142.善人、鬼親子と一緒に風呂に入る
いつもお世話になってます!
美雪と孤児院に帰ってきた、30分後。
早朝。
俺は鬼母・桜華とともに、裏庭の竜の湯へとやってきていた。
「……ふぅ」
俺たちは湯船に、並んで座っている。桜華の体が冷たくなっていたので、俺は彼女に『風呂でも入ってきたらどうか?』と提案。
彼女は『じろーさんと一緒に入りたいです』と言ってきたので、俺も桜華とともに風呂に入っている次第だ。
「桜華。落ち着いたか?」
「……はい」
桜華が晴れやかな表情を浮かべる。最近は落ち込んでいることが多かった桜華。だが今は明るく笑っていられている。
「良かった」
俺は桜華の艶やかな黒髪を撫でる。彼女は気持ちよさそうに目を細める。
はっ……! と目を大きくあけて、「……忘れないうちに」と、彼女が言う。
俺の前に移動する。立ち上がって、ぺこりと頭を下げる。
「……あの、じろーさん。改めて、ありがとうございました」
目線ががちょうど、桜華の下半身にあるため、俺は目をそらしていう。
「気にしなくて良い。それと……桜華。座ってくれ。目のやり場に困る」
「! ……ご、ごめんなさい」
しゅん、と桜華がその場にしゃがみ込む。
「……お見苦しい物を、お見せして」
「いやそんなことないよ。キレイだ」
「…………」
もじもじ、と桜華が内股気味になって、体を揺する。ハッ……! とまた正気に戻って、桜華が言う。
「……今回、美雪を助けてくださり、本当にありがとうございます。あなたがいなかったら……わたしの大事な娘とは……もう二度とあえなかったかもしれません」
「良いって。気にすんな。俺はしたくてやったことなんだから」
美雪にも同じようなことを言って、そして同じようなことを言ったな、と思った。やはり親子は似るのだろうか。
「……それに、美雪の身を救ってもらっただけじゃなくて、わたしたち親子の問題まで解決してくださって……ほんと、じろーさんがいてくれなかったら……どうなっていたことか……」
「フロストドラゴンの件は……確かにだけど、けど親子の問題は別に俺は何もしてないよ」
おいで、と桜華を手招きする。
桜華が素直に、俺の元へ来る。彼女の髪の毛を撫でながら言う。
「美雪は心の底で、おまえのことをにくからず思っていた。愛してたんだ。だから別に、俺が何もしなくても、どうにかなったよ」
俺は、臆病になっていた美雪の背中を押しただけに過ぎない。事が上手く運んだに過ぎないからな。
「……じろーさんは、本当に謙虚なかたなのですね」
桜華は微笑むと、俺の肩に頭を乗せてくる。
「謙虚かな……?」
「……そうです。お人好し、っていうのでしょうか」
ふふふ、と桜華が微笑をたたえる。
「美雪にも同じこと言われたよ。お人好しのバカだって」
「……まあ、美雪ったら。じろーさんのこと、よくわかってますね」
くすくす、と桜華が上品に笑う。
「……けど」
桜華が俺を見上げ口づけを交わす。
やがて……桜華が口を離す。
「……けど、そんなお人好しで優しいところが、大好きです」
目の端に涙を浮かべながら、桜華が告げる。そうやって好意を向けてくれて、嬉しく思う。
「俺も桜華の、優しくて子供を大事にするとこ、大好きだよ」
俺は桜華を抱き寄せる。桜華は嬉しそうに笑って、俺に体をゆだねてくる。
そのまま正面から抱きしめ、再びキスをしようとした……そのときだった。
「……ジロっ」
からっ……! と脱衣所のドアが横に開いたのだ。
「!」
桜華がびっくりして、慌てて俺の腕の中から逃げる。距離をちょっと置いて、こほん、と咳払いをする。
「……美雪。どうかしたの?」
そう、入ってきたのは桜華の娘。鬼の三女、美雪だった。
顔の作りと髪の色は、母親そっくりだ。だが彼女は母と違って、額から角が生えてない。
美雪は俺を見て、パァッと表情を明るくする。ととと、と湯船の側までやってきて、桶で自分の体をバシャッ、と洗う。
そして湯船に入ると、俺たちの元へやってきた。
「……母さんとジロが、ここにいるって姉さんから聞いたから」
一足先に起きていた、鬼の姉や妹たちに、美雪は会っていたのだ。
そしてあいさつを済まして、ここへ来たみたいだ。
「美雪。あとでちゃんと、子供たちやコレットたちに、謝っておくんだぞ」
「……ええっ。ジロの言うとおりにするっ」
ニコニコと笑いながら、美雪が素直にうなずいた。そして俺の隣へやってくる。
ぴったりと、肩を寄せてきた。
「……むぅ」
むむむ、と桜華が難しい顔になる。その一方で、美雪は目をキラキラさせながら、俺にいってくる。
「……ジロっ。あのねっ、ジロに今度戦い方を習いたいのっ」
「戦い方?」
「……そうっ」
美雪が目を輝かせながら、俺を見上げる。
「戦い方って言っても……俺、剣しか使えないぞ。鬼術は使えないし」
「……鬼術はいいの。剣を習いたいの」
美雪は真剣な表情で、語る。
「……私、今回のことでよくわかったんだ。ソロで冒険者やることは、とっても難しいって」
「そうだな。よほど強いやつでも、パーティを組むもんだと思う。リスク軽減のためにもな」
「……うん。だからね、私、あの人たちのパーティに入ることにしたんだ」
「あの人?」
「……ケインさんたち、【白銀の虎】に」
なるほど……。そう言えば、白馬村で一泊する際、ケインたちと何か話していたな。
その打ち合わせだったのか。
「良いと思うぞ。ケインは俺の一番弟子だ。安心しておまえのことを、任せられるよ」
「……うんっ!」
今までと違い、美雪が素直に笑っている。今までのツンケンした感じはなりを潜めていた。
たぶん、これがこの子の素なのだろう。肩肘張っていた、あっちの方が無理していたというわけか。
「……それでね、ソロでの戦い方じゃなくて、団体での戦い方を教えて欲しいの。あと剣も。剣で仲間たちと戦うすべを教えて」
「そういうことか。それなら、任せとけ」
なにせ俺は、20年も、冒険者をやっていた。無駄にそう言う細かなノウハウは蓄積されている。
「でも普段は孤児院の仕事があるから、空いてるときとか、休みの日ととかで良いか?」
「……うんっ! それでいいっ! それがいいっ!」
ニコッと笑って、美雪が言う。うん。やっぱり元が美人だから、笑うととってもキレイに見えるな。
「……美雪?」
すすす、と桜華が娘に近づく。
「……あなた、もしかして?」
と桜華が何かを言う。美雪は母を見て、こくりとうなずく。
「……うん」
「……そう」
よくわからないが、親子で意思の疎通がなされたそうだ。
「……驚いたわ。あなたが人を好きになるなんて」
「……私も。まさかって。けど一度気付いたらもう止まらなくって。気持ちが抑えきれないの」
なんと。どうやら美雪は、【人間】を好きになってくれたようだ。
良かった。人間嫌いが、どの程度かはわからないくても、少しでも改善してくれて。
「……そう。わたしは、応援しますよ」
ふふ、と桜華が笑う。
「……いいの?」
「……ええ、魅力的な男の人に惹かれてしまうのは、しょうがないことですもの」
「……じゃあ、うん。私、頑張る」
「……ええ、頑張りなさい」
ふふふっ、と鬼の親子が微笑み合う。笑うとそっくりだなふたりとも。
……まあ、ちょっと話しに置いてけぼり食らってるところあるが。
まあ何はともあれ、全部上手く丸く収まって、良かった。
「……ジロ」
美雪が俺を見やる。
「……私ね、当分ここに住むから」
「そうか。それは嬉しいけど、独り立ちのことはどうするんだ?」
「……諦めてない。ただ、今は前ほど、この家から出て行きたいって思ってないの」
「そうか。俺は大歓迎だ」
俺は美雪に手を伸ばす。彼女は笑うと、俺の手を握り返した。
そして美雪が、じっ、と俺の顔を見やる。
「どうした?」
「……ん。まずは一手と思ったの」
「一手?」
美雪はふぅ、と深呼吸した後、目を閉じる。体を震わせながら、俺に近づいてきた……そのときだ。
「「「まてーい!」」」
ガラッ……!
と脱衣所のドアが開く。そこには、鬼姉妹。嫁たち。そして子供たちがいた。
孤児院のメンバーが、勢揃いしていた。
「よぉ美雪~。おめーさん、たのしそうなことしてるんじゃねーかー!」
「じーろくん♪ あとで説教」
ニコニコーっと笑う鬼姉妹やコレット。こ、コレットさんなんか怖いっす……。
「おにーちゃん! みゆきちゃんだけと仲良くしてんじゃねー!」
「みーたちともなかよしきよししようぞ」
とととー、と子供たちが駆けてくる。
みんなが温泉に入って、俺の元へとやってきた。
「あう……にーさんが大人気……らびは、らびはどうしよう……」
「ラビちー……ゃん。ここはラビちゃんもアタックするちゃーんすだよー……ぉう」
「そうだぜラビちゃん。いけいけどんどんだぜ!」
わあわあ、と子供たちが楽しそうに笑いながら、俺たちを取り囲む。
「ジロクン、モテモテ、ダネ」
コレットが嫉妬モードになりながら、俺に詰め寄ってくる。今は美雪に、正面からハグされている形だ。
「いやこれはだな……親愛のハグというか、なあ美雪?」
「……え?」
「え?」
きょとん、とする美雪。
「……ほほう」「またなの……」「さすがジロさん! また女の子をメロメロにして! すごいです!」「やるねえジロー」
嫁たちが何か、俺にわからない言葉で会話する。
「かっか! いやぁ……まさか美雪。おめーさんもかぁ……」
「おにーさんかっこよくって頼りになるし、それに精力抜群だもん♪ 気持ちはわかるよ~♪」
鬼姉妹も、やっぱりよくわからないことを言う。何なんだろうか……さっきから……。
「……ジロ」
美雪は俺を見やる。抱きついたまま、にっこりと笑った。
「……ここ、ひとが大勢いて、楽しいわね」
俺は美雪の言葉に、うなずいて言う。
「ああ、そうだな」
たくさんの大事な人たちがいる、この家が、俺は大好きだ。
彼女たちと過ごす日々が、俺は楽しくってしょうがない。
……きっとこれからもたくさん、色んなトラブルが起きるだろう。
けれど、俺は何が起きても、頑張れる。
この孤児院の、大事な家族たち。そして家族と過ごす楽しい日々は、俺に活力を無限に与えてくれる。
温泉に入っているみんなの笑顔を見て、俺は改めて、そう思うのだった。
これにて14章終了となります。
次回から幕間を挟んで、新しい展開に入る予定です。
幕間は、クリスマスデートを、嫁や恋人たちとする話にする予定です。
15章は、年末から年明けのイベントを描いていこうと思ってます。
それでは、次回もよろしくお願いします。
ではまた!




