153.善人、子どもたちと年末の夜を過ごす
王都にやってきて数時間後。夜。
俺たちは最上階のレストランで食事をした後、泊まっている部屋まで帰ってきた。
「「「くったくったー!」」」
部屋に戻った瞬間、子どもたちがだーっ! とリビングへと走って行く。
俺や孤児院の教員たち、そして鬼娘たちがその後に続く。
だだっぴろいリビングスペース。そのいっかくに、でっかいソファが置いてある。
窓ぎわのソファに、子どもたちが深く腰を下ろしてた。
「わふー……腹一ぁ杯ー……」
「ぴーひゃらぴーひゃら、おなかぽんぽこりん」
犬娘とコンが、自分の尻尾でお腹をぽんぽんしていた。
「いいなぁ……らび、しっぽ短いから、それできないよぉ……」
ウサギ獣人のしっぽは、犬やキツネのそれと違って、小さくて短いのだ。
ラビがコンたちをうらやましそうに見ていると、
「じゃあおいらたちがー……ぁ」
「ラビちゃんのお腹ぽんぽんしてやるぜっ」
ラビの左右に座る鬼姉妹が、彼女の小さなお腹をよしよしと撫でる。
「あやねちゃんっ、アカネちゃんっ、ありがとー♡ らびもなでなでしてあげるのですっ!」
ラビは両手を左右に伸ばし、あやねとアカネのお腹をよしよしと撫でる。
「へいキャニス。あれ良くない?」
きらん、とラビを見て、コンが目を輝かせる。
「良いっ! よし、ぼくがコンのお腹さすってやがるです」
「ではみーはキャニスのお腹をさすろう。さすさす。よすよす」
犬娘とキツネ娘が、自分の尻尾で、お互いのお腹をさすり合っていた。
「ちょっとれいあをのけ者にするとか良い度胸じゃない! れいあのしっぽでさすってあげるわっ!」
「のん。れいあのしっぽ鱗でごりごり。みーのおなか大根おろしになっちゃう」
「ならないわよっ!」
しばし子どもたちが、互いに互いのお腹をさするという行動を取っていた。
ややあって。
「「「…………………………………」」」
リラックスした子どもたちが、無口になる。よくみると、目が閉じかかっていた。
「おーいみんな。眠ってるぞー」
俺が子どもたちにそう言う。
「「「しまったー!」」」
ぴーんっ! と獣人たちの耳が立つ。
「いけねっ! おいおめーら寝てんじゃねーぞ!」
「そうだぜみなのしゅー。きょーはにぃから特別に、夜更かしおっけーのゴーサインがでます」
「ね、寝たらもったいないのですっ。らび頑張って起きるのですっ!」
ふんすっ、と気合いを入れる獣人たち。
「アカネちゃー……ん。アカネちゃー……ん」
「むぅ~~~~~………………ん」
その一方で、鬼姉妹、というか妹鬼が完全に目を閉じて眠っていた。
「アカネちー……ゃん。ねたらもったいないよー……ぉ?」
「そうだぜ! おいアカネ! 起きろやです!」
キャニスはソファから降りて、アカネのそばへ行く。
尻尾でもさもさ、とアカネの顔をくすぐっていた。
「ではみーも失礼して。もさもさ、あ、もさもさ」
キツネ尻尾と犬尻尾が、アカネの顔をくすぐる。
「ぐぅー……」
「ふたりともだめだー……ぁ。余計にねむってるよー……ぅ」
「なんだとー!」
「しもうた。みーたちのもふもふ力によって、さらなる睡眠の世界へいってもーた」
のー! と二人が頭を抱える。
「おきなさいよ!」とレイアがバサッと飛んできて、アカネの肩を揺する。
「れ、レイアちゃんっ。だめなのですっ!」
ラビが慌てて、れいあのそばまでやってくる。
「なによ?」
「アカネちゃんきもちよさそーなのです。無理矢理起こしたらかわいそーなのです……」
ラビがペちょんと耳を垂らして言う。
「そうだな。無理に起こしたらいかんな。ラビは優しいな」
俺はラビのとなりにしゃがみ込んで、頭をよしよしと撫でる。
「えへっ♡ にーさんのよしよし大好きー♡」
「あ、ずっりぃ……! ぼくもっ!」
「みーも。この流れに乗る。のるしかない、このびっくうぇーぶに」
子どもたちをよしよしした後、俺はアカネをよいしょと持ち上げる。少し寝かせてやろうと、寝室へと行く。
「あんちゃー……ん」
「あやね? どうしたんだ?」
姉鬼あやねが、俺の後についてくる。
「おいらもベッド行くー」
「みんなと遊ばないで良いのか?」
「うんー……。アカネちゃん、ひとりだとさみしー……ぃだろうからー……ぁ」
俺はあやねのそばにしゃがみ込んで、頭をよしよしと撫でた。
「本当にあやねは、妹おもいの最高のお姉ちゃんだな」
「ふへへー……ぇ♡ ほめられちったー……ぁ」
俺はあやねも一緒に持ち上げて、子どもたちの寝室に入る。
アカネとあやねをベッドに寝かせる。
「それじゃ俺も、ちょっと横になろうかな」
俺はふたりのとなりに、肘をついて横になる。
「兄ちゃんはー……ぁ。いいのにー……ぃ」
「アカネが目を覚ますまで、あやねが暇だろ?」
あやねはぐっすり昼寝を取ったから、眠そうじゃないんだよな。
「ふへー……ぇ♡ ありがとー……ぉ♡」
あやねはにこりと笑うと、
「あんちゃー……ん♡ だいすきー……ぃ♡」
と嬉しいことを言ってきたので、俺はあやねの頭を撫でたのだった。
☆
1時間もすればアカネは目を覚ました。
その後コンが「年末は歌合戦じゃーい」ということで、みんなでカラオケ大会を実施した。
もちろん異世界(地球)の歌など誰も歌えない。
この世界の独自の歌を、俺がスキルで作ったマイクで歌うという大会だった。
優勝者はラビだった。魔法の腕もあるのに、歌も上手いのかと、みんなラビを褒めていた。
余談だが最下位はコレットだった。
「まみー、うたへたすぎ。ジャイアンかと思ったよ」
とコンが語っていた。
さてカラオケ大会も終わると、夜もいよいよ老けてきた。23時頃。
「みんな~。おそば作りましたよー」
「「「おそ……ば?」」」
「年越しそばやー」
コレットが、きっちんからお盆を持ってやってくる。俺たち他の職員も、お盆を持って後に続く。
ホテルにはキッチンも完備されていた。食材の持ち込みも許可されている。
俺たちは孤児院から、そばやおせちの材料を運んできていたのだ。
「お? お? おー! なぁなぁおにーちゃん!この真っ黒なスープのパスタっ? なんでやがるですッ?」
キャニスが目をキラキラさせながら、俺にそう尋ねてくる。
「これはおそばだ」
「そば……?」
「ヌードルみたいなもんだよ」
「はえー……うまそー!」
キャニスがくんくんっ、と匂いを嗅いで、ぶんぶんぶん! と尻尾を振る。
「にぃ。おあげさん、みーのおあげさんは2枚欲しいっ!」
「はいよ。俺の分たべな」
「ひゃっほーい」
子どもたち、鬼娘、そして孤児院の職員たちに、そばを配って回る。
「なぁなぁおにーちゃんっ! もーくっていいかっ?」
「はやくしなさいよっ! れいあもうっ、よだれだらだらよー!」
キャニスたちが待ちきれないのか、しっぽをぶんぶんと振っていた。
「んじゃみんなで……いただきます」
「「「いただきまーす!」」」
元気よくそういうと、子どもたちがそばにがっつく。
「ずるずる……うめー! これちょーうめー!」
「ちゅるるん……ほぅ、故郷のあじ……なつかしきおそば……」
コンがじーん、と感じ入ったように、目を閉じて味わってくっている。
「はい、アカネちー……ゃん。あーんしてー……ぇ」
「あ、姉貴……。ひとりで食べられるよ」
姉鬼が、妹の分をとって、箸を向けている。
「えー……? アカネちゃんおはしつかえないじー……ゃん」
「そうだけどさ……は、恥ずかしいから」
「いいから……ぁ。ほら、あー……ん」
「あ、あーん……。うんっ。ちゅるちゅるしてて、うめーな!」
どうやらそばは、子どもたちに好評みたいだった。
「にーさんにーさんっ」
「ん? どうしたラビ?」
「あのね、らびね……にーさんに、ふーふーしてもらいたいのです」
ラビがどんぶりを持って、俺の元までやってくる。
「ごめんな、熱かったな。ほら、おいで」
「はいなのですー!」
俺はラビを膝の間に座らせる。そばをとって、ふぅふぅして冷ます。
「ほら、ラビ。あーん」
「あーんっ♡ ん~♡ おいしーのですー!」
にぱーっとラビが笑顔になる。
「あっー! らびずっりーぞおめー!」
「えぬじー、ぬけがーけ」
キャニスとコンが、どんぶりを持って、俺の元までやってくる。
「おめーばっかりおにーちゃんにふーふーしてもらって!」
「みーたちもにぃにふーふーしてもらいたーい」
ずいっ、とキャニスたちがどんぶりを俺に向ける。
「はいよ。わかったよ」
「なにしてるのよっ! れいあも食べさせなさいよっ!」
「おいらもー……ぉ」
「………………」
「アカネちゃんもー……ぉ。あんちゃんだいすきだー……ぁってー……ぇ」
「ち、ちちちちげーしっ! ふーふーしてもらいたいだけだしー!」
あっという間に、俺は子どもたちに囲まれてしまった。
「にぃ、もてもてりーそしあー」
「古いネタ知ってるなぁ」
「ネタの宝箱だからね」
ふふん、とコンが得意そう。
俺はキャニスにふーふーしてそばを食わせる。
「はやくしなさいよー!」
「にぃ、はやくー」
「すまん。待ちきれないならコレットたちにふーふーしてもらってくれ」
すると子どもたちが、「「「ちっがーう!」」」とプンプン怒って言う。
「にぃ、乙女心理解してなさ過ぎ」
「おいらたちはー……ぁ。あんちゃんにー……ぃ。たべさせてもらいたいんだよー……ぅ」
うんうん、とうなずくコンとあやね。
「ほかでもないにぃに食べさせて欲しいの? わからぬ、この乙女心」
「すまん……おっさんだからわからん」
「しゃーねーです。おにーちゃん。きにすんなって、な?」
「ありがとうなキャニス」
俺はキャニスにそばを食わせる。
「わふ~♡ さらにうめー!」
「あーん。にぃ、じらすぅ」
「はやくれいあに食べさせなさいよ-!」
「あんちゃーん、まだー……ぁ?」
「「「まだぁー?」」」
俺は苦笑して言う。
「順番な」
「「「はーい!」」」
そんなふうにおそばを食べ、年末の夜は過ぎていくのだった。




