23.善人、鬼たちの仮の寝床を作る
いつもお世話になっております!
桜華たち鬼族が、獣人孤児院で、一緒に暮らすことになった。
その日の夕食の席でのこと。
10畳ほどのリビングには、大きめのテーブルが4つあり、大人用と子供用のイスが、人数分おいてある。
すべてさっき裏庭で、俺が複製して作ったものだ。
「あ、姉貴ぃ……」
俺からやや離れたところで、妹の赤鬼が、呆然とつぶやく。
「アカネちゃー……ん、どうしたのー……ぉ?」
姉がぽやんと首をかしげる。
「あ、アタシのさ……みみみ、みまちがえかな? なんか……スープにさ、ソーセージがはいってるきがするんだ」
妹の鬼、アカネが、テーブルの上に乗っている木皿を見てそうつぶやく。
「あー……ぁ、ほんとだねー……ぇ、いっぱいすーぷにそーせーじがー……ぁ、はいってるねー……ぇ」
ぽわぽわとした調子で、あやねがスープを見て目を輝かしている。
「ウソ、だろ。なぁおいキャニス!」
ばっっ! とアカネが正面に座るいぬっこキャニスを見て言う。
「なんでやがるです?」
キャニスは口からヨダレを垂らしながら、皿を凝視してそう言う。
いただきますが始まるのを、今か今かと待ちわびているようだ。
「このソーセージ……ほんものかっ? こんなでっかくておおきくてうまそうなの……今まで見たことねーぞごらぁ!」
アカネも唾液が過剰分泌しているのか、口の端からたらっと涎が垂れていた。
それを隣にいるあやねが、ハンカチでちょいちょいとぬぐってやっていた。
「ほんものに決まってやがるです。うそついてどーするです?」
やれやれ、とキャニスが首を振るう。
隣に座るコンもマネして首を振る。
「これくらいでどーよーしてっと、あとでしょっくしするべ」
「なー、コン、そのとーりでやがるですー」
ねー、と顔を見合わすキャニスとコン。
「な、なんだよ……」
「それはあとでのお楽しみでやがるです」
「かみんぐ、そーん」
ねー、とコントキャニスが意地悪く笑う。
「あ、姉貴ぃー……あいつらがいじめるー……。意地悪して教えてくれないぃー……」
アカネが目に涙を浮かべて、隣にいる姉にぐすぐすと鼻をくっつける。
「あー……。べつにいじわるしてるわけじゃないとー……ぉ、おもうよー……ぉ。たぶんアカネちゃんをねー……ぇ、びっくりさせてあげよー……ぉってゆー……。さぷらいず? だよー……ぉ」
よしよし、とあやねが妹の頭を撫でる。
「ほんとかな?」と妹。
「そうだよー……ぉ♡ キャニスちゃんたちー……ぃ、そんないじわるするこー……ぉ、じゃぁ、ないよー……ぉ」
ねー、とあやねがキャニスとコンに笑顔を浮かべる。
「ご、ごめんですアカネ」「べつにいじわるするつもりじゃないよ。ごめんね」
と素直に謝る犬娘ときつねっこ。
「ほらねー……ぇ♡ とってもいいこだー……ぁ、ね、だから泣かないのー……ぉ」
「…………うん」
こくり、とアカネが素直にうなずく。
どうやら場は収まったみたいだ。
「でもー……ぉ、アカネちゃー……ん」
「……なに、おねーちゃん?」
にぃー、っと笑ってあやねが言う。
「素がー……ぁ、でてるよー……ぉ?」
姉に指摘されて、アカネの顔が、自分の髪の毛と同じくらい、真っ赤に染まる。
「~~~~~~~~~~!!!!」
ぼっ! と頭から湯気が出そうになっているアカネ。
「アカネはいがいと泣き虫でやがるです」
「これがぎゃっぷもえ、てすとにでる」
ひそひそ、とキャニスたちが話し合う。
「ぎゃぁああああ!!! ちがうちがうちがうちーがーうーーーーー!!!」
アカネが歯を剥いて言う。
「別にアタシは泣いてねぇ!」
と言い張るアカネに、キャニスとコンは懐疑的な目を向ける。
「んな目で見てるンじゃあねぇえ!!!」
すごんでもぜんぜんびびっている様子のないキャニスとコン。
「いがいとおねーちゃんにべったりでやがったです」
「きっといつもはきょせーをはってる、やむちゃしやがって」
ワザと聞こえるように、キャニスとコンが話してからかう。
「あらー……ぁ、ばれちゃってるねー……ぇ、アカネちゃー……ん」
「うう……おねーちゃ~ん」
アカネが姉に抱きつく。よしよしとあやすあやねは、ぼんやりしていても、あの子の姉なんだなと思った。
そうこうしてるうちに、全員にスープと、そして【それ】が行き渡る。
「わー……ぁ、みてアカネちゃん、オムライスだー……ぁ」
「……………………………………………………………………」
びっくりして目を丸くするアカネ。あやねも目を普段よりは大きくしていた。
鬼の少女たちの眼前にあるのは、皿にのった大きめのオムライス。
卵とバター、そして牛乳をたっぷり使い、さらに鶏ももにくをケチャップで炒めて作ったそれを見て、
「ふぇえええー………………」
とアカネがさめざめと泣き出した。
「ど、どーかしやがったですっ?」
キャニスが慌てて声をかける。
「ぐす……これがぁ……ぐすんっ、さいごのばんさんなんだぁー……」
とかなんとかよくわからないことを言う。
キャニスとコンは首とまげて、シッポをハテナの形にする。
「アタシたち……ぐす、売られちゃうんだ……。だから……ぐすんっ、最後にこんなぜーたくができるんだー……。ふぇええ……やだぁ……ままたちとわかれたくないよぉ……」
またアカネがあやねの胸でグスグスと泣いている。
あやねも困惑しているようだった。
おそらく姉も、妹と同じことを思っているのだろう。
だが妹が泣いている姿を見て、内心の動揺を押し殺しているようだ。姉がしっかりしないと、妹がもっとおびえてしまうからと。
と、そのときだった。
「ううん、違うわよ、アカネちゃん、あやねちゃん」
台所の方から、エプロンをしたコレットが、鬼の姉妹のもとへと行く。
「ちがう?」「どーゆー……ぅ?」
半泣きで首をかしげるアカネ、と普段通りのあやね。
コレットはふたりのそばでしゃがみ込んで、にこりと笑い、頭を撫でながら言う。
「これが最後の晩餐なんかじゃないわ」
コレットの言葉を、アカネはまだ信用してないようだ。
「これは単に今日のお夕飯よ。明日も、明後日も、これからはおいしいものおなかいっぱい食べられるわ♡」
「ほ、ほんと?」
アカネがおそるおそる、コレットに尋ねる。
「ええ♡ じゃあ約束しましょ。明日はもっと美味しい物つくってあげる。なにがいい? ハンバーグ? ビーフシチュー?」
コレットがにこやかに笑いながら、アカネに問いかける。
アカネはおどおどしながら、「は、はんばーぐがいい……」と答える。
「そう♡ じゃあ明日はハンバーグにしましょう♡ あやねちゃんは何がいい?」
コレットが今度は姉に問いかける。
「おいらはー……ぁ、いいよー……ぉ。アカネちゃんがー……ぁ、食べたいものがー……ぁ、食べたいなー……ぁ」
自分のリクエスト権を、あやねは妹に譲ってやっていた。
アカネは小さく「じゃあステーキ」と答える。
「わかったわ♡ じゃあ明日のお昼にハンバーグを作って、お夕飯はステーキにしましょう♡」
くしゃり、とコレットがアカネの頭を撫でる。
「…………ほんとに? うそじゃなくて、つくってくれるの?」
普段の気の強そうな感じはなりをひそめ、アカネがおそるおそるコレットに尋ねる。
「もちろんっ♡ じゃあほら、約束しましょ♡ 指切り♡」
そう言ってコレットが小指を差し出す。
アカネからは涙が消えて、自分からも指を出す。結んで、上下に振るう。
「さっ、みんなご飯にしましょうっ」
コレットはアカネの額にキスをすると、立ちあがって全員に言う。
「…………」「どしたのー……ぉ、アカネちゃん、顔赤いよー……ぉ?」
首をかしげる姉。
「な、なんでもねーよ……」
とアカネが顔を赤らめて言う。
「コン、あれはきっとそうでやがるな」「きっとほのじよ」「なー、おねーちゃんもつみなおんなでやがるです」
うんうん、とキャニスとコンがうなずきあう。
「さぁみんな、手を合わせて。いただきます!」
そう言って夕食が開始された。
あちこちで歓声が上がっていたのは、言うまでもない。
そしてその翌日の昼も夜も、同じような声が聞こえることは、想像に難くなかった。
☆
食事を食った後、俺とコレット、そして桜華の3人で、カラになった皿を台所にて洗う。
桜華は蛇口から流れる水に、たいそう驚いていた。
子どもたちはどったんばったんと孤児院を走り回っている。
ついさっきキャニスがアカネに鬼ごっこをしようぜと誘っていたので、たぶんそれだろう。
鬼族の乳幼児4人は、桜華の娘5人が対応していた。だっこしてよしよしとしている。
……そうか、まだ赤ん坊もいるのか。
となると別に必要になってくる物がいるだろう。
粉ミルクとか、紙おむつとか。
言うまでもなく俺は前世では独り身だった。
子どもを持った経験は無い。
しかし俺には、粉ミルクもおむつも作ることができた。
それについてはまた後日話そう。ヒントは俺には年の離れた姉がいたということだ。
それはさておき。
食事を終えたので、いよいよ次は鬼たちの寝る場所を確保する作業に入る。
「さてどうするかな」
俺は廊下に立って悩む。
子どもたちが俺の隣を、どたどたばたばたと行ったり来たりしている。
「……じろーさん」
晴れた春の日みたいな、柔らかくも温かみのある声が、背後からする。
振り返るとそこにはーーでけえ。
じゃない。
胸の大きな。じゃない。桜華がいた。
「……じろーさん、その、ありがとうございました」
ぺこっ、と桜華が頭を下げる。どっぷんっ、と胸が一拍遅れて垂れ下がる。
でけぇ……。なんだよ今の動き。おかしいだろ……。
「……じろーさん?」
はて、と首をかしげる桜華。俺の反応がないことを不審に思ったのだろう。
「あ、す、すみません桜華さん。ちょっと目が」
「……目が?」
「あ、いや、その。す、すみません……」
童貞ではないのだが、胸の大きな女性を見ると、ついつい目がいってしまう俺である。
すまん、コレット。
「………………? ………………!」
桜華は首をかしげた後、何かを察したように目を大きくする。
「………………。はずかしいので、くらくなってから……お願いします」
顔を赤らめてうつむく桜華。
「桜華さん? あの、なにをおっしゃってるんですか?」
「……わかっております。温かい食事と屋根のある家の代金。それに釣り合うわたしが支払える対価など、ひとつしかありませんもの」
となんだか妙なことをおっしゃる桜華さん。
「……ああでもこのような無駄なお肉ばかりの体で、すみません。ほんとうに、すみません」
顔を真っ赤にして、桜華が自分の体を腕で抱く。そして体を左右によじる。
む、胸が……なんだ。ばるんばるんって左右にムチみたいにしなってるぞ……。
じゃなくてっ!
「桜華さん、別に対価なんていらないですってば」
「…………………………。そうなんですか?」
きょとんと首をかしげる桜華さん。
「そうですって。さっきも言いましたけど、俺は別にあなたたちから対価を要求しませんって。コレットが受けた恩を返すだけ。それ以上に何かを払えなんていいませんから」
俺の言葉に、桜華は「…………」と目を大きくする。
「……じろーさん」
桜華が目を潤ませる。
「……ありがとうございます」
ぐすぐす、と桜華が鼻を啜る。
「いや、なんで俺に謝るんですか」
「……だって、やさしくしてくれるから」
涙を拭きながら桜華が言う。
「優しくするのは当然ですよ。だってそもそもあなたが最初にコレットに優しくしてくれたんじゃないですか。俺たちはそのときの恩を返しているだけです」
情けは人のためならず。
今俺は、桜華から受けたなさけを、こうして返しているだけだ。
「……じろーさん」
熱っぽい目で、俺を見て桜華が言う。
「……だめです、そんなやさしくしないでください。そんなことしたら、わたし……」
桜華が両手で自分の胸を抱いて、顔を真っ赤にし、もじもじと身を捩る。
「……っ」
桜華が艶っぽい吐息を漏らす。
「ど、どうかしましたか? 熱でも……?」
俺が桜華に近くによって、彼女の額に手を当てる。
「!?!?!?」
桜華の目が大きく見開かれる。
ツノがあって触りにくい。ツノをこう、指の間にくるようにして、彼女の額に触る。
結構ツノってしっかりしているな。と、指の側面でこりこり触りながら思う。
「…………」
桜華がその場に、ぺたり、としゃがみ込んでしまった。
「だ、だいじょうぶか?」
「……はぃ」
と小さくこくりとうなずく桜華。
「……その、じろーさん」
もじもじしながら、桜華が俺を見上げて言う。
「……あの、ツノを、その、さわるときは、その、気をつけて……ください」
「え、ああ……ごめんなさい。不快でしたか?」
「……ふ、不快なんてそんなっ!」
ぶんぶんぶん! と桜華が大きく首を振るう。
「……ただ、鬼のツノは、その、神経が集中していまして。……端的に言うなら、その、ひ、非常に繊細な部分、でして……だから……」
「そうなんですね。すみません、次から気をつけます」
俺はぺこりと謝り、彼女に手を差し出す。
「……いえっ、わたしも最初に言っておくべきでした。言い忘れて……すみません」
桜華は俺の手を取って、立ちあがる。
……柔らかい手だった。
きっと胸も……いかんな、どうも。
さすが魔性の胸を持つ女・桜華。
「……あの、じろーさん」
もじもじ、と桜華がうつむきながら言う。
「……その、敬語を」
「敬語?」
「……はい。敬語は、やめてください。避けられてるみたいで、嫌なんです」
じいっと俺を見ながら桜華が言う。
「……だめ、ですか?」
「いや……わかったよ。桜華さん」
「……さんも、いいです」
「え、いやそれはちょっと……」
さすがに今日あったばかりの人の名前を呼び捨てにはできなかった。
「……………」しゅん。「あー、わかったよ、桜華」「………………!」ぱぁっ。
桜華は嬉しそうににこーっと笑う。
まあ、本人が良いというのなら、是非もなかった。
☆
前置きが長くなったが、鬼たちの暮らすスペースについて考えていこう。
俺は大賢者ピクシーの部屋に、桜華と一緒にやってくる。
4畳半ほどの、せまくもなく、かといって大きくもない部屋だ。
ここはかつて先輩が使っていた。
が、今では俺たちと一緒に使っているため、空き部屋になっている。
「娘さんたちは5人いるんですよね?」
「…………」
俺が桜華に尋ねると、桜華は小さく「あの、その……」とつぶやく。
「……敬語。……それに、さんって」
ああ、そう言えばさっき敬語はやめてくれって言われたな。
「ごめん、桜華」
「……いいえ、お気になさらず」
にこーっと桜華が明るい笑顔になる。
桜華は5児の母であるのだが、見た目が完全に女子大生だ。
肌はピチピチしているし、顔にしわなどいっさいない。
どう見ても20代前半の爆乳女子大生だ。
「……あの、さっきの質問なんですけど、そうです。……人間で言うところの18歳の子がふたり、17歳の子がひとり、16歳の子が2人の、合計で5人です」
双子が2組いるらしい。
というか全員が女子高生くらいの年齢なのか。
「ちなみに桜華は人間で言うと何歳なんだ?」
「…………」
もじもじ、と桜華が恥ずかしそうに身を捩る。
「すまん、女性に歳を聞くものじゃなかったな」
ほんと、デリカシーのない男だ。
「…………にじゅー、……です」
小さく桜華が自分の歳を言ってきたけど、聞かなかったことにしよう。
俺の聞き間違えであって欲しい。
てゆーかまあ、あくまで人間に直すとだから、実際の年齢は娘たちと離れているのだろう。
うん、聞き間違えだ。20歳とか。普通におかしいもんな、うん。
けど人間と鬼とじゃ成長のスピードも違うだろうし、ありえる……のか?
わからん。
わかんないことは、考えないで、今は目先のことに集中だ。
「しかしまぁ、高校生くらいの子どもが5人も入るにしちゃ、この部屋は手狭だよなぁ」
この孤児院には、大人の部屋(もと物置)、子ども部屋、先輩の部屋、テンの部屋、の4つしか住むスペースがない。
あとはリビング・キッチンがあるだけだ。
「4畳半だとこれふたりはきついし……ひとり一部屋だよな」
となると5部屋は必要になる。
さらにアカネ、あやねを含めた孤児たちの部屋も必要だ。
先輩の部屋を使うとしても、やっぱりあと5部屋はいる。
それにトイレも1つじゃあ、今後不具合が生じるだろう。
さらに風呂場(竜の湯)も拡張しないとな。
リビングのスペースも、人数増加に合わせて大きくしたい。
「……あの、じろーさん?」
桜華が後から声をかけてくる。
「……わたしたちは、外でも構いませんよ?」
「いや、ダメだ、そんなことはさせられない」
恩師の恩人やその子どもたちに、不自由や不快な思いはさせたくない。
「となると増築が必要になるか」
だがあいにくと俺には建築の知識なんてない。
複製で資材は作れる。四方を壁で多い、板でふたをするみたいなトウフ型の小屋は作れるだろう。
だがそんな簡単なものしか作れない。
こればかりは本職に頼むしかないか。
よし。
「テン。テンはいるか?」
俺は彼女の名前を呼ぶ。
「社長、ここに」
そう言って音も無く、スーツ姿の女性が、俺たちの前に出現する。
桜華がぎょっ、と驚いていた。
「悪いがクゥと連絡が取りたい」
「かしこまりました」
テンは分身の術が使える。
この分身は、離れていてもお互いに意思の疎通ができる。
テンの分身は、遠く離れた王都にある、クゥのもとにひとりいる。
よって目の前のいるテンを通して、クゥと連絡が取れるというわけだ。
俺はテンを経由して、クゥと連絡を取り合う。
要望を伝えると、翌日すぐに大工を手配してくれることになった。
「明日もう来てくれるのか?」
【早いほうがええやろ?】
テン経由で通話する俺とクゥ。
【あんたがこんな夜中に連絡取ってくることは、今まで一度も無かった。それが今はかけてきている。だからこの件は緊急で頼みたいちゅーことやろ?】
話が早くて助かる。
「見返りは?」
【んなもんええよ。ちゃんと工事にかかる金を払ってくれるなら、それ以上あんたから搾り取るつもりはないわ】
あっさりとクゥが言う。
「なんだ、急に仕事を入れたから、迷惑料とか言って金をぶんどるのかと思ってたんだがな」
【んなもんせーへんよ。仮にもアンタは社長やないか】
なんか知らないが、今回はやけに優しかった。
【前と違ってアンタはもう塩だけ出すだけのお飾りやのーて、会社を支える立派な柱の1本や。ウチは身内と有能な部下には優しいんやで】
ほなな、と言ってクゥは連絡を切った。
「これでとりあえず工事のめどは立ったな」
良い機会だから、しっかりとこの木造の孤児院を、耐震強度のいいものにしてもらいたい。
「だとしたらとりあえず今夜をしのげればいいわけか」
俺はうなずくと、ひとり孤児院を出て、裏の竜の湯へと向かった。
☆
竜の湯のすぐそばにて。
桜華と、そして桜華の娘たちが、ぼうぜんと【それ】を見上げていた。
「……あ、あのっ、じろーさんっ」
隣に立つ桜華が、俺に話しかけてくる。
「どうした?」
「……あの、この建物は、いったい?」
桜華が竜の湯から100mほど離れたところにある【それ】を指さして、目を丸くして言う。
「悪い。とりあえず孤児院の改修が住むまでの仮住まいとして、ここに住んでくれないか?」
「……それは、かまいません。ですけど、これは、いったい……?」
と桜華が困惑を瞳にうつす。
そして言う。
【それ】を見て、言う。
「……どうして、コレットさんの孤児院が、もうひとつあるんですか?」
……とりあえず状況を説明しよう。
竜の湯から100m離れたところに、開けたスペースがある。
というか、俺がスペースを作った。
もともと竜の湯の周りは木々に囲まれていた。
それが邪魔だったので、魔法の付与された斧やスコップを使って伐採・整地作業を行う。
竜の湯から100m離れたところに、広いスペースを作った。
ちょうど獣人孤児院とは、竜の湯を挟んで反対側の場所に、スペースを用意。
あとは竜の湯に足をツッコんで、【複製】したのだ。
何を?
住み慣れて、構造を熟知している我が家、つまり、獣人孤児院をである。
俺たちが暮らしていた建物と、すんぶん狂わず同じ孤児院が、竜の湯から100m離れた場所に立っている。
なぜ100mなのか?
それは射程範囲の問題である。
俺は魔力でものを作る。
その際、普段は目の前にぼとんと落としている。
さすがに今回は、竜の湯の目の前に個人をでーんと作るわけにはいかない。
風呂のスペースがなくなってしまうからな。
日々複製を行ううち、俺は自分の能力に射程範囲があることに気づいた。
つまり、何メートル先になら、ものを出して設置できるか、その距離を確かめたのだ。
すると半径100m以内であれば、好きな場所にものを複製して出せることがわかった。
無論出す正確な位置は、きちんと目視していないといけない。
だがこれによって、竜の湯で作って孤児院の仲間で運ぶ、という手間がはぶけた。
孤児院の中に出現させるのはできない(目で確認できないから)。
が、孤児院の入り口付近に作ったものを出しておくことができると、試行錯誤の末に気づいたのだ。
それはさておき。
なので竜の湯に入った状態なら、100m先に孤児院の建物のコピーを作ることができる。
よって射程範囲内の森の木々を伐採しスペースを作って、そこに孤児院をもう1個作ったという次第だ。
「内装とかもほぼ一緒だと思う。使い方がわからないものがあったら遠慮無く言ってくれ。とりあえず獣人孤児院の工事が終わるまでは、そっちで寝泊まりして欲しい」
「……わ、わかりました」
ちなみに前世で住んでいた家も、この理屈なら作ることができる。
だがあいにくと俺は子どもの頃も社会人になってからも、マンション住まいだった。
マンションは作れない(でかすぎて竜の湯が潰れる)し、そもそも俺の住んでいた住居スペースしか住んだことがないので、マンション全部を完全再現はできない。
それをやりたいなら、マンションの全部屋に住んだことがないといけない。
その状態で作れば、俺の住んでいた場所以外はすっからかんながらんどうの何かができる。
まあ、住んでいたスペースだけを複製することは可能かもだが。
「……じろーさん、すごい、ですっ!」
きらきら、とした目を桜華が向けてくる。
後に控えていた桜華の娘たちも、俺に向ける目が全員輝いていた。
「…………ボウフラが」
でもなんか約一名、俺に向かってにらみつけてくる子がいた。
なにかをつぶやいていたようだが、聞こえなかった。
それはさておき。
俺は桜華たち鬼族のみんなを見て言う。
「工事が終わったら一緒に住もう」
「……あの、わたしたちはここでも十分ですよ?」
と桜華が控えめに手を上げて言う。
「いや、せっかくそっちの子どもたちと、ウチの子らとが仲良くなったんだ。スペースを分けたらかわいそうだろ」
獣人孤児院と、鬼族の孤児院は、そこまで離れてないとは言え、しかし離れてはいるのだ。
そもそも獣人孤児院から竜の湯まで歩いて数分離れてるし、竜の湯から鬼族のところまでは100m。
できれば同じ場所で、一緒に生活したい。
その方が子どもたちも喜ぶだろうし、子どもたちの世話も1カ所に集まってたほうが効率が良い。
「子ども部屋に娘さんたちぶんのベッドがあるんで、それを使ってくれ。桜華と子どもたちは俺の使っていた部屋がいいかな。ベッドが足りないかも知れないから、出しておくな」
竜の湯でぽんぽん、とベッド(前世でひとり暮らしの時に使っていたやつ)をいくつか作る。
「なんだありゃぁ……」「うわー、すっごいね~、魔法使いみたい~」「…………きも」「おじさますごいですわ♡ すてき……♡」「おっちゃんすげー……」
俺の複製する姿を見て、5人の娘たちが目を剥いてる。
あとは腰につけた【無限収納】が付与された袋にベッドを入れる。
「こりゃまたすげー、アイテム袋もってやがんぜ、あの兄ちゃん」
「わわっ、じゃあお金持ちってこと~? ますます良物件じゃん~」
「…………ウジ虫が」
「素晴らしい殿方に巡り合うことができて、幸運ですわ♡」
「ほんとっ。かっこいいし、力もあってお金持ちとか、これ以上ない好条件だもんねっ」
ねー、と顔を見合わせる5人娘。(ひとりを除く)
そして彼女たちは、俺のことを、妙にぎらついた目で、じっと見てた。
……よくわからないが、とにかく。
こうして孤児院の改修のめどと、そしてそれまでの鬼族の仮住まいを作ったのだった。
お疲れ様です!
そんな感じでまずは仮の寝床を作る回でした。
本編でも言ってますが、そこは仮の寝床であって、孤児院の工事が済んだら用済みになる感じです。
取り壊す(【廃棄】で消すか)か残すかは今のところ未定です。
衣食住の住を確保したので、次は衣と食るを。
とくに鬼は赤ちゃんも連れてきてるので、その子に使うミルクやオムツをどうするのかとかに触れたいです。
あとは鬼族の娘さんたちの描写も、少しずつ増やしていこうかなと思います。
そんな感じで次回もよろしくお願いします!!
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ではまた!!




