171.届く、思い
俺は子供達の部屋にて、ラビと会話した。
魔法学園に通いなさいと。
……普段の俺なら、誰かに何かを命令するようなことは、言わなかったろう。
命令とはすなわち相手に行為を強制させることだ。
俺は、人に優しくするという言葉に縛られて、誰かを縛り付けるようなことはしてこなかった。
……でも、考えを改めた。その人のためになると、本気でそう思ったのなら……。
多少、そういう言葉も使わないといけないのだと。
「…………」
俺はラビの答えを待つ。ラビはグズっているものの、嫌だ、とは口にしていない。
俺は待った。彼女が一歩踏み出すのを。この子には考える力がある。俺の言葉を、理解するだけの知恵がある。
これ以上何を言わなくても、彼女はきっと、自分にとって最善の道を選び取る。俺は、ラビを信頼してる。
……どれくらい、ラビが黙っていただろう。
彼女がぽつりと口を開く。
「らび……はぁ……」
俺はラビの目をまっすぐに見る。涙で赤く染まった目……。
そこには、小さな光が見えた。希望の光だ。
「らび……らび、いく」
「いく? 学園にか?」
こくん、とラビがうなずく。……その瞬間、緊張の糸がほぐれていくのを感じた。
じわりじわりと、俺の胸の中に達成感が広がっていく。良かった……俺の言葉が、ちゃんと届いてくれたのか。
「でもでも……こわいのです。しっぱいするかもです……だめになるかもです……」
ラビは道を選んだ。でも未知に対して恐れを抱いている。なら俺がすべきことは、簡単だ。
「大丈夫。怖がらなくて良いよ。学園長はいい人だった。あの人が集めた人材だ、周りのみんなもいい人ばっかりだよ。それに……」
「それに?」
俺は笑って、ラビを安心させるように言う。
「失敗したり、辛くなったら……いつでも帰っておいで。俺たちは変わらず、ここにいるから」
諦めて帰ってこいって意味じゃない。
鳥だって、ずっと空を飛び続けていたら、疲れてしまう。
だから、小鳥が羽を休ませられる場所として、ここを使ってくれて構わない。
俺は、俺たちは、また再び大空へ羽ばたくための、止まり木となる。
俺の言葉を聞いて、ラビはぐしぐし、と目元を拭う。
不安の色は消えて、決意のまなざしが、そこにはうかんでいた。
「わかったのです。らび……頑張る! いっぱいいっぱいおべんきょーして、すごい魔法使いに、なる!」
ああ……ラビ。ありがとう。おまえのおかげで、俺もまた成長できたよ。
俺の言葉が、俺の選択が、正しかったと……彼女が証明してくれた。
優しくするのは、甘えさせるだけじゃないって。
「それでね、いつかね、らびもね、せんせーになるの! お兄ちゃんみたいな、優しくてかっこいーせんせーに!」
「……!」
……今、俺の手から、バトンが渡されたような気がした。
コレットから、『情けは人のためらズ』という言葉とともに、受け継いだバトンが。
次世代に、俺の言葉とともに、手渡された……
「あ、あれ……?」
ぽろりと涙がこぼれ落ちていた。なんだ、泣くほどうれしかったのか……俺……。
はは、そうだよな。そうだよ。
俺も導く立場に、ようやく、なれたんだから。
あこがれだった、先生のようになれたんだから。そりゃうれしいか。
「! お、お兄ちゃん泣いてる!? おなかいたいのっ?」
「いや、大丈夫……うれしいんだよ。ラビに、俺みたいになりたいって言われたことが」
コレットとであって孤児院の先生になれた。でもそれは、どっちかというと保護者の意味合いの方が強かった気がする。
それが、今。やっと……先生になれた、そんな気がする。先に立ち、子供達を導く存在へ……。
こうして、ラビは卒業することになったのだった。
あと2話でエピローグです。




