ。
無属性魔法はひとりにつきひとつしか持てない。
なのだがあのチートスペック大賢者は、この世にあるあらゆる魔法を保有し、使用できるというとんでもない人なのである。
俺は先輩から魔法を複製しているので、色んな魔法が使えるのだ。
「床の木材と【加熱】とを一緒に複製した結果、こうして暖かい床ができたわけだ」
「なるほど! ……あれ、でもジロさん。加熱って基本、料理の際に使われる魔法ですよね? 肉を焼いたり、物を煮たりするときに」
「そう、マチルダ。そこなんだよ、苦労したところは」
彼女は元・冒険者の受付嬢だ。
なので冒険者たちの知識が、頭の中に入っているのである。
「【加熱】だと熱すぎるんだ。本来ならな。だからそこに【抵抗】の魔法をかけているんだ」
無属性魔法【抵抗】
文字通り魔法の威力を弱める魔法だ。
「【加熱】と木材を複製合成して、あとから【抵抗】をかけて、ほどよい温度に設定。あとは銀鳳の槌たちに頼んで、床を張り替えたって次第だ」
床暖の導入は、結構前からチマチマと行っていたのだ。
すべて張り替え終えたのはつい先日である。
クゥの部下である、銀鳳の槌。
山小人のワドを頭領にした、大工集団だ。
彼女たちには、このほかにも色々と、作ってもらった。
今度彼女たちに、お礼をしに行かないとなと思った。
「なるほど……。でもいいですね、床暖。その場でごろんってしたくなります」
マチルダはその場で四つん這いになり、くいっ、と俺にお尻を向けてくる。
「手からほどよい暖かさが伝わってきます!」
「そうか。ところでマチルダ、なんでそんな体勢なんだ?」
「え? この体勢の方がジロさん、お尻触りやすいかなーっと!」
隙あらば俺との接触を求めてくる、マチルダである。
「それともマチルダの体には、ジロさんを欲情させるだけの魅力が無いのでしょうか……」
しゅん……と捨てられた子犬のような目を、俺に向けてくる。
「いや……そんなことはないよ。十分魅力的だって」
「ほんとですかっ! ならなら、どうぞ! ほんのちょっとでいいので!」
くいくい、と形の良い、大きな尻を、俺に向けるマチルダ。
突き上げたことで、チノパンの生地がぐいっと伸びる。
ズボン越しに、彼女のショーツのラインが浮いてくる。
「マチルダ……。仕事中」
「わかってます! だからほんのちょっとだけ!」
……俺は彼女のリクエストに応える。
張りのあるお尻を触るたび、彼女が甘いと息を漏らした。
「ほら、これでいいか?」
「ばっちりです!」
ぱっ、とマチルダが立ち上がり、そして俺の体に抱きついてくる。
「ところでジロさん」「なんだ?」「ちょっとだけベッドに行くのは?」「夜にな」
マチルダを腕に抱きつかせながら、俺は廊下に掃除機をかける。
「渡り廊下だけじゃなくてお部屋の床も床暖にしたんですね?」
子供たちの部屋へとやってきた俺たち。
マチルダが子供用のベッドの腰掛けながら、足をぱたぱたさせて言う。
「ここだけじゃなくて部屋全部を変えたんだよ」
「結構大変な作業だったんですね」
「ああ。だから先月くらいから、ちまちまと張り替え作業をやってんだ。急には難しいからな」
子供部屋の掃除を終えた後、俺たちは1階へと行く。
1階ホールには、こたつがいくつか並んでいる。
子供たちがまた、亀の体勢で、気持ちよさそうにぬくぬくと暖を取っていた。
「あれ、さっきジロさんがキャニスちゃんたち、部屋に戻したんじゃ?」
「起きてまたここへ降りてきたんだろ」
あれからちょっと時間が経ってるしな。
ホールに掃除機をかけると、次は食堂へと向かう。
「わ、ここの床もあったかい。それに空気もなんだかとってもあったかいです!」
「こっちにも暖房ついてるからな」
食堂のテーブルの下に、掃除機をかけていく。
マチルダがイスをひょいっと引いて、俺が作業しやすいよう、手伝ってくれた。
「ありがとうな」
「いえ! ジロさんのお役に立てて、光栄です!」
そうやってしばらく、広い食堂の床に掃除機をかけ終える。
「ちょっと休憩しようか」
「はい! じゃあベッドですね!」
「……違うよ」
「ちぇー」
マチルダがいすに座る。
「温かい飲み物で良いか?」
「ジロさんが用意してくれる物なら、なんでも喜んで飲みます!」
にこっ! と笑ってマチルダが言う。
「何でもですからね!」
「その念押しに何の意味があるんだよ……」
「エロ的なサムシングでもって意味です!」
「……マチルダ。食堂からホールって近いんだから、子供たちに変なことだけは、教えないでな」
「了解しました!」
俺はマチルダの元を離れて、厨房に設置してある【それ】の蓋を開ける。
中に入っていた缶を取り出して、マチルダの元へ行く。
「ほら。コーヒーで良いか?」
「はい! ……って、ジロさん、これは?」
マチルダの目の前に缶コーヒーを置き、俺はその隣に座る。
「缶コーヒーだ。地球のものだ。文字通り缶の中にコーヒーが入ってるんだよ」
「ほぉ……。って、ジロさん! これとっても暖かいですね!」
缶を手にとって、マチルダが言う。
「いつの間に暖めたんですか?」
「いや、最初から暖めてあったんだよ、あれで」
俺は厨房を指さす。
厨房のテーブルの上に、ガラスの箱が置いてある。
なかには缶や小さめのペットボトルが入ってる。
「アレは何ですか?」
「缶ウォーマーって言ってな。電気で動く卓上のウォーマーだ」
よくコンビのレジのところにおいてあるやつな。
「あれも家電なんですか?」
「ああ。俺コンビニでアルバイト……働いていたことがあってさ。そのとき使ったり掃除したりしたことがあったんだよ。だから複製できたんだ」
俺の複製には、その物体の名前や、使ったことがあるなどの経験が必要となってくる。
高校の時にバイトしてたことがあったので、缶ウォーマーの正式名称を知っていたのだ。
「あれに缶やペットボトルを入れておけば、いつでも温かい飲み物が飲めるってわけだ」
「すごい! これならキャニスちゃんたちも、お手軽にあったかい飲み物が飲めるんですね!」
「ああ、お湯を沸かさずにすぐに飲めるからな」
缶ウォーマーの中には缶コーヒーだけじゃなくて、レモンの暖かいやつとか、ココアとか、子供たちが好きそうな飲み物も出して入れてある。
「子供たちが外から帰ってきたときは、今度はここから飲み物を出して与えてあげてくれ」
「はい! わかりました!」
マチルダが缶コーヒーを手に持って、にこっと笑って言う。
「ところでこれって、どうやってあけるのでしょうか?」
「ああ、ここのプルを引くだけだよ」
ぱこっ、と開けて、マチルダに缶を手渡す。
「んー、飲み方がわかりません。飲んでみてください!」
「いや普通にこう……」
「実践お願いします!」
俺は缶コーヒーを手に持って、口をつけて、くいっと傾ける。
缶を口から離す。
「これだけだよ」
「ウルトラ理解しました!」
「良かった。じゃあ新しいのを出してくるから、ちょっと待ってな」
するとマチルダは、「いえ、それにはおよびません!」
俺の飲みかけの缶を、ぱっ、と奪う。
そして素早く、ごくごく……と飲み出す。
「ぷはぁ……。ジロさんと……間接キス……しちゃいました!」
とっても嬉しそうに、マチルダが言う。
「俺みたいなおっさんの飲みかけだぞ? 嫌じゃないのか?」
「そんな! とんでもないですよ! むしろ2倍……いや! 100倍美味しく感じました!」
「そうか。まあ、おまえが気にしないならそれでいいよ」
「はいっ!」
その後マチルダが、自分の飲みかけてある缶を俺につきだしてきて、間接キスを強要してきた。
こっぱずかしかったが、恋人の期待に応えるべく、ちゃんと飲んだのだった。
【お知らせ】
書籍版、正式な発売日が公表されました!
アーススターノベル様より、【11月15日】!
【11月15日】発売となります!
また今後、活動報告の方で、キャララフの方を順次公開していきます。
そちらもあわせてご確認ください!
以上です。
ではまた次回!




