150.善人、孤児院みんなで王都へ行く
年末の朝。俺たち孤児院のメンバーたちは、準備を整え、いよいよ王都へ出発しようとしていた。
俺が孤児院内の戸締まりをしていると、俺の携帯に、電話がかかってきた。
「ん? 誰からだ……?」
ポケットからスマホを取り出すと、画面には【クゥ】という文字が表示されていた。俺は通話ボタンを押す。
【ジロさん、おひさしゅーな】
「おうクゥ。どうしたんだ?」
クゥとは俺の所属している商業ギルド、銀鳳商会の実質的なリーダーだ。ちなみに名義では俺が社長となっているが。
【ん。ちょっとジロさんが王都に来るって小耳に挟んだんでな。ちょいとお願いしたいことがあって電話したんや】
「あいかわらず耳が早いなぁ」
【商人は情報の鮮度が命やかなら】
くつくつ、とクゥが笑う。ちょっと得意そうだった。
【んで、王都くるんやろ? 孤児院の子ぉらとメンバーとで。3日くらい王都に滞在するンやろ】
「お見通し過ぎてこわいんだが……」
【まあまあ別に悪用はせんわ。んで、滞在中のどっかのタイミングでええんやけど、商会までご足労してくれへん?】
「いいぞ。というか、もともと年始の挨拶をしに、クゥんところには行く予定だったんだ」
【あ、そーなんや。なら都合ええわ】
「しかしクゥよ、何の用事だ?」
【ちょっとジロさんにお年玉あげよう思ってな】
お年玉? なんだろうか……。お金でもくれるのか。いやしかし、クゥからは定額の給金をもらっているしな。
「お年玉ってなんだよ」
【そりゃ来てのお楽しみや。どえらいの用意してまっとるで】
実に楽しそうに、クゥが言う。まあ悪いものじゃないだろうが、ちょっと……いやかなり気になるな。
しかし聞いた感じだと、この場で正体を教えてくれなさそうだし、追求するのはやめておこう。
【そりゃそうとジロさん。王都来てる間は、孤児院の管理はどないすん?】
「ワドやユミルたち【銀鳳の槌】が、俺たち不在3日間、面倒見てくれることになっているだよ」
【んなことせんでも、そこ私有地になっとるやん。誰も入ってこぉへんやろ】
「まあな。けど万一ってこともあるだろうし、それに水道管が凍らないようにしてもらいたいってのもある」
冬場は特に、水道管が凍ってしまう事故が結構起こる。なのでワドたちには、不在の間、定期的に来て、水を通してもらう手はずになっているのだ。
【なんや準備万端やなぁ】
「ああ。荷物も積んでるし、あとは車で王都へ行くだけだよ」
ちなみに運転は俺、先輩、マチルダ、アム、桜華の5人で、5人乗りの車を運転していく。
コレットは……うん。
【先生は運転あらいからなぁ。雪道の運転やさかい、きぃつけてきてな】
ほな、といって、クゥは電話を切ったのだった。しかしどえらいお年玉かぁ……。なんだろうな。気になる。
☆
クゥと通話を終えた俺は、いよいよ王都へ出発することになった。
孤児院の玄関先には、車が5台止まっており、孤児院の子どもたちと職員たちが集まっている。
「まだかっ! まだなのかーっ!」
うずうずしているのは、犬耳元気娘のキャニスだ。この寒いのに半ズボンだ。
「せいせい。キャニスくん落ち着きたまへ」
そのとなりには、半眼の銀髪キツネ娘、コンがいて、キャニスの肩にぽんっと手を置く。
「にぃたち今、出発の準備してる。せかすのはよくないよ」
「おいコンてめぇひとり大人ぶってんじゃねーです。ほんとはおめーもウズウズしてるくせに」
「ほほ。そんなことないよ。やれやれ、キャニスは子どもだね」
「んじゃどーして尻尾ぶんぶんしてるんだよ」
「さぁて、なんででしょうね」
その一方で、ウサギ娘と、鬼姉妹が集まってニコニコしている。
「王都ー……ぉ、たのしみだー……ぁねぇ」
短髪でニコニコしているのが、姉のあやねだ。逆に長髪でつり目なのが、妹のアカネ。
「べ、別にアタシはべつに……」
「おんやー……ぁ? 楽しみで眠れなかったんじー……ゃ? なかったっけー……ぇ」
ニヨニヨ、と姉が楽しそうに、妹をいじる。アカネは顔を真っ赤にして、
「ばっ……! そういうこと言わなくていいしっ!」
ぺちぺち、と姉の肩をたたく。そのとなりで、ウサギ娘がニコニコしながら言う。
「らびも昨日はドキドキで眠れなかったのです! アカネちゃん、同じなのですー♡」
ぴょこっぴょこっ、とうさ耳をせわしなく動かしているのが、ウサギ獣人のラビだ。
「一緒なのですー♡」
「うん、一緒だなっ」
えへーっと笑うウサギ娘とアカネ。
「ふたりは仲良しだー……ぁね。よかったねー……ぇい」
うんうん、と姉が嬉しそうにうなずいて言う。ラビはちょこちょことあやねに近づいて、きゅっと手をつなぐ。
「もちろんあやねちゃんとも仲良しさんなのですっ!」
「えへー……ぇ♡ おいらうれしよー……ぅ」
ラビと鬼姉妹は、仲良く手をつなぐと、ぴょんぴょんとその場でジャンプしながら、「楽しみ楽しみ~♡」と踊っていた。
「ちょっと! まだなのかしらっ! れいあ待ちくたびれてるんですけどー!」
「みー!」
バサッ! と翼を広げ、俺の体に抱きついてきたのは、ドラゴン娘のレイアだ。その頭の上には、黒猫のクロが乗っている。
「すまんなレイア。もうちょっとで出発するから」
「もうちょっとっていつよっ! とっとと出発したいじゃない!」「みー!」
うがー! と口から火を噴きながら、レイアが言う。
「おー! レイア、おめーのゆーとーりですっ!」
キャニスが俺の体に抱きついて、するすると肩の上に乗っかる。
「おにーちゃんっ! はやくはやく~」
「すまんな待たせて。よし、じゃあ出発する前に点呼とるぞー」
「「「おー!」」」
子どもたちが俺の前に、行儀良く整列する。
「ではみなのしゅー。にぃが名前呼ぶから、元気よくあいさつすること。よいね?」
いつの間にか頭の上に乗っていた、コンが腕を組んで言う。
「おいコンてめぇ。こっち側だろです」
「ふふっ、それはどうかな」
にやり、とコンが不敵に笑う。
「みーは謎多き女ですからな」
「コンちゃん……今日もかっこいーのですっ!」
「ふっ……ラビ。みーはおとなだから。そんな見え透いたおべっかじゃ喜ばないのよ」
「コンちー……ゃん。しっぽぶんぶんしてるよー……ぉ」
「あやねる、お静かに」
こほんっ、とコンが咳払いをする。
「にぃ、みーが点呼とってよい?」
「いいぞ。頼むぜコン」
「おまかせれい」
コンが俺の頭から降りる。
「ではさっそく……キャニスくん」
「おー!」
ばっ……! とキャニスが、目を><にして、元気よく手を上げる。
「うむ、元気があっていいね。次……レイアくんとクロくん」
「いるじゃない!」「みー!」
ばばっ……! とレイアもまた目を><にして、両手を挙げる。
「レイアおめー……両手を挙げるとは……!」
「ふふんっ! れいあの勝ちねっ!」
「くそ……! 負けたです……!」
なんだか知らないが、そこで勝負があったらしい。
「次……ラビくん」
「は、はいなのですっ」
ラビもまたばっ……! と両手を挙げる。
「せいせいラビくん。手は片手でいいんだよ。レイアくんをまねなくていいんだ」
「はう……そうだった……ごめんねコンちゃん……」
ぺちょん、とラビのうさ耳が垂れた。
「なーに気になさらず。人はみな間違える。大切なのは、間違えたことから何を学び取るか……だ。ね、にぃ?」
コンがにやっと笑って言う。
「ああそうだな。コンは相変わらず良いこと言うなぁ」
わしゃわしゃ、と俺はコンの頭を撫でる。
「にぃに褒めれたー」
「「「いいなぁー……」」」
「みんなも後で褒めてもらうと良いよ」
「「「それなー!」」」
「おっと点呼の途中だった。さて……あやねくん、アカネくん」
コンが鬼姉妹を見て言う。ふたりは仲よさそうに、手をつないだままだった。
「はー……ぁい」
「…………」
「アカネちゃんー……は、みんなに注目されている前でー……ぇ、手を上げるのはずかしぃってー……ぇ」
「ば、ばかっち、ちげーしっ!」
顔を真っ赤にするアカネ。否定はしていたが、確かに恥ずかしいのか、姉の後に隠れていた。
「おいらがー……ぁ。アカネちゃんのー……ぉ、ぶん手を上げるからー……ぁ」
ばばっ、とあやねが両手を挙げる。結果的に妹も手を上げることになる。
「け、結局あげてんじゃんっ!」
「おやそうだー……ぁね」
にこにこーと笑うあやねと、まったくもう……とため息をつくアカネ。
「うむ。にぃ、子どもたちはこれで全員そろったよ」
「おっとコン。まだだぞ」
「わっつ?」
俺はコンを持ち上げて、地面に下ろす。コンがハッ……! と何かに気付いたような表情になる。
「みーが……まだっ!」
「おいコン。こっちこいっ!」
「コンちゃんの番なのですっ! こっちー!」
キャニスとラビが、おいでおいでと手招きする。てててっ、とコンが二人の間に入る。
「ではにぃ……どうぞ」
「ああ……コンくん」
「いえす、あいあむ」
コンが人差し指を左右に振って、ぴしっ、と地面を指さす。
「ふっ……きまつた」
「「「おー!」」」
ぱちぱち、と子どもたちが拍手する。
「コン……おめー……いかしてんな!」
「コンちゃんかっこーのです!」
「ふっ……てれますな」
ひゃーっとコンが自分の尻尾で顔を隠す。かっこつけたはいいものの、途中で恥ずかしくなってしまったようだった。
「にぃ隊長、子どもたち全員しゅーごーしました」
びしっ、とコンが敬礼のポーズを取って、俺を見上げる。残りの子たちも、びしっ、と敬礼。
「よし……じゃあ行くか。みんな、車に乗ろうか」
「「「しゃー!」」」
だーっ! と子どもたちが、孤児院の前の車に乗り込もうとする。しかし……。
「おいぼくが! ぼくがおにーちゃんの車に乗るからっ!」
「のん。みーが。みーがにぃの車にのるんだもん」
1号車、つまり一番先頭の車(俺が運転する)に、子どもたちが集結していた。
「ら、らびも……にーさんの車が良いのです……け、けどみんなが乗りたいってゆーならぁ……」
ラビが一歩引こうとした、そのときだった。
「おいおめーら! ラビがかわいそーだ。ここは公平に……じゃんけんできめっぞ!」
キャニスが一番に、ラビに気付いて、そう提案する。
「「「じゃんけんだー!」」」
残りの子たちも異存ないのか、うなずいて言う。子どもたちは一カ所に集まって、真剣な表情で構える。
「いくぞぉ……! じゃーんけーん!」
「「「ぽんっ!」」」
はたして勝ったのは……。
「かったのですー!」
「ちくせう、まけたぁ……」
「ぼくも勝ったー! やったー!」
1号車にラビとキャニス。桜華の車に鬼姉妹。アムの車にコン。マチルダの車にレイア、という順で乗ることになったらしい。
孤児院メンバーは話し合ってどこにのるか決め、おのおのが車に乗り込む。
俺は後部座席の確認と、後の車を確認した後……エンジンをつける。
「よし、じゃあいくか」
「「「おー!」」」
かくして俺たちは、年末旅行へと出発したのだった。




