78.善人、携帯電話を導入する
いつもお世話になってます!
子供たちとドッジボールをした翌日。
その日、俺は非番だった。
なので前から大賢者ピクシーとともに作っていた、【とあるもの】の最終調整をすることにした。
俺は孤児院の地下、作業場にいる。
作業場とは言っても、たんに足湯があるだけだ。
だがこのお湯は特別製なのだ。
このお湯は、裏庭の竜の湯から、ひっぱってきている。
竜の湯には完全回復効果を持っている。
体力はおろか、ケガ病気も瞬時に治すし、そしてなにより凄いのは、魔力さえも一瞬にして完全回復させること。
俺は足湯につかり、両手に魔力を集中させ……【スキル】を発動させる。
俺の持つ固有のスキル、【複製】
条件付きだが、あらゆるものをコピーして再現することのできる、というチート性能のスキルだ。
だがこれには膨大な魔力を必要とする。
かつての俺には、その大量の魔力をまかなうことができず、コピーできるものは限られていた。
しかしこの夏、俺はコレットと再会し、この孤児院の持つ竜の湯の存在を知った。
竜の湯に浸かっていれば、限定的だが魔力無限状態になれる。
その状態でいれば、俺はあらゆるものを、好き放題作れるというわけだ。
俺は【それ】を【とある魔法】と一緒に、複製する。
魔法と物体を同時に複製することを、複製合成という。
複製合成を行うことで、擬似的に、再現した物体に魔法の力を付与することができるのだ。
ようするに、付与術のまねごとだな。
俺は複製合成を行い、結果、俺の手には【それ】が出現する。
「よし、上手くいったな」
俺はもう一つ同じものを作って、足湯から出る。
地下から一階へと階段を使って登り、ホールへとやってきた。
「さて……これのテストしたいが、これを知っていて使えるのは俺と先輩だけか。先輩は今日、用事があるから外出しているし残りは……」
と、そのときだ。
「よんでますか、コンゼルさん?」
にゅっ、とキツネ娘のコンが、いつの間にか俺の肩に乗っかっていた。
「コン……。いつの間に?」
「しんしゅつきぼつさにてーひょーあるからね」
きらん、とコンがどや顔。
「みーをよぶ。にぃのこえ。きこえたきがしたゆえ」
「あー……。そうだな。コンでも大丈夫か。なあコン、これ使えるか?」
俺はさっき出したそれを、キツネ娘に手渡す。
「わお。スマホやんけ」
おおー。とコンが歓声を上げる。
「でもにぃ、ここいせかい。でんぱとどかぬでは?」
「そう。けど電話が使えるように調整してみたんだ。そのテストしたいと思っていたんだ」
「ほう。ではみーがちからをかそー」
子供たちは今、外で遊んでいる。
なのにコンに、俺の実験につきあわせてしまうことに、申し訳なさを覚えた。
「にぃ、きにしなくていい。みーはすきでやっている。きゃっ、にぃにこくはく、してもーた」
ひゃあ、とコンが平坦な表情のままいう。
「本当に良いのか? 他の子らと一緒に遊んできていいぞ」
「それはだいじょーぶ。いまここであそぶから」
「? どういうことだ?」
するとコンが、俺の肩から降りる。
1階ホールの大きなガラス扉をあけて、裏庭にいる子供たちに、コンがいう。
「みなのしゅー。おもろいもの、にぃがつくったよー」
コンがその手にスマホを握ったまま、声を張る。
「「「おもろいものー!」」」
庭にいた子供たちが、喜色満面になると、建物の中へとやってきた。
あっという間にコンの周りに、子供たちが集まる。
「なあおいコン! それかっ? それがおもれーものなのかっ!」
犬っこキャニスが、コンの持つスマホを見ていう。
「せいせい。おちつけキャニスくん。いまみーがせつめいするから」
コンが自分のしっぽでおひげを作る。
子供たちがコンの前に正座をする。
「これは、スマホ」
「「「すまほー?」」」
「そう。でんわだね」
「「「でんわー?」」」
どれも異世界の子供たちには、なじみのない単語だろう。
はてと全員が、首をかしげていた。
「あ、でもでも、にーさんがつくってくれたマンガのなかに、けーたいでんわーってやつ、あったのです!」
聡いラビが、すぐに気付いていう。
「せーかい。らび、5ぽいんつ」
「えへっ」
「姉貴、何のポイントなんだろう?」
「さー……ぁ?」
鬼姉妹が首をかしげる。
「どーでもいいわっ! はやくっ、はやく面白いものをみせなさいよ!」「みー!」
レイアがせっつくと、コンが「せいせい。おちつけって。まったくさいきんのわかものは、すぐにけっかをいそごーとする」
ふう、とため息をつくコン。
「ではせつめーしよう」
すちゃっ、とコンがスマホを構える。
「にぃ、つかえるの?」
「ああ、使える。こっちから電話かけるから、普通に通話してみてくれ」
「いさいしょーち」
俺はコンから離れる。
1階の階段を使って、2階の渡り廊下へと向かう。
「それじゃコン-。電話ー。かけるぞー」
「かもーん」
声を張らないと、こっちからの声は届かない。
そんな位置から、俺はスマホの電源を入れる。
そして通話ボタンを押す。電話帳登録とか、電話番号の入力とかはしない。
画面の通話のボタンのみをおす。
果たして……。
プルルルッ♪ プルルルッ♪
と、呼び出し音。
ピロロロロロ~♪ ピロロロロロ~♪
と、着信音が、1階からするではないか。
「ばくはつっ!? なんだコンっ、こればくはつすんのかー!?」
キャニスの大声が、下の階から聞こえてきた。
ピッ。
と、通話が繋がる音がした。
「もしもし、聞こえるか、コン?」
耳にスマホを当てた状態で、コンに尋ねる。
すると……。
【ばっちり、ぶい】
と、コンの平坦な声が、電話越しに聞こえてきたではないか。
「ちゃんと繋がったようだな」
【にぃ、ぱねー。いせかいでスマホがつかえる。いせかいスマホやん。みー、すまほたろーやん】
コンの声の調子は、いつも通りだが、心なしか、弾んでいるようだった。
【ごいすー。にぃ、ごいすー】
「ありがとう。じゃ、電話切るぞ」
【のん。そのまえに、みなのしゅーにもこのすごさをつたえたい。きるのはしばしまたれよ】
どうやらコンが、他の子たちにも、電話の使い方を説明してくれるらしい。
【よいかいみなのしゅー。このハコを、おみみにあてるの。そしたらにぃのこえがきこえるよ】
「「「なんだってー!」」」
「ちなみにこっちからこえをおくることもできる」
「「「すげー!」」」
子供たちの大きな声が、遠くから聞こえてきた。
ややあって。
【おにーちゃんっ! きこえるですっ? きこえやがるですー!】
キャニスの元気な大声が聞こえてくる。
こういうとき、真っ先に手を上げるのは、あの犬娘だからな。
「ああ。聞こえるぞ。そっちこそ、俺の声、届いているか?」
【お、お、おー! き、きこえるっ! おにーちゃんのこえが、すぐちかくから、しやがるですー!】
「「「な、なんだってー!?」」」
子供たちの間で驚きの声が上がる。
【あの、あのあの……えとえと、に、にーさんっ】
今度はラビの声が、電話越しに聞こえてきた。
「ラビか。聞こえてるぞ」
【すごいのですっ!】
【すごいじゃない! じゃあつぎれいあっ! ねえねえじろ、きこえるっ? れいあのこえきこえるっ?】
次はレイアに変わったみたいだ。聞こえると答えると【すごいわねっ!】と喜んだ。
その後あやね、アカネと変わっていき、一巡したところで、俺は通話を切る。
そして階段を降りて、子供たちのもとへと帰ってきた。
「にぃ、すげーい」
ぴょんっ、とコンが俺に抱きついてくる。
俺は彼女を正面から抱き留める。
「にぃ、すげーい。ものすげーい。かんぜんむけつのボトル・ジーニアスだ」
「時々思うんだが、おまえっていつの時代から転生してきたんだ?」
「ねんれーをじょせーにきくのは、たぶーだよ」
しーっ、とコンが口の前に指を立てる。謎の多い子供だ。
「でもにぃすごい。だってでんぱない。どうやってつーわしてるの?」
コンだけが、この世界で電話が通じるすごさを、理解しているみたいだ。
他の子たちは電波という概念を知らないからな。
「無属性魔法のひとつに、【念話】って魔法があるんだ」
俺の複製スキルは、物体だけじゃなく、魔法さえもコピーできる。
ただ魔法のコピーには、対象となる魔法を誰かに教えてもらう必要がある。
俺には大賢者ピクシーがそばにいるため、彼女から魔法を教えてもらい放題なのだ。
彼女から教えてもらった無属性魔法・【念話】
遠く離れている相手に、こちら側から声を届ける魔法だ。
「この魔法、自分の声を、相手の脳内に直接届ける魔法なんだ」
「なるへそ。だからへんだったんだ。スピーカーから、こえがきこえてこなくて、へんだった」
スマホと【念話】を複製合成した結果、誰でも気軽に、【念話】の魔法を使えるようになった。
擬似的に電話機能が搭載されたが、もともとのスマホと原理は異なる。使い勝手はオリジナルと異なってくるのだ。
「ただこれまだ未完成なんだ」
「ほう。さらにしんかするというのか」
コンが感心したようにつぶやく。
「現状だと電話機能しか使えない。その機能も、1対1でしか使えないんだよ」
「? よーわからん」
「ようするに……電話をかける相手を、まだ自由に選べないってことだ」
地球のスマホのように、電話番号を入力すれば、自由に電話先を選べる……ようには、まだなっていない。
あくまで使えるのは、1つのスマホに対して、別のスマホ、つまり1対1での通話しかできない。
「要するに現状じゃ、糸電話と大差ないわけだ」
「でもとおくからはかけられるんでしょ。いとでんわよりゆーしゅー」
「いやまあそうなんだが。ゆくゆくはメール機能とか、それこそ普通の電話とたいさないように、今は調整中だ」
「にぃのやぼうは、はじまったばかり?」
「そういうことだ」
「でもにぃ、どーしてでんわなんてつくったの?」
俺はコンを抱き上げて、よしよしと頭を撫でる。
「この間、山で遭難したことあったろ。おまえたちに心配かけたからな」
みんなで山にピクニックへ出かけたとき。
俺は川に落ちて、遭難しかけた。
結果的に無事だったが、子供たちは、さぞ心配したことだろう。
そのとき電話があれば、安否をすぐに伝えられた。
だから俺は電話を作ろうと決意した次第だ。
「どーぬーにけっこうじかんかかったのは?」
「厳密に言えば【念話】の付与だけじゃ今のように使えなかったんだ。【動作入力】の魔法で、ちょいちょいと調整してあるんだよ」
その調整に手間取ったのである。
「なるへそ。みーはすべてをはあくした」
「すげえなコン」
コンが嬉しそうに、しっぽをふぁさふぁさする。
「そうだ。コン。おまえたちにさっきのスマホをあげよう」
「なんと。よいの?」
「ああ。その代わり使い勝手とか、不具合とか、あったらその都度教えてくれ。それ以外は子供たちの間で自由に使って良いから」
するとコンのしっぽが、ぶんぶんぶん、とヘリコプターのように回り出す。
「にぃ、ふとももっ。ふとももっ」
「太っ腹っていいたのか?」
「のはらさんちのしんのすけさんをりすぺくとしてます」
コンが俺から降りる。
俺は自分の持っていたスマホを、コンに渡す。
「それじゃ、コン。スマホの件よろしくな」
「りょ」
「りょ?」
「りょーかいのいみ」
びしっ! と敬礼すると、コンが子供たちのもとへかけていく。
「みなのしゅー。にぃからスマホもらった。これであそんでいいってー」
「「「わー!」」」
子供たちの歓声が上がる。
「これでみんなでスパイごっこしようず」
「「「いいねー!」」」
「おっとそのまえに、にぃにかんしゃしないとね」
「「「ありがとー!」」」
かくして、うちにスマホ(未完成)が導入されたのだった。
お疲れ様です。
11章はこんなふうにスマホの改良しつつ、秋から冬にかけての出来事を描いていく感じになります。
また書籍化の話はだいぶ進んで来てます。
多分来月には、もっと詳しい話をしていけるかと思います。イラストとか、書き下ろしとか、諸々。
書籍版の発売は、前回アナウンスしましたが、今年の秋となります。
来月には公式に発売日が発表されますので、そのタイミングでまたアナウンスします。
以上です。
次回もよろしくお願いいたします。
ではまた!




