159.感謝
初詣に来てる俺たち。
泊まってるホテルで、愛するコレットから告げられた事実。
彼女に……新しい命が宿っている。
俺と彼女との間にできた、子供。
「…………子供」
「そう、ジロ君との赤ちゃんっ♡」
……子供ができた。そう言われて思い出したのは、彼女との別れたあの日のことだった。
俺の住んでいた村で、コレットは医者のまねごとをしていた。
命を救われたことがあった。その日から俺は彼女が好きだった。いつか、彼女に告って、結婚するんだって。
でも……ある日彼女は突然いなくなった。
ハーフエルフであることがバレて村を追われたんだ。
……その日の夜の、悔しさとさみしさを思い出す。
俺が何の力も無いガキだったから、コレットの辛い気持ちをわかってやれなかった。守ってやれなかった。
ああ、早く大人になりたい。そう思った。
それから何年も経って彼女と再会できた。それだけでも、女神様に感謝した物だ。これ以上の幸福は、ないって。
でも……。
彼女と恋仲になれただけでなく、家族になれて、しかも……俺との間に、子供までできた。
こんな……こんな奇跡の連続が、起きていいのだろうか。
「じ、ジロ君っ? な、泣いてるよ……?」
「え……あ……ああ……ほんとだ。自分でも……気づかなかったや」
泣いてから、俺はどうして泣いてるのか理由を探す。
わからない。ただ途方もなくうれしいんのは事実だった。
「なんか……感無量だなって。先生の言葉を、実行して良かったって」
「わたしの言葉?」
そう……。
コレットがいつも言っていた言葉を、俺は思い出していた。
「情けは人のためならず、ってさ」
人に優しくすることは、巡りめぐって、自分を幸せにしてくれる。
俺は先生……コレットからそう教わった。
そっか……と俺は今、強く感心している。
その言葉は正しかったのだ。
そうだ。今俺がこうして、とんでもない幸せな、奇跡の現場に立ち会えているのは……。
コレットから教わった、この言葉に従って、きたからだ。
彼女との思い出を忘れずに、実行してきたからなのだ。
そう、すべてはこの一瞬のときのために、あったんだって。
そう思ったから、俺はうれしくて、泣いたんだな。
「ありがとう、コレット」
「え……? きゃっ」
俺はコレットを抱きしめる。俺という人間が、今、この場に立って、幸せをかみしめられているのは……。
あの幼い日に、俺に教えと言葉を授けてくれた、コレットのおかげだ。
彼女は俺にとっての女神だ。彼女がいなかったら今頃、俺は別の人生を送っていただろう。
ここまでの、しあわせを感じられていなかったろう。
だから、感謝の言葉が口をついた。それ以外の言葉が出てこなかった。
「ありがとう……ありがとう……」
「ふふ……こっちこそだよ、ジロ君」
コレットが俺を優しく抱きしめてくれる。
「ジロ君がいたから、孤児院のみんなが幸せになってるんだ。君のおかげだよ」
違うよ、コレット。君が俺に与えてくれたんだ。君がいたから俺がいる。俺がいるから、キャニスや桜華たちが幸せなんだって。
そう言いたくても、上手く言葉が出てこなかった。
おっさんになって、感情の起伏が薄れた気がしていた。
前よりも、感情を表に出せなくなった。でもこのときばかりは、俺の目から、次から次へと、涙がこぼれ落ちていた。
ああ……俺は今、最高に、幸せだって、そう思った。




