65.善人、秋の山を登る
いつもお世話になってます!
焼き芋から1週間後。
孤児院の子供たちと職員とで、天竜山脈に、遠足へ行くことになった。
朝、孤児院の玄関前には、子供たちが全員集合していた。
「よーし、おめーら」
キャニスが子供たちの前に立っている。半ズボンに長袖シャツ。ダウンベストという出で立ちだ。
「てんことるです。呼ばれたヤツから返事しやがれです」
こくり、と子供たちが頷く。
「まず……コンッ!」
「みーにしめーはいりました。しゃしんとほんにんのかおがちがうことは、ままあるよ」
コンは探検家のような茶色の半ズボンにジャケット、頭にヘルメットを被っている。探検にでも行くのだろうか。
「次はラビ!」
「はいなのです! たのしみなのですー!」
ラビはスカートにレギンス、長袖シャツにカーディガンという、女の子っぽいかっこうだ。
「次はあやね! アカネも!」
「ふぁー……ぁい」「一緒くたにすんじゃねーよ。まあいいけどよ」
鬼姉妹はおそろいの長ズボンにパーカーという出で立ちだ。アカネは長い髪をポニーテールにしている。
「最後、レイア!」
「れいあがさいごじゃないわ! クロもいるのよ!」「みー!」
レイアは半袖に半袖シャツ。それだとみてる俺の方が寒いと言うことで、無理矢理長袖のジャケットを着せた。
黒猫のクロはレイアの頭の上に乗っかっている。
「よーし。みんなそろってやがるです」
くるっ、とキャニスが俺を向く。
「点呼お疲れさん」
俺はキャニスの茶色い髪をよしよしと撫でる。犬シッポがふにゃ、と垂れ下がった。
「きゃにす、ずるい。みーもなでて」「ら、らびもっ」「おいらもー……ぉ」「アタシは別に……」
子供たちがちょこちょこと近づいてきて、んー、と頭を突き出してくる。全員のあたまを撫でてやると、ふにゃり、と表情をとろかせた。
「ジロくん。みんな準備オッケーかな?」
がちゃり、と孤児院のドアを開けて、コレットが降りてくる。
今日はレギンスにミニスカート。シャツの上に防水加工されたレインウェアを着込んでいる。
背中には無限収納が付与されたリュックサックを背負っている。
中には応急キットやらお弁当やらが入っているのだ。
ちなみに子供たちも同じもの(サイズは小さい)を持たせている。
「……じろーさん、おまたせしました」
コレットのあとに桜華が出てくる。
桜華は普段和服じゃなかった。
スニーカーにチノパン。シャツに綿のパーカー。そして頭には丸い帽子を被っている。
どことなくハイキングへ行く若奥様、みたいな出で立ちだ。
「ぐぬぬ……ジロさんぐぬぬ……」
「マチルダみっともないわよ」
そう言ってマチルダとアムが、孤児院の中から出てくる。
「わたしも行きたいのにぃ~……」
「だめでしょ。桜華さんの幼児たちの面倒見ないとだし。それに普段の孤児院の仕事もあるでしょ」
「それは、そうだけど~。でも~」
「じゃんけんに負けたんだから仕方ないわ」
「うう……ちくしょう……ジロさんとデートしたかったのに……」
「デートじゃないわよ……。これも立派な仕事よ。ね、ジロ」
アムが俺に話を振ってきたので、頷く。
「すまん。留守を頼む」
やはり職員が数人いた方がいいということで、じゃんけんをして、居残るメンバーが決定したのだ。
「うう……ジロさんいってらっしゃい。気をつけてください~」
絶賛へこみモードのマチルダ。
「今度アムと3人で山行こうぜ」
するとマチルダがぴーん! と立ちあがると、にぱーっと明るい笑みを浮かべる。
「ほんとですかっ!」
マチルダが高速で俺に近づいて、手を握ってくる。
「ほんとですかっ!? ほんとですねっ! ウソついたら針千本ですからね!」
ぎゅーっと自分の巨乳に俺の腕を押しつけるマチルダ。ぐにぐにと水風船のようなでかい乳房がひしゃげる。
「ジ~~~ロくん♡」
ぬぅ……っとコレットが背後に立つ。ごごごごご、と謎のオーラを感じた。
「朝っぱらからですかそうですかそうですか」
「こ、コレット違うから。落ち着いて」
「そうです! ジロさんはわるくないです。ジロさんが私の胸に手をぎゅーっとやっているのは私の意思であって彼の意思じゃ」「ちょっと黙っててくれ」
ぎゃあぎゃあとコレットとマチルダを鎮めるのに、少し時間がかかった。
子供たちは各自で「おやつになにしたです?」「ばなな。てーばんだね」「らびはあめちゃんにしたのです。みんなでたべられるのですー」とおやつ談義に花を咲かせている。
ややあって、
「それじゃあ、出発するぞ」
俺と桜華が先頭に立ち、コレットが最後尾。その間に子供たちが1列に並ぶ。
「よーし、しゅっぱつです。おめーらきあいれろやー!」
「「「おー!」」」
かくして、子供たちと俺、コレット、桜華というメンツで、天竜山脈を目指すのだった。
☆
ソルティップの森をてくてくと歩き、そのまま天竜山脈の麓の森までやってくる。
天竜山は頂上らへんは標高が高いが、比較的斜面は穏やかだ。
事前に桜華とルートは調べているため、危険な場所とか、斜面の状態は調べてある。
「さてこっから山に入るわけだが」
参道の入り口。
俺は子供たちを見回して言う。
「おまえらにこれを配っておく。コレット、桜華。手伝ってくれ」
俺は子供たちに紐のようなものを配る。それを子供たちの腕に巻き付ける。
「にぃ、なにこれ? みさんが?」
「みたいなもんだ」
子供たちがしげしげ、とミサンガをみやる。キャニスは赤色、コンは青。ラビはピンクで、鬼姉妹は黄色。レイアは黒で、クロは白色のミサンガだ。
「これには発信器……っていってもわからないな。はぐれたとき用に魔法がかかっている。絶対に外すな。いいな」
こくこく、と子供たちが真剣な表情でうなづく。
「それで俺たちからもしはぐれたとしたら、絶対にその場を動くな。ミサンガの発信器を元に、俺が絶対におまえらの元へ行く。だからはぐれたら動くな。これを守ってくれ。いいな?」
「「「おっけー!」」」
子供たちに注意を喚起したあと、いよいよ山道を登ることになる。
先頭は桜華。その後に獣人たち。
俺はラビの後に立ち、コレットとの間に鬼姉妹とレイアが続く。
傾斜の緩い斜面を、俺たちはゆっくりと登っていく。
「んだよ-、やまみちっつーからたいへんかとおもったけど、あんがいそーでもねーです」
軽い足取りで、ずんずんと、キャニスが登っていく。
「にぃ、またてまわししたの?」
「んにゃ、そんなことないよ」
とはいったものの、じつは少し子供たちの持ち物に、細工はしてある。
というのは、子供たちの履いてるスニーカーに、無属性魔法の【筋力増強】と光属性魔法の【体力回復】を付与してあるのだ。
俺はものを複製する際、魔法と一緒に複製することで、擬似的に魔法を道具に付与することができる。これを複製合成という。
複製合成によって作ったスニーカーを、子供たちには履かせているのだ。
よほどのことが無い限り疲れないだろう。まあちょっと過保護すぎるかなとおもったりするが。
ややあって歩いていると、桜華がたちどまる。
「……みんな。あそこ見てください」
くる、と桜華が振り返っていう。
子供たちも背後を振り返り、「「「おー!!」」」と感嘆の声を上げる。
山の斜面いっぱいに、黄色と赤の色が広がっていた。
「すげーです! 山が……山がすげーです!!!」
わー! とキャニスが両手を挙げて驚く。
「あれが……こーよーなのです?」
桜華を見上げてラビが言う。
桜華はにこりとわらってうなづく。
「少し緑が残ってやがるです。おーか、あれはどういうことです?」
「……紅葉は、いっせいにおこらないんです。木によっておきる時期がことなるから、ああして赤かったりそうじゃなかったりするの」
あと……と桜華が続ける。
「……木のなかには、1年中ずっと木にくっついているはっぱがあるの。常緑樹っていうんですよ」
「「「なるほどー!」」」
うむうむ、と子供たちがうなづいている。
「みんなまっかになるわけじゃーねーんですね」
「みどりいろはぼっちなのかな」
「ぼっちってなんなのです?」
「しにいたるやまいだよ、きみぃ」
ひぅっ! とラビが体を硬直させて、「に、にーさぁー……ん」と半泣きで俺のところへ来る。
俺はラビをよいしょと抱っこして、背中をポンポンしてやる。
「コン。あんまからかうなよ」
「ごめんねらびちゃん」
にゅ、とコンが肩に乗っかって言う。
「さっきのうそ」「ほんと?」「うそじゃないけど」「どっちなのです!? わーん、にーさー……ん」
たしかにコンのさっきのセリフは、間違いじゃないぶん厄介だ。孤独は死に至る病だと思う。
「どうしたもんか……」
「らび、みて」
ぴょい、とコンが降りる。ててて、と木の根の元に落ちてるそれを拾って、肩に乗っかる。
「みてみ?」
「……! でっかいどんぐりなのです!」
コンの手には、ビー玉より遙かに大きな、ぶくぶくにふとったドングリがにぎられていた。
「いっぱいおちてる。みんなでひろお?」
「はいなのです!」
ラビが笑顔になって、コンと一緒にドングリを拾い出す。とりあえずここでいったん休憩を取ることになったのだった。
次回も登山します。どんぐり拾ったりきのこ拾ったりします。




