141.善人、三女と家に帰る
いつもお世話になってます!
俺がケインたちの助力を得て、氷竜を撃破した、その翌日。
早朝。
俺は鬼の三女、美雪を連れて、孤児院へと帰るため、車を運転していた。
俺たちは氷竜を討伐した後、白馬村で一泊した。そして朝になってケインたちを連れてカミィーナへ送り届けた後、俺たちは家に帰ろうとしているわけだ。
「寒くないか?」
俺は隣に向かって、そう言う。
そう、隣だ。後ではない。
「……大丈夫。へーき」
俺の隣、つまり助手席に、美雪が座っていた。いつもは後部座席に座っていたのだが。
今日に限っては、俺が運転席に座ると、自分から隣に座ってきたのだ。
「……ジロから借りた【だうんじゃけっと】? ってやつもあるし。平気」
美雪には俺が着ていたジャケットを着せた。寒そうだったからな。拒否られるかと思ったんだが、なぜだか嬉しそうにして、受け取ったのだ。
「……ジロのにおいがする」
「まあ普段から着てるやつだからな」
「……ねえ。これもらっていい?」
「ん? ああ、別にいいけど、そんな古いやつより、新しいやつが、孤児院に帰ればあるぞ?」
すると美雪は俺の方をみやり、首を振るう。
「……これが欲しいの。だめ?」
「? いや、別に良いよ」
「……やった」
ふふっ、と彼女が微笑む。ううむ、どうして笑っているのだろうか。こんなおっさんのお古の服をもらっただけだろうに。
「……ジロ」
「ん? なんだ?」
運転しながらなので、美雪を横目に見ながら俺が言う。
「……改めて、本当に、助けてくれてありがとう。正直、ジロがこなかったら……死んでた」
確かに間一髪だった。正直間に合ったのは奇跡としか言いようがない。
「……ごめんね、迷惑かけて」
「迷惑? とんでもないよ。全然迷惑なんて思ってないさ。俺は、当然のことをやっただけだよ」
孤児院に暮らす子供たちは、みな俺にとっては家族だ。誰1人だって例外はない。
家族を守るのが、俺の義務であり、俺のするべきことであり、俺のしたいことなのだから。
「…………」
美雪がうつむいて黙り込む。どうしたのだろうと思ったが、運転中なので前を見た。
「ただ俺だけじゃなくて、心配してくれたひとには、ちゃんと謝るんだぞ」
「……わかってるわよ。ちゃんと謝ったじゃない」
ケインとあの猫獣人の受付嬢には、美雪が謝っていた。受付嬢は怒っていたが、しかし美雪が無事で泣いて喜んでいた。良い子たちだなと思った。
ただ、俺が言いたいのはそうじゃなくて。
「孤児院のみんな……特に、桜華にはちゃんと謝るんだぞって意味だ」
昨晩のうち、スマホで、孤児院には無事を伝えてある。そのとき無事を知って、桜華を含めたみんなが安堵していた。
俺が言うと、美雪が暗い表情になる。
「どうした?」
「……ねえ」
ぽつり、と美雪がつぶやく。
「……母さん、本当に心配していたの?」
美雪がなにやら、おかしなことを言う。
「してたに決まってるだろ。桜華、おまえが無事だって知って、泣いて喜んでたさ」
「……そう。そう、かな」
俺の言葉に、しかし美雪は納得いってないようだ。
「どうして疑うんだよ?」
「……ジロが嘘ついているとは思わない。けど、ジロは優しいから、気を使ってくれて、ホントのこと言ってないのかもって」
「気なんて使ってないよ。どうして美雪は、そんなふうに思うんだ?」
俺は車を走らせる。ソルティップの森の中に入った。まもなく孤児院へ到着するだろう。
「……だって」
美雪が、震えるような声音で言う。
「……だって私、母さんに酷いこと、たくさん言ったから」
美雪と桜華は、前より不仲だった。それは彼女が人間嫌いだったことに起因する。
鬼の父親を人間に殺された。だから美雪は人間に対して嫌悪感を抱いていた。
そこに鬼の母が、人間の俺と付き合った。桜華は人間の女になった……。美雪はそこに腹を立てたらしく、母を拒絶していた。
しかしそうか……。桜華に酷いことを言っていたのか。
「……母さん、きっと私のこと、嫌いになっちゃってるよ」
俺は美雪の表情を見て、安心した。この子は、桜華に嫌われることを、怖がっている。
それはつまり、美雪が桜華のことを心の底では愛してる、ということだろう。それはそうだ。たったひとりの母なのだ。
「心配するな」
俺は片手で、美雪の頭を撫でる。
「大丈夫。心配しなくて良い。桜華はおまえのこと、みじんも嫌いになんてなってないよ」
「ジロ……」
「おまえの嫌いな人間のセリフは、信じられないかもしれない。けど俺の言葉を信じてくれ。な?」
俺が言うと、長い沈黙があった。ややあって、美雪が返事をする前に、孤児院へと到着した。
「美雪ついたぞ」
「……うん」
俺は自動車を、駐車スペースに止める。エンジンを切る。
俺たちは車から出る。暖かな車内と比べて、外は凍るような寒さだった。
「行くぞ」
「…………」
美雪は足を止める。孤児院の中へ入ろうとしない。たぶん怖がってるんだと思う。そんなことをしないでも大丈夫だというのに……。
と、そのときだった。
「美雪!!」
孤児院のドアが、乱暴に開かれたのだ。
そこにいたのは……
「美雪!!」
「母さん……」
鬼の母、桜華だった。長く艶やかな黒髪と、大きく豊かな胸。そして額から生える角が特徴的な女性だ。
桜華は俺と、そして美雪を見つけると、目に安堵の涙を浮かべる。
「美雪っ! 良かった……! 良かったぁ……」
桜華は駆け足で娘の元へ行くと、正面から抱擁を交わす。ぎゅーっと、力いっぱい美雪のことを抱きしめる。
「母さん……。冷たい……」
美雪がハッ……! とした表情になる。
「……母さん。どうして、そんなに体が冷たいの?」
俺は桜華を見やる。唇が紫になっていた。俺は状況から察する。
「そんなの、美雪が心配で、外で待っていたに決まってるじゃないか。だろ、桜華?」
こくこく、と桜華がうなずく。
「……そんな、こんなに寒いのに」
「……あなたが、心配だったのよ。あなたが、帰ってくるの、待ってたの。朝からずっと」
白馬を出発したのはだいぶ早朝だ。おこしたら悪いと出発の際は連絡してない。
ちなみにさっきはトイレをしに、一時的に引っ込んでいたらしい。すぐまた帰ってきたところに、俺たちが帰宅したというわけだ。
「……母さん」
ぽろり……と美雪の頬から涙が伝う。
「……本当に、私のこと、心配してくれたの?」
「……もちろんよ美雪」
桜華は微笑みながら、美雪の涙を、指でぬぐう。
「……どうして?」
美雪は体を震わせる。
「……だって私、母さんに酷いこと言ったんだよ。たくさん、たくさん……。なのに、どうして……? 嫌いになってないの?」
桜華はぎゅっ、と娘を力強く抱く。そして言った。
「……嫌いになんて、なるもんですか。たとえ何を言われても、あなたはわたしの大事な、かわいい娘。嫌いになんて、なるわけないわ」
ね、と桜華が微笑む。
「母さん……母さん!!!」
美雪が桜華の体を抱き返す。桜華はよしよしと頭を撫でる。
「母さん! ごめんなさい! ごめんなさい……!!」
「……いいのよ美雪。あなたが無事で、本当に良かった」
美雪は泣いて謝り続けた。桜華は娘が泣き止むまで、ずっと娘の頭を撫でていた。
そして泣き止んだ頃には、美雪と桜華の間にあった確執は、無くなったように、俺は思えたのだった。
次回で14章、終了となります。
次回もよろしくお願いします!




