148.善人、きつね娘の小説の練習に付き合う【前編】
いつもお世話になってます!
暮れも近づいた、冬の、ある日のこと。
午前中。俺は孤児院の掃除をしていた。
2階の廊下を掃除機かがけしたあと、子供部屋へ入る。
「うーん、う~~~ん…………」
「ん? 誰かいるのか?」
みんな1階やプレイルームで、遊んでると思っていたのだが。誰か、部屋の中にいるようだ。
「! にぃ!」
その子は、子供部屋に設えた机の前に座っていた。
くるん、と振り返る。
「コン。珍しいな」
彼女はコン。狐の獣人だ。
長くさらさらとした銀髪。じとっとした半眼に、麻呂眉が実に愛らしい。
ふわふわの銀のきつね尻尾は、ぶるんぶるん、と回転していた。
「にぃ、ぐっどタイミング。かもーん」
こいこい、とコンが俺を手招きする。俺は掃除機を置いて、彼女のそばへとやってきた。
「どうしたんだ?」
「にぃ、だんそーがある」
「だんそー? 弾倉か?」
「のん。相談のこと」
「ああ、相談ね」
俺はコンの隣にたつ。
彼女は、ぴっ、と机の上を尻尾で指す。
「いま、これやってるの」
「ん? おっ、さっそく書いてるのか、小説」
机の上には、ノートと、そして万年筆がおいてあった。ノートは俺が【複製】スキルで作ったもの。
そして万年筆は、俺がクリスマスプレゼントに、この子にあげたものだ。
「そー、らいてんぐ、ざ、のべるしてるの」
小説を書いているの、と言いたいらしい。
このコンは、将来小説家になるという夢を持っているのだ。
「でも難航ちゅう。こまったもんだ」
「どうした?」
ふぅ、とコンがため息をついて言う。
「ぜんぜん、上手くかけないの」
「小説が?」
「そう」
「ふぅむ……」
コンが俺を見上げる。
「にぃ、どうすれば小説、うまくかけるようになる」
「そうだなぁ……」
子供たちの力にはなりたい。門外漢だとしても、知恵を絞るべきだし、アドバイスはするべきだ。
「小説かぁー。俺は小説のことはよくわからないが、練習が足りないんじゃないか」
「ほう。けー・だぶりゅー・えす・けー」
「え? なんだって?」
「kwsk。つまりくわしくということ」
「ああ、そういうことか」
この子は転生者といって、別の世界、地球からこの異世界へとやってきた存在だ。
前世の記憶があるから、こういして、地球文化を知っていたり、台詞に出たりする。
まあかくいう俺も、実は前世が地球人だ。
36年前、俺はこの異世界へとやってきた。コンと同様、転生者としてな。
「にぃ、はよ教えて」
「ああ。ほら、サッカーとか野球の選手とかって、あれ試合が仕事のメインだけど、ちゃんと日々練習しているだろ」
「たしかに……練習、してる!」
「小説がスポーツと同系列に扱って良いか、わからないが、いきなり本番は難しいだろ。まずは何事も基礎練習からじゃないか?」
「いちり……ある。いちりある!」
コンがキツネ耳をぴこぴこと動く。
「にぃ、さすが知識豊富。データバンクとよばせてくれ」
「そんなたいそうなもんじゃないよ」
「じゃあ星の本棚と呼べば良い?」
「俺はどこぞの探偵じゃない」
「ふーとたんてい面白いよね」
「おまえだからいつこっちにやってきたんだ?」
「ふふ、ミステリアスきゃらですゆえ。とっぷしーくれっつ」
しー、とコンが自分の口の前に指を立てる。ほんと、謎の多い少女だ。
「にぃのおかげで突破口が開けた。みーはこれから、小説を書くための練習のターンにはいります」
コンはノートをたたみ、脇に抱える。万年筆を上着の胸ポケットに入れる。
そしてぴょん、と俺の体に抱きついて、俺の頭の上に乗る。
「にぃ、ごー」
「急にどうした?」
「みーはこれから、人物描写の練習するのん。ノートにこれから出会うひとたちを描写していきます」
「なるほど。小説書くための、練習その1ってことか」
「そゆこと」
まあどのみち、孤児院の中を掃除するつもりだったしな。
「了解だコン先生」
「のん。みーのペンネームはコンじゃあないよ」
「もうペンネームもあるのか?」
「気になっちゃう系?」
「ああ、気になっちゃう系」
するとコンは、むふふと笑うと、
「秘密」
「お、ひっぱるなぁ」
「ふふ、いずれお披露目するから、かみんぐそーん」
「カミングスーン、な」
こうして俺は、コンの練習に付き合うことにしたのだった。
☆
コンとともに子供部屋を出る。廊下を渡っていると、ランドリーから、美しい金髪のエルフが出てきた。
「あらジロくん。それにコンも」
エルフ少女が、俺を見てほほえむ。
「ふたりとも仲良しさんねぇ、先生やいちゃうわ」
「のん。みーはそんな浮ついている暇はないのです」
ぴっ……とコンが手を上げる。
「みーは今、小説の練習中なのです」
「あらそうなの?」
「そう。いまからみーが、まみーを描写します」
コンがそう言うと、俺の頭の上でノートを広げる。
「【金髪のエルフだ。身長は160センチくらいだろうか。女性にしては背が高い】」
「ジロくん。コンは何をしているの?」
「小説の練習してるんだ。好きにさせてげよう」
コレットが笑ってうなずく。
「【流れるような長い金髪に、夏の海を思わせる青い瞳が実に色鮮やかだ】」
「まあコンってば難しい言葉を知ってるのね」
コレットが笑いながら、コンの頭をなでる。コンのきつね尻尾が、ふぁっさふぁっさとうれしそうに動いて、うなじにあたってくすぐったい。
「【特筆すべきはその大きな乳房だ。まんまるで柔らかく、男を虜にしてしまう魔性の乳……魔乳。これが魔乳忍法帳か……】」
「「コン」」
「失敬失敬」
コンがその後も人物描写を口にしながら、ノートにメモをとる。
「【このエルフ少女、名前をコレットと言う。彼女はこの孤児院の先生をやっている。いつも子供たちにおいしいご飯と癒やしを与えてくれる美少女だ】」
「や、やだもう……! 褒めても何も出ないわよ!」
コレットがうれしそうに、エルフ耳をぴこぴこ動かす。
「にぃ、いまのどない?」
「いいんじゃないか。胸の描写最後おかしかったけど」
「おほめいただきてんきゅーの極み」
コンがノートを閉じると、ぺこっと頭を下げる。
「まみー、ご協力感謝感激」
「うん、頑張って、コン」
コレットは笑って手を振る。俺はコンを乗せて、その場を後にする。
孤児院は二階建てだ。一階のホールは吹き抜けになっており、二階の廊下から様子が見える。
ホールには現在、子供たちが三人いた。
「にぃ、次は子供描写の練習したい。彼女らに突撃となりの晩ご飯」
「ふるい番組、知ってるな」
「ふふ、でしょう?」
コンがミステリアスに笑う。
俺はコンを連れて、階段を降りた。
ホールには子供たちが、こたつの前に座って、人形で遊んでいた。
「とんとんとん。なのです♪ とんとんとん♪ なのです♪」
「おとうちゃんがー……ぁ、かえったよー……ぉ」
ウサギ少女が、人間のお人形を手に持って、何かを切る動作をする。
そこに赤い髪の鬼っこが、男の人形を持ってやってくる。
「お父さん、おかえりなさいなのです!」
「仕事疲れたよー……ぉ」
「じゃあお風呂にするのです? それともごはん?」
「んー……ぅ。おいらはー……ぁ。おまえが食べたー……ぁい」
「きゃー♪」
と楽しそうに笑う子供たち。
「へいみなのしゅー。楽しく遊んでるところ悪いがね、みーにご協力おたのみもうすます」
コンがすたっと降りる。
「コンちゃん。それに……にーさんっ!」
ウサギ少女が、俺たちを見て、ぱぁっと笑う。
「コンコンなにしてるのー……ぉ?」
「あたしたちおままごとで忙しいんだ。後でじゃだめなのか?」
顔がそっくりの、赤髪の鬼姉妹が、キツネ娘の前に来る。
「のん。いま真剣な練習してるの。後回しにできない」
「ふーん、何の練習してんだ?」
「小説の練習。しょうらいをみすえてね」
へー! と子供たちが感心したようにつぶやく。
「そういうわけなんだ。みんな、悪いけど協力してくれないか」
「「「おっけー!」」」
子供たちが同意してくれる。
「コンちゃん……すごいのです!」
「練習するなんてー……ぇ。ほんかくてきだー……ぁね」
「そういうことなら協力するぜ」
コンがみんなにありがとうと感謝する。
コンはまず、ウサギ娘の前に行く。
「【彼女はラビ。兎獣人、ワーラビットの少女だ。亜麻色の髪に、ロップイヤーが特徴的。ちょっぴり気弱そうな垂れ目が、庇護欲をそそられる美少女だ】」
「わっ……! すごい。コンちゃん難しい言葉、いっぱいしってるね!」
「ふふ、でしょだしょ」
気をよくしたコンが、尻尾をぶるんぶるんと振るう。
次にコンは、鬼姉妹のもとへいく。
「【顔そっくりなこの双子。姉のあやねに妹のアカネ。彼女は人間ではない。鬼と呼ばれる亜人だ】」
コンが姉を見る。
「【姉のあやねは、おっとりしている。赤い髪の毛を短くカットしており、まぶたがくっつくほど細められている優しい目元が特徴的である】」
「いやぁ、優しいだなんてそんなー……ぁ」
照れるあやね。次にコンは、妹の元へ行く。
「【妹のアカネは、気が強いふりをして内心へたれだ】」「おい」「事実でよー……ぉね」「姉貴!」
コンはかまわず続ける。
「【姉と同じ赤い色の髪を、長く伸ばして、ツインテールにしている。つり上がった目が勝ち気そうに見えるが、その実、繊細なハートの持ち主だ。あまり前に出たがらず、常に姉にくっついて歩く、甘えん坊である】……どう?」
「ちげえ! まちがい!」
アカネがかーっと歯をむく。だが俺はよく観察してるなと思った。
「コンちゃんはー……ぁ。的確だよー……ぉね。アカネちゃんはー……ぁ、おいら大好きだもんねー……ぇ」
「ばっ……! べつに姉貴なんてっ!」
「あれー……ぇ。嫌いなのー……ぉ。おいらしょっく」
「あ、いや……別に嫌いじゃ……」
「うっそー」
「姉貴ー!」
あやねが逃げる。アカネがそれを追う。それを見ながら、コンが描写する。
「【姉はこう見えて結構お茶目だ。妹をからかうが、しかし嫌がらせではない。妹を元気づけようとする、姉の優しさなのだ】」
「おー……ぉう照れるー……ぅ」
あやねがアカネに捕まりながら、ほおを赤く染めていた。
「コン、よく見てるな。俺もそう思うよ」
「でしょー。みーは観察力に優れる訳よ。小説家に必須スキルだからね」
「「「かっけー!」」」
子供たちが褒めると、コンがうれしそうに尻尾を回す。
「ご協力感謝」
コンはぴょんっ、と飛び上がると、また俺の頭の上に乗っかる。
「にぃ、次のとこへゴー」
「あいよ」
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