168.新しい気持ち
ラビ。ジロの経営する孤児院に身を置く少女。
父親代わりであるジロとともに、彼女は王都にある魔法学園につれってもらった。
「たのしかったぁ~……」
王都から戻ったその日の夜。
子供達の部屋にて。
ラビ以外の子供達は就寝しているなか、ラビは今だ興奮冷めやらぬといった様子で、眠れないでいた。
学園で見聞きしたものは、ラビにとって、どれも刺激的で興味深かった。
今まで独学で学んでいた魔法の世界が、あんなに奥深いものだとは思わなかったのだ。
「うう~……」
デルフリンガー先生から、魔法の教本をいくつももらった。
ラビはその続きが気になってしょうがなく、ベッドを降りて、机の前に座る。
ライトをつけようとして、しかし、友達を起こしてはいけないと思い直し、本を持って部屋を出る。
普段のラビなら暗くてひとりで廊下の外に出れない。でも、今のラビは違った。
もらった魔法の本を読みたくてしょうがなかった。知らなかったことを知ることの楽しみを知ってしまったから。
もう前のようには戻れない。ラビにとって魔法の追求は、彼女の中で、最優先事項になったのだ。
ぽてぽてと一階に降りる。食堂に明かりがともっていた。ちょうど良いと思ってそこへいくと……。
「あら、ラビ?」
「ままっ」
子供達の母親役である、ハーフエルフのコレットが、食堂でお茶を飲んでいたのだ。
コレットは立ち上がって、ラビを抱き上げる。
「どうしたの? おトイレ?」
「ううん。ごほんが……」
「本?」
ラビは学園でもらった魔法の本の続きが、きになってしょうがなかったのだと伝えた。
コレットは、心底を驚いていた。あの臆病で、あまり自分を表に出さない彼女が……。
コレットはその変化を、大事にしないとと思った。
「良いわ。眠くなるまで一緒にいますよ」
「ほんとっ」
コレットの膝の上にラビが載る。ラビはうれしそうに本を開いて、先を読んでいく。
コレットはそれに目を通しても、ちんぷんかんぷんだった。
彼女の魔法もまた独学だったから、理論だった魔法の話は理解できなかった。
でも……。
「そっかー! なるほどなぁ~……」
「わかるの?」
「うんっ!」
ラビは本の内容を理解してるようだ。
それを示すように、空中に水の玉を出現させる。
それを氷に変化させ、今度は蒸気に変えた。
「そっかぁ、氷の魔法を使うより、水の魔法を状態変化させた方が変換効率が良いんだぁ!」
……それを見て、コレットは思う。ラビはもう、子供じゃないんだなと。
自分で者を考えて、やりたいことを追求できるようになったのだと。
……人は変わっていく。村の子供だったジロが、冒険者として人に頼られる存在となっていたように。
ラビもまた今、変わろうとしている.凄い早さで、過去を置き去りにして。
「…………」
コレットは自分の耳に触れる。エルフと人間のハーフ。彼女は、そのことをずっと気にしていた。
混じり物。そう呼ばれるのが恐かった。現にハーフエルフであるがゆえに、村を追放されたこともあったくらい。
彼女にとって、この中途半端な耳の長さは、半端物の烙印でしかなかった。心の傷ですらあった。
「……わたしも、変わってかないとね」
「? まま?」
ううん、とコレットが首を振る。ラビのその、前に進む姿勢に触発され……コレットもまた、ひとつの決断を下す。
……結局、その日、ラビは日付が変わるまで夢中に、魔法の勉強をしていたのだった。




