151.善人、ホテルに到着する
俺たちの住んでいるソルティップの森は、この国の中央やや南寄りに位置している。
一方目的地である王都シェアノは、国の北側。そこそこ距離がある上に、季節は冬。道路は雪で埋まっており、国の縦断となると、かなり時間と労力がかかっていた。
しかしシェアノまで、今回は数時間で到着した。冬場でこの数字は快挙である。それを実現しているのは、融雪パイプだ。
かつて俺が考案したものだ。道路に平行してパイプを通し、そこから常にお湯が出ているようにするという仕組み。
これにより道路に雪がたまることも、凍ることもなくなり、スムーズな交通を可能にしたのだ。
俺が考案したものを、クゥたち銀鳳商会の主導の下、工事が行われたらしい。この国全域とまではいかないが、いずれは冬にこの国をすいすいと自在に移動できるようになる……とクゥが語っていた。
さておき。
俺たちは朝、孤児院を出発。何度かの休憩を挟んだ後、夕方前には、王都シェアノへと到着した。
クゥが先に話を通していたらしく、車で俺たちがやってきても、奇異な目で見られなかった。ファンタジー世界に自動車は、どうしても目立つからな。
クゥ、というより銀鳳商会が開発した、最新の乗り物ということで、町民たちは納得してくれているらしい。今や銀鳳商会は、この国最先端の技術力を持つ集団となっていてる。
クゥはテレビや冷蔵庫、そして自動車といったものを、この国に普及しようとしている。それらは俺の特殊技能、【複製】が作った物を、クゥが流通に乗せているわけで、いちおうは俺もこの国の発展に協力できてる、と思う。
さておき。
王都に入り、メインストリートをとろとろと進んでいく。ややあって、目的地であるホテルへと、俺たちは到着した。
「「「で、でかい……!」」」
車から降りた子どもたちが、ホテルを見上げながら、感嘆の声を漏らす。
「で、でかい……」
「あらコン。それは先生のおっぱいですよ」
「マウントおっぱいと呼ばせておくれ」
コレットがよいしょ、とコンを抱き上げる。確かにコレットの胸は大きい……富士山といっても過言ではないだろう……って、俺は何を思っているのだろうか。
「へいまみー。にぃがまみーの富士山に見とれてますぜ」
「んまっ♡ ほんとうだわー♡ もー♡ こまっちゃうなー子どもたちの前で~♡」
いやんいやん、とコンを抱き上げたまま、コレットが照れて体をひねる。
「あ、いやすまん……」
「ふふっ♡ いいんだよジロくん♡ 好きなだけ先生のフジサンを見ててもっ」
実に嬉しそうに、コレットが胸をくいくいっと突き出す。気まずくて目をそらしていたそのときだ。
「……じろー、さん」
控えめな声音の女性が、俺の背後から声をかけてきた。
「桜華。どうした?」
振り返ると、そこには黒髪の美女が立っていた。日本人のような見た目だが、額からはツノが生えている。彼女たちは鬼族という、亜人の一種だ。俺たちと一緒に住んでいる。
「……子どもたちが早くホテルに入りたいっていってます」
「そうだな。外にいても寒いし、中はいるか……コレットも……って、コレット?」
うちのエルフ嫁の方をみやると、何やらずーん……と落ち込んでらっしゃった。
「ど、どうしたコレット……?」
「……ジロクン。ゴメンネ。ペチャパイデ」
死んだ目で、コレットがおかしなことを言う。
「どうしたんだよ?」
「へいにぃ。死体蹴りはよくないよ」
いつの間にか、コンが俺の頭の上にいた。
「死体蹴り?」
「まみーは敗北感を覚えてるのだ」
「敗北って……?」
「おーかちゃんの、エベレストおっぱいを見たからさっ」
ビシッ……! とコンが桜華の胸を指し示す。確かに桜華の乳房は、この孤児院の誰よりも大きい。俺の顔よりも大きなバストをしている。
「オウカ、エベレスト。コレット、チョコレート……」
「こ、コレット落ち込むなって。そんな自分を卑下することないってば」
俺はコレットのそばによって、彼女を慰める。
「コレットも十分に大きいってば」
「……でも桜華の方が大きいって思ってるくせに」
「いやそれは……まあそうだけど」
「……ほら見たことか。はぁああ……」
深々とため息をつくコレットの元に、桜華が心配そうな表情でやってくる。
「……あの、コレット? どうかしたんですか? 具合でも悪いの?」
するとコレットが、はしっ! と桜華の手を握る。
「桜華っ。お願いよっ」
「……な、なんでしょう?」
「わたしに……おっぱいを半分分けてっ!」
真面目くさった顔でコレットが言う。桜華は困ったように、俺を見てきた。そりゃそうか。いきなりそう言われた誰だった困るだろう。
「桜華。コレットの冗談だ」
「……あ、ああそうなんですね」
ほっ、と安堵の吐息をつく桜華。するとその一方で、コレットがその場にしゃがみ込んで、いじいじと地面をいじる。
「……ふぅんだ。ジロくんのばか。桜華にばかり優しいんだぁ。きっとおっぱいが大きいからなんだぁ……」
涙目で凹んでいるコレット。俺は慌ててコレットの元へ行く。コレットの魅力的なところをいくつもあげて褒めること数分……。
「さっ……! コン、寒いからホテルに入りましょっ」
機嫌を直したコレットが、コンを抱っこしてホテルの中に入っていった。俺はふぅ……っとため息をつく。
「ドンマイ、にぃ」
「おまえいつのまに……」
「神出鬼没な女ですゆえな」
ふふん、とコンが不敵に笑う。
「にぃも大変。ハーレム物の主人公ってみんなこんなふうに苦労しているんだね。おつかれにぃ」
「ありがとな……さ、入るか」
☆
俺たちが泊まるホテルは、王都で一番高い(値段も建物自体の高さも)ホテルだ。
クリスマスデートの時、コレットとふたり、ここへ来たことがある。みんなで来たいなということで、今日こうしてやってきた次第だ。
この時期ホテルは超満員なのだが、俺がダメ元で予約の連絡を入れたところ、あっさりと宿泊許可が下りた。
おそらくクゥの権力が発動したのだろう。あの子にはいつも世話になっている。年始の挨拶の時には、よくお礼を言っておこう。
さておき。
ホテルの最上階へと、俺たちは止まることになった。部屋に入った瞬間、子どもたちはというと。
「「「ひっろーーーーーーーーーーーい!!!!」」」
だーっ! と子どもたちが、全速力で、部屋の中に入っていく。
「やれやれ。みんな子どもですな。はしゃいじゃってまぁ」
コンがひとり、やれやれと首を振る。だが尻尾がぶるんぶるんと、ヘリコプターのように回っていることから、自分もまた、他の子たちと同じようにしたいのだろうと思われた。
「コン。ほら、みんなんとこいってきな」
「にぃがそう言うなら仕方ないね。でゅわっ!」
コンが両手を前に突き出し、だーっ! と走り出す。
俺たち孤児院の教員たちは、子どもたちの後に続く。長い廊下を抜けて、突き当たりの部屋へとやってくる。
ここはリビングスペースだ。すさまじい広さのリビングには、高級そうな家具が並んでいる。
そしてすごいのは、正面の壁がすべてガラス張りになっているところだ。王都の光景を、一番高いところから見下ろせるのである。
「「「でっっけーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」」
子どもたちはガラスにブニッと張り付きながら、歓声を上げる。
「おいコンッ! みろよっ! 人がアリみたいでやがるですっ!」
キャニスがキラキラと目を輝かせながら、地上を見下ろしてい言う。
「ひとがごみのようやでー」
コンもまた明るい表情をしながら、ぶんぶんと尻尾を振る。
「たっかーい! すっごーい!」「みー!」
アウトドア派はこの高さが平気なようだ。さてインドア派たちはというと……。
「わぁっ……! わぁっ! 街がミニチュアみたいなのですー!」
普段気弱なラビだが、怖がることなく、無邪気に笑っていた。
「姉貴っ! すげー! すげーよこれ! まじですげー!」
同じくちょっぴり泣き虫な妹鬼アカネも、ラビと一緒に笑っていた。
「アカネちー……ゃん、怖くないのー……ぉ?」
「おうよ! むしろたのしー!」
「そっかー……ぁ。よかったー……ぁね」
姉鬼がフヘッと笑うと、よしよしと妹の頭を撫でる。
「姉貴、すげーな! こんなすげーところに泊まれるなんて、すげーや!」
「そうだー……ぁね。まさかこんないいところでとまれるなんてねー……ぇ。あんちゃんに感謝感謝だー……ぁね」
ふへっと笑うと、あやねが俺にペコッと頭を下げる。アカネも慌てて、ペコッとあたまをさげた。
「二人が喜んでくれて嬉しいよ」
俺は鬼姉妹のそばにより、ふたりの頭を撫でる。
「あんちゃんのなでなでー……ぇ♡ おいらすきー……ぃ」
「あ、アタシも……」
すると「「「ずるーい!」」」とキャニス、コン、レイアが、俺たちのもとへやってくる。
「ぼくもなでろやー!」「みーもなでろー」「ら、らびも……」「れいあを撫でないとかありえないんですけどっ!」
あっという間に、俺は子どもたちに囲まれた。全員をよしよしと撫でる。
「わふー♡ おにーちゃんのなでなではやっぱひと味ちげーです~♡」
「プロのテクニックだね」
「きもちーのです……♡ にーさんの大好きなのですー……♡」
「まあまあね!」
そうやって頭をなでなでした後。
「おめーら! こーんな広いホテルにやってきたんだ! やること……わかってんな!」
キャニスが、へに設えてあったソファに乗っかると、ビシッと子どもたちを指さす。
「冒険だっ!」
「「「冒険だー!」」」
すると……。
「のん」
コンがキャニスのとなりにやってきて、腕を×にする。
「だめだよキャニス」
「あん? どうしてだよ」
「忘れたの? 今夜はぱーちー」
は……! とキャニスが目を丸くする。
「夜更かしして日の出を見るんでしょ」
「そうだったー!」
今日は特別に、みんなで夜更かしして、初日の出をおがむという予定になっていたのだ。
「冒険なんかしてたら、夜眠くなってしまうよ。ならしなきゃいけないことは……なにかな?」
「それは……寝るっ!」
「いぐざくとりぃ。その通りでございます」
夜更かしのために、早めに子どもたちには寝てもらうのだ。
「そういうことだみんな。すぐにパジャマに着替えて、寝室へ行こうな」
「「「おー!」」」
かくして、ホテルに到着した俺たち。子どもたちを寝かしつけて、大晦日の夜に備えるのだった。




