166.厳しさ
その後、デルフリンガーさんに学園内を案内してもらった。
校内のあらゆる場所に魔法が使われていて、学生達もあらゆる魔法の研究をしていた。
次から次へと出会う新しい魔法の数々に、ラビは驚き、そして興味を高めていった。
食堂でお昼ご飯までごちそうになり、午後は体験授業までやらせてもらった。俺には難しくてさっぱりわからなかったが、ラビは積極的にメモを取っていたし、最後には自分で、わからないところを質問していた。
そして、夕方。
俺はデルフリンガーさんに呼び出されていた。
ラビはクゥと一緒に、事務室で待ってもらっている。
学園長室には俺とデルフリンガー先生のふたりきりだ。
彼女は開口一番に、俺にこういう。
「ジロさん。是非……ラビさんをうちで預からせてもらえないかしら?」
前のめりになりながら彼女がいる。その目はまるで子供のようにキラキラ輝いていた。
ラビに対する期待の表れだろうと思うと、うれしくも誇らしい。
「ラビは、お眼鏡にかないました?」
「それはもう! びっくりしたわ。あの子、500年……いや、1000年に一人の逸材だったわ。ここに来れば、確実に、歴史に名前を残す、最高の賢者となれる」
賢者……。たしか凄い魔法使いに対する、世間一般からの呼び名だったか。
しかし……ラビはそんなに凄い存在になれる可能性が秘められていたのか。
元から頭の良い子だと思っていたのだが……。うん、うれしい限りだ。
「ありがとうございます。ただ……」
「ただ……?」
「ラビの意思は、確認させてください。あの子は、人一倍甘えん坊でして」
俺もここに来るのが一番、ラビの将来にとっては良いことだと思っている。
でもそれは、大人の思惑でしかない。ラビが孤児院を出たくないといったら、俺はそれを尊重したい。
するとデルフリンガーさんは「なるほど……」とつぶやく。先ほどまでの子供のような笑顔から一転、先を行き子供を導く、教育者の目になる。
「ジロさんの意思はわかったわ。でもね、時には、厳しさも必要だと私は思うわ」
「厳しさ……?」
「たとえ、その子が今望んでいなくても、その子の将来を考えて、やりたくないことをやらせるのも、必要よ」
「でもそれは……」
子供の意思を無視するようなマネを俺はしたくない。だが、デルフリンガーさんの言いたいこともわかる。
子供は、いつか大人になる。振り返ったときに、すすみたい道がうしろにあって、もう進めなくなっていたら……そっちのほうがかわいそうだ。
「あの子は原石よ。今から一から育てれば十分に、頂に手が届く。でも……年がたつにつれて、その才能の輝きは鈍くなってしまうわ」
「…………」
彼女も俺と同じことをいいたいらしい。芸事、スポーツ、どんなものを始めるにしても、若ければ若い方が、飲み込みが早くなる。
大人になると、記憶力もうすれてしまうし、技術の習熟も遅くなる。
「ジロさんの教育方針に口を挟むつもりはない。今、親はあなたなのだから。でも……私も人の親だったからわかるけれど、時には厳しさも重要よ」
デルフリンガーさんは、胸元に手を突っ込み、ペンダントを取り出す。
蓋を開き、何かを見ていた。それは遠くからだと詳しく見えなかったが、写真のようだった。
彼女とうつってるのはだれだろう。小さな赤ん坊がふたりうつっているようだ。
「どうするかはあなたに任せる。でも……私は、この学園は、ラビちゃんを今欲しいと思ってる。それだけは伝えておくわ」
よく考えて、といってその日はお開きになった。




