155.善人、嫁と子どもたちと初日の出を見る
年明けの瞬間から、6時間ほどが経過。もうすぐ初日の出を迎えようとしていた。
ホテルのリビングスペースにて。
「んがー……」
「ぬぅうー……ん」
「すー……すー……」
全面ガラス張りになっている、窓の前。子どもたちが集まって、仮眠を取っていた。
「ジロくん、お疲れ様♡」
「コレット」
ソファに俺が座っていると、コレットが後からやってくる。
「はいこれコーヒー」
「ん、さんきゅー」
「では私も失礼します」
コレットが俺の膝の上によいしょと座る。大きくて柔らかなお尻が、膝の上に当たって気持ちが良い。
「コレットさんよ。そこに座ると、せっかくお前が入れてくれたコーヒーがのめないよ」
「あらごめんそばせ♡」
コレットは俺の隣に座る。ぴったりと、肩がくっつく。大きな胸が肘に当たり、むにむにとした感触がする。
「コレット、当たってるぞ」
「ふふっ、当ててるのよ♡」
えいえい、とコレットが自分のおっぱいを腕に押しつけてくる。途方もないくらい柔らかなそれが当たって、実に気持ちが良い。
「はしたないぞ」
「いいんです。ジロくんは私の旦那様ですから。旦那様には妻のおっぱいを触る権利があるんです。ジロくんだけだよ? 私のおっぱい触れるのは」
「それは……その、光栄だな」
そう答えて、何を言ってるんだ俺は……と自己嫌悪した。まるで発言がおっさんだ。俺もおっさんになったもんだ。
「んぐー……」
「ぬぬぅーん……」
「あの子たち、あんなところで寝て、寝苦しくないのかしら?」
「わからん。ただキャニスたちが自分で言ったことだしな」
それは4時間ほど前のこと。
年を越した子どもたちは、「そのまま初日の出まで起きるぜ!」と息巻いていた。
しかし1時間もするとうつらうつらしだし、さらに1時間すると完全にスイッチオフ状態になっていた。
明らかに眠そうだった。だから俺は仮眠を提案した。しかしキャニスは、このままじゃ初日の出を見過ごすと危惧していた。
俺は夜更かしは体に毒だし、ちゃんと日の出前に起こすからといった。彼女たちはベッドではなくここで寝る。ここで寝れば寝苦しくて、完全に寝過ごすことはないから……。
ということで、床に眠っているのだ。タオルケットは俺が後で掛けておいた次第。
「そろそろ日の出かしら?」
「あと10分くらいかな」
このホテルは、王都のどの建物よりも背が高い。地上が丸いとわかるくらいだ。
遠くにある地平線から、オレンジ色の光がやんわりと発せられている。まもなく日の出だろう。
「初日の出を見ると、本当に年明けたーって感じがする」
「そうだなぁ……あっというま一年だったな」
俺にとって去年は、激動の一年だった。冒険者を引退し、旅に出ようと思っていたら思っていたら運命の人と再会できた。
大切な子どもたちと出会い。愛すべき恋人たちとのふれ合い。孤児院での日々……。
「あっという間だったけど、濃密な時間だったな」
「そうねぇ……こうして、ジロくんと結婚できるなんて、去年は考えもしなかったな」
コレットが俺の手を握ってくる。俺は彼女の手を握り返し、指を絡める。
「去年の今頃は、子どもたちにおせち料理を食べさせたくって、けどお金がなくって。明日の食べ物もまともになくって……あの子たちに辛い思いをさせないようにって、必死だった」
コレットは目を伏せる。それは決して、過去の思い出に浸っている感じではなかった。
「……今年は、あの子たちに腹一杯、コレットお手製のおせちを食べさせられるじゃないか」
コレットは俺を見上げると、笑ってうなずく。
「うん。それもこれも、ジロくん、あなたのおかげです。本当にありがとう……1年、お世話になりました」
コレットは明るい笑顔で、頭を下げる。
「今年もよろしくお願いします」
「ああ。俺の方こそ、よろしくな」
コレットは目を閉じて、「んー♡」とキスをせがむ。
「年明け最初のキス、先生、ほしーなー?」
「はいよ」
俺はコレットの細い肩を抱き、そしてみずみずしい唇に、俺の唇を重ねる。
軽いキスを終える。
「さて、じゃあそろそろ起こすか」
「そうねっ。はいはいみんなー! そろそろ日の出の時間ですよー!」
俺とコレットで手分けして、子どもたちを起こす。
「ふぁあ~~~~~~~~~~~~~~~…………………………ねみーです」
キャニスがしょぼしょぼと、目をこする。
「っかー。4時間しか寝てないわー。っかー」
「こんちゃん……いったい誰に向かって……言ってるの……れふ?」
コンが窓に向かって話しかけていた。それをラビがツッコミを入れる。
「すー……すー……ぐー……」
「アカネちゃー……ん。起きないとみすごしちゃうよー……ぉ」
「やぁー……」
「そうかー……ぁ。ねむいんだー……ぁね。よしよー……ぉし。けどねちゃ~………………ふぁ~~~……………………」
「ぐー……」「みー……」
子どもたちみんな、実に眠そうだった。起きてはいるものの、今にも寝落ちしそうである(レイアは立ったまま寝ていた。器用な子だ)。
「はいはいみんな。もうちょっとだからがんばろうね~」
「「「おぉー…………」」」
コレットの言葉に、子どもたちが実に眠そうに、返事をする。
「もうちょっとってどれくら…………ぐー……」
「キャニス、寝たらあかん。雪山で寝たらしぬよ」
「だからコンちゃん……誰に向かって話しかけてる……れふ……すぅー……」
こっくりこっくりと、子どもたちが船をこいでる。このままでは本当に寝落ちしそうだ。
俺はちょっと考えて、コーヒー(コレットがさっき入れてくれたやつ)をもって、キッチンへ行く。
まだ飲んでなかったコーヒーを、半分くらい流しに捨てる。そこにミルク(設えた冷蔵庫の中に入ってた。無料だった)をそそぎ、ぬるめのコーヒーを作る。
「そんで……複製、っと」
俺はコーヒーの入ったカップを、スキルを使って、中身ごと複製する。
お盆にそれらをのせて、俺は子どもたちのもとへ行く。
「みんな、眠気覚ましにコーヒー作ってきたぞー」
窓ぎわで眠たそうにしていた子どもたちが、いっせいに「「「コーヒー!」」」と反応を示す。
俺はコレットと手分けして、子どもたちにコーヒーを渡す。
「おにーちゃん……これもしかして……おさとー入ってないやつかっ?」
「ああ、いつもの甘い奴じゃないぞ」
「「「おおー!!!」」」
子どもたちが目をキラキラさせる。
「にげー! あれだ、大人の味でやがるですー!」
「ふ……大人のみーには、大人のひーこーがよく似合うね……」
「こーひーぎゅーぬーみたいだけど……甘くないっ! 大人っぽいのです!」
「「「おとなー!」」」
わぁわぁ、と子どもたちが楽しそうに、ミルクコーヒーを飲む。
「こくこく……にげー!」
「ごきゅごきゅ……けどうめー」
「アカネちゃん、にがくなぁー……い? だぁいじー……ょうぶ?」
「こ、これくらいなら……平気……かも」
「れいあにおかわりを持ってきて!」
ややあって、子どもたちがコーヒーを飲んでいると……。
「わぷっ! ま、まぶしっ」
キャニスが目を細める。じわりじわりと、太陽が顔を出し始めてきた。
「おいおめーら! くるぞ……!」
「奴が来る……8枚のレッドコインを、集めないとね」
「わぁ! わぁ! 太陽さんがくっきりはっきりみえるのですー!」
今日の天気は見事な快晴。太陽がきれいに丸く見える。
オレンジ色の光が、部屋の中を一気に照らす。
「「「まーぶしーぞーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」」」
子どもたちは目を細めながら、両手を挙げて歓声を上げる。
「なあなあおにーちゃん! これかっ! これが初日の出ってやつかー!」
キャニスがしっぽをぶんぶん振りながら、俺を見上げる。
「ああ。そうだ。縁起が良いんだぞ」
「さぁさぁみんなー。太陽さんに一年よろしくねって気持ちをもちながら、拝みましょう!」
「「「おー!」」」
子どもたちは窓ぎわに並ぶと、手を合わせて呟く。
「今年も……たのしー一年がすごせますよーに!」とキャニス。
「今年こそ……書籍化ばくうえ重版しゅったい……できますよーに。そして印税でみなのしゅーにお寿司をはらいっぱいたべさせるのん」とコン。
「孤児院のみんなが、幸せな一年を過ごせますよーに……なのですっ!」とラビ。
「キャニスちゃんや、アカネちゃんとー……ぉ、ずっとわらってすごせますよー……ぉに」とあやね。
「姉貴が元気でいますように。ラビちゃんが元気でいますように。キャニスやコンやレイアも、元気でいますように」とアカネ。
「れいあが楽しくみんなと過ごせるようにしなさいねっ!」とレイア。
子どもたちが各自の願いを言う。俺もまた目を閉じて祈る。
「……みんなが幸せに、健康に過ごせますように」
俺たちはしばらく、目を閉じて、今年初の日の出に向かって願いを込めていた。
ややあって……。
「ぐー……」「がー……」「すぴゅー……」
子どもたちが、その場に崩れて、完全に寝息を立てていた。
俺とコレットは笑うと、子どもたちをベッドへと運ぶ。彼女たちの寝顔は、実に幸せそうだった。
こうして、俺たちは初日の出を拝んだのだった。




