83.善人、桜華に髪を切ってもらう【後編】
裏庭にて、キャニスの髪の毛を切ってもらったあと。
「さて……じゃあ戻るか」
「あの……じろーさん」
桜華が俺の髪の毛を見ながら言う。
「じろーさんも、だいぶ伸びてきてます」
「え、そうか?」
「……はい。よければ、切りますよ」
にこにこしながら、桜華が言う。
「んー、そうだな。じゃあ頼むよ」
俺は桜華の前に座る。
彼女が俺の後ろに立って……密着してくる。
いや、たぶん距離を開けて立っているのだろう。
だが胸がでかすぎるから、あたってしまうのだ。
桜華がちょき……ちょき……とはさみを動かす。
「あの……じろーさん。さっきのは、何だったのでしょうか?」
桜華が手を動かしながら、問うてくる。
身じろぐたびに、桜華の柔らかすぎる旨が背中に当たって、気持ちが良い。
「え、あ、ああ……。さっきのはアニメだ。スマホの中に転写しておいたんだ」
「あに、め……?」
「動いている絵を見て楽しむ動画だ」
俺はスマホを取り出して、動画アプリを開く。
さっきのネズミを追いかける猫のアニメを再生する。
「……すごいです。それって、じろーさんのすんでいた世界の、ものですか?」
孤児院の職員たちは、俺が転生者、つまり前世が地球人であることを知っている。
俺は桜華にうなずいて返す。
俺は複製で、見たことがあるものなら基本何でも作れる。
アニメのDVDや、再生機もまた作れるのだ。
アニメのDVDの映像を、スマホでも見れないかと工夫した結果。
【転写】の魔法を使えば、スマホに映像を映せることがわかった。
「転写の魔法は文章や図を書き写す魔法だろ? それを映像にも応用できないかと思ってな」
結果、アニメの内容を、スマホに転写することができた、という次第だ。
「……なるほど、スマホって便利なのですね。でんわも、めぇるもできて」
はふぅ……と感心したように、桜華が吐息を吐く。
「……そんな凄い物、作れるなんて、じろーさんはすごいひとです」
「ありがとうな。でも別に俺が凄いわけじゃないんだよ。作ったやつが一番凄いんだ」
俺は単に、彼らの作った物を模倣させてもらっているだけに過ぎない。
「……それでも、それを使えるようにしている、じろーさんはとってもすごいです」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
「…………じろーさん」
桜華の声に、熱が混じり出す。
はぁ、ふぅ、と熱っぽいと息が、耳をくすぐってくる。
「……じろー、さん。わたし……なんだか、体がほてってきました」
桜華が髪を切りながら、体をぎゅうっと、密着させてくる。
先ほどよりも強く、柔らかい感触が、俺の背中に当たる。
ぐんにょり、と生暖かい、とてつもなく気持ちの良い物体が、押しつけれる。
桜華がくっつけた状態で、上下左右に自分の体を動かしてきた。
「……わたし、もう、がまんが、できません」
い、いかん。
この子、結構ところかまわず襲ってくるときがままあるんだった。
「……じろーさん。ごめんなさい」
しゅる……しゅる……っと何かを脱ぐ音がする。
これはまずい。
俺は左手を持ち上げる。
俺の手には、結婚指輪の他に、別の指輪がはめてある。
これには【鬼に命令を下せる】スキルが入っている。
「【桜華。服を着て、冷静になれ】」
命令するスキルが発動。
これにより、鬼は俺の言うことを聞いてくれるのだ。
「……………………はい」
桜華が、実に残念そうにつぶやくと、服を着出す。
良かった……。
ややあって、髪を切り終える。
「ありがとな桜華」
「…………」
桜華が真っ赤な顔をしながら、「……す、すみません」と申し訳なさそうに、肩をすぼめていた。
「気にすんな。鬼はその、そういう生き物だって理解してるから。生理現象なんだろ?」
鬼は人食いと呼ばれている。
オスはその名の通り、人をばりばりと頭から食べる。
雌の場合もまた同様だが、食人行為はしない。けど文字通り食べるのだ。
雌鬼は人一倍性欲が強いのだと、彼女と恋人になってから、その身をもって教えられている。
「ひとりひとり違った事情や体質を持っているんだ。みんな違ってるのは当たり前だ。おまえが気にする必要はない」
な、と俺は笑いかける。
「…………」
桜華が体を震わせる。
「桜華?」
「……じろーさん!」
桜華はそう言うと、俺の肩をがしっとつかんで、その場に押し倒す。
「ちょっ! 桜華っ!」
「じろーさんっ! もうわたしだめです! ごめんなさい!」
桜華は目をとろんとさせながら、顔を真っ赤にして、俺の腹の上に馬乗りになる。
すでに目に理性はなく、俺の服を引きちぎろうとしてくる。
「お、桜華! 【ストップストップ】!」
どうやら桜華が欲望を抑えきれなくなってしてしまったらしい。
彼女の気を静めるのに、だいぶ苦労したのだった。
書籍版、この冬発売予定です。
そろそろ詳しい情報を発信できると思います。
次回もよろしくお願いいたします!




