140.善人、氷竜と戦う
いつもお世話になってます!
クリスマスイブの翌日。俺は鬼の三女、美雪をカミィーナまで送り届けた。
夕方、仕事を終えたはずの美雪を迎えに、カミィーナへと向かう。するとそこには、俺の後輩冒険者であるケインが困り顔でたたずんでいた。
話を聞くところによると、美雪がひとりで、危ないクエストに向かっているとのことだった。
俺はケインとその仲間たちを車に乗せて、いそいで【白馬村】へ急行。
馬車だと結構かかる距離も、自動車だとすぐに到着する。しかもこっちはスタットレス・タイヤを履いている。
雪道であろうと(あまり荒い運転はできないが)、関係なく走ることができた。
結果、夜の入りには白馬村に到着できた。そこから氷竜の目撃された洞窟まで行き、戦闘の跡をたどって、ついに美雪を発見した……という次第だ。
さて。
俺が美雪を発見したとき、氷竜ことフロスト・ドラゴンは、美雪を丸呑みにしようとしていた。
俺はマジック袋から、古くなって入れっぱなしだった、冒険者時代の大剣を取り出した。
そして間一髪のところで、氷竜の首を吹き飛ばし、美雪を救うことができた。
「美雪! 大丈夫か!?」
首を切り飛ばした後、俺は素早く、美雪の側へ行く。
真っ青な顔の彼女だが、しかし外傷は見当たらなかった。ホッとするのもつかの間、俺はすかさず、ケインたちに指示を出す。
「おそらく【再生持ち】だ。持久戦になるのを覚悟しておけ!」
「「「了解!」」」
俺は美雪を抱きかかえて、氷竜の首無し死体から逃げる。
すぐさま再生が始まっていた。ケインたちが前に出て、攻撃してくれている。
俺は美雪を連れて距離をとる。安全な場所までやってきて、マジック袋から瓶を取り出す。
「飲めるか?」
「え、あ、あ……」
美雪がまだパニック状態から抜けられないらしい。俺は【複製】スキルを発動させる。
魔力を消費し、光初級魔法【癒】を発動させる。
精神を落ち着かせる、初歩の光魔法(回復魔法)を使う。
美雪の青ざめた顔に、すぅ……っと冷静さがもどる。
「じ、ろ……」
震える声で、美雪が俺を呼ぶ。
「ジロ!」
バッ……! と美雪が俺の胸に抱きついてきた。
「ジロ! ジロ! ジロぉ……」
彼女の体が震えてる。殺される一歩手前だったのだ。無理もない。
「大丈夫。大丈夫だ。怖かったな」
「うん……」
子供をあやすように、俺は彼女の頭を撫でる。いや、子供か。
この子は人間で言うと、17歳だと前に一花が言っていた。
向こうの世界で言うと、まだ高校生だ。女子高生がもう剣を持って、危険なクエストに挑まないといけない。過酷な世界である、ここは。
「美雪。ちょっと良いか」
「?」
「動かないでくれな」
俺はそう言って、美雪の下まぶたに指を乗せる。下に少し引っ張り、目の粘膜を確かめる。
「口開けて」
「はい……」
口腔内粘膜も確かめる。青白くなっている。やはり貧血の症状を呈していた。
「これ食えるか?」
そう言って、俺はマジック袋から干し肉を取り出す。モンスターから採取した干し肉であり、通常よりも鉄分を多く含んでいる。
俺は美雪に干し肉をいくつか、ゆっくりと食べさせる。
その間に魔法瓶を取りだし、温かい紅茶を蓋に注ぐ。帰りの車で、美雪に出そうと思って入れておいたのだ。
【無限収納】付与された袋の中では、物体の時間が停止するのである。
ややあって、美雪の顔色が少しだけ回復する。少なくとも、さっきの青ざめた表情ではなくなった。
ほっと安堵するも、しかし気は抜けない。戦闘中だからだ。
「美雪。詳しい話は後で聞く。今はやつを倒す」
俺は立ち上がって、遠くの氷竜をにらむ。切り落とした首は再生していた。
「倒す……? 逃げないの?」
「無理だ。あれはAランクの魔物。知性がある。だから逃げられない。死ぬまで獲物を追い詰めてくる」
魔物はFからSランクまで、その脅威度に応じてランク付けされている。
Cランク以上の魔物にはINT、つまり知性があるので、魔法を使えるし、魔法への耐性が出てくる。その上知恵も回るのでたちが悪い。
相手に【敵】と認識されている以上、逃げることは悪手とも言える。ここで倒すしかない。
「たおすって……どうするの? 相手は首を切っても生き返るんだよ」
「だろうな。【再生】スキルをあいつ持っているだろう」
美雪が俺を見て、瞠目している。
「さっきも言っていたけど……どうしてわかるの……?」
「勘……だな。端的に言えば」
無駄に長く冒険者をやっていたため、わかるのだ。
再生スキル。殺しても生き返るという、恐るべきスキル。
このスキルを身につけている魔物は、【死】への恐怖心をまるで感じさせないのだ。
死ぬことを恐れず、襲ってくる。その感じをあの氷竜から感じ取ったので、【再生持ち】だと即座に直感したのだ。
「しかし厄介だな……。再生持ちの魔物の倒し方は1つしかない」
「どうするの……?」
「相手を丸ごと、消すしかない」
それ以外に道はない。
「丸ごと消すって……無理よ」
「まあ、あの巨体だ。確かに難しそうだ……」
ケガをしていた、あのときなら。新しい可能性に気付いてなかった、あのときならな。
「むずかしそうって……できるの?」
「ああ。ただ準備はいる」
俺は立ち上がる。すぅ……っと息を吸い込む。
「ケイン! 60秒だ! 60秒でスイッチ!」
俺は声を張ってそう言った。
「わかりましたー!」
遠くでケインの声がする。ケインが仲間たちと前線を支えてくれる。彼らは大丈夫だ。なにせ一番弟子が前にいるからな。
「スイッチって……?」
「交代するって意味だ。詳しくはあとで話すよ」
今はあの氷竜を滅するのが先だ。
俺は腰のマジック袋から、【瓶】を取り出す。
「……それは?」
「竜の湯を瓶に詰めてきたものだ」
竜の湯。孤児院の裏庭にある温泉だ。ドラゴンの体液(汗)が混じっており、完全回復能力を持つ。
俺はそれを飲むことで、魔力をフルに回復できる。
「何するの?」
「今から最上級の火属性魔法であの氷竜を消し飛ばす」
瓶の中身を飲み干す。魔力が充填させられる。
「……そんなこと、できるの?」
「できる。俺には【複製】って能力があるんだ。これは物体だけじゃなく、魔法さえもコピーできる」
ただし、
「コピーするものが複雑だったり、でかい魔法だったりすると、そのぶん魔力を多く消費するんだ」
俺はちらっ、と腕時計を見やる。まだ時間はあるが、余裕はない。
俺は【桶】を複製する。あたりにある雪を、袋から出したスコップでどかどかとツッコむ。
仕上げに【火球】を複製して、穴の中の雪をとかす。
「さっきも言ったがデカイ魔法を使うためには、それだけの魔力が必要になる。けど俺の魔力は並だ。最上級の魔法を打てるほどの魔力は無い」
「なら……どうするの? それに雪をとかして、何がしたいの?」
瓶入りの竜の湯を飲んだだけでは、魔力が一瞬完全回復するだけだ。魔法を使った瞬間に魔力が枯渇する。
俺の総魔力量では、とてもじゃないが最上級の火属性魔法なんて打てない。今の状態では……だ。
「美雪。手を貸してくれるか?」
「何するの……?」
「血を……少し分けて欲しいんだ。貧血気味なところ悪いが」
「血? いいけど、いったい……」
俺は桶に貯まった水を指さす。
「この中に美雪、おまえの血を入れる。するとここには、鬼の……竜の体液が混じった水たまりができるわけだ」
つまり、擬似的な竜の湯を作るわけである。
「ここに足をツッコんでいれば、完全回復状態がずっと継続する。つまり、魔力が無限状態になる。この状態なら、最大の魔法が打てる」
孤児院で、地球製品を作るときは、竜の湯に足をツッコんで魔力無限にした状態で作る。
それをここで、擬似的に再現するというわけだ。
「頼む」
「…………」
美雪は何も言わず、桶の隣にしゃがみ込む。氷で短剣を作って、指先を切り、それを桶の中にツッコむ。
俺は桶の中に足を入れる。ヌルい……火でとかした雪は、すでに水になりかけていた。
「最上級の火属性魔法なんて使えるの?」
「ああ。なにせうちには、かつて魔王を倒した勇者の仲間がいるからな」
前に大賢者から、教えてもらったのだ。最大化力の、火属性魔法を。
「【複製】…………」
体から魔力が全て搾り取られる。そのたびお湯が俺の魔力を回復し、また搾られる。
俺というパイプを通して、魔力がだくだくと、手のひらに流れ込んでいった。
「もう少し……」
遠くから氷竜の雄叫びが聞こえる。ケインたちが踏ん張ってくれている。ありがたい、彼らがいなかったら時間が稼げなかった。
膨大な量の魔力が、手のひらに収束していく。やがて準備が整う。
「ケイン! スイッチ!」
「はいっ!」
ガキンッ! と強く金属を叩く音がする。そのままケインたちが、俺たちのいる場所目がけて走ってくる。
すでに魔法の準備は整っている。あとはこいつをぶつけるだけだ。
「美雪は下がってなさい。ケインたちと一緒に」
「…………」
俺は前に集中する。ケインたちが見えてきた。その後から、猛烈な速度で、氷竜が飛んでくる。
と、そのときだ。
「……いや」
きゅっ、と美雪が俺の足にしがみついて、そう言ったのだ。
「……いや、怖い。ジロが、死んじゃうかも、だから……」
震える声で、美雪が俺の足にだきつてくる。俺は彼女のサラサラとした黒髪を撫でる。
「大丈夫だ。俺はあいつを無事倒す。俺を信じてくれ」
安心させるように笑いかけると、彼女が頬を赤らめて、目を潤ませる。
ややあって、美雪がこくり、とうなずく。
ケインたちが俺の隣を駆けていく。
「美雪さんも!」
「…………」
ケインが美雪の手を引く。彼女は名残惜しそうに俺を見やるが、ケインとともに背後へと駆けていく。
「さて……と」
俺は前を見やる。上空には、真っ白で、巨大なドラゴンがいる。
「GURORORORORORORORORORORORORORO!!!!!」
雄叫びだけで、体がバラバラになりそうだ。だがまあ、冒険者やってたおかげだろうな。体が無駄に頑丈だから、へいちゃらである。
それに恐れもなかった。これも、冒険者を長年やっていたおかげだろう。
「うちの子に怖い思いさせやがったな……」
俺は利き手である左手を向ける。そこには人間の顔ほどの大きさの、赤い球体が出現している。
左手が氷竜をとらえる。
俺はまっすぐに敵を見据える。
「うちの子なかしてるんじゃねえよ、この野郎」
俺は静かに魔法を放つ。
最上級火属性魔法【太古終焉業火】
魔力が収束し、そして……。
びごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!
極太の炎がレーザーとなって、氷竜を丸呑みにする。
「GUr…………」
断末魔をあげることもできず、氷竜は炎に飲まれる。
レーザーはそのまま上空へと伸び、分厚く覆った雪雲を吹き飛ばす。
ずぉお…………!!! と、雲が割れて、そこには、良く晴れた夜空が広がっていた。
「凄まじいなこれ……」
たしか白馬村は、永久凍土になっていると言っていた。一年中分厚い雪雲に覆われて、雪が降りっぱなしだったと。
だのに、さっきの魔法で、雪雲が消し飛んでしまっていた。それほどの熱量を持っていた……ということだろう。
手から放出された炎のレーザーは、やがてぴたりと収まる。あたりには静寂だけが広がっていた。
「……すげ」「……なんだよあれ」「……すごすぎだろ」
振り返ると、【白銀の虎】のメンバーたちが腰を抜かしている。
ケインは立っていたが、「ジロさん引退してからの方が強くなってないですか?」と目を剥いてそう言った。
「まあでも、100%俺のチカラじゃないから。俺は単に凄い人の力を借りてるだけだよ」
俺はケインたちの元へ行く。美雪も腰を抜かしていた。俺を見上げている。
「大丈夫か?」
「……うん」
俺は美雪の手を引いて、立たせる。
「……その、あの、その」
もにょもにょ、と美雪が口ごもる。
「美雪」
俺は彼女の肩に手を乗せる。
「……ごめんなさい」
美雪は怒られると思ったのだろう。びくっと体をすくませる。俺は首を振るう。
「別に怒るつもりはないよ。結果を急いで先走って、失敗するなんて若いうちはよくあることだ。な、ケイン?」
「そうですね」
苦笑するケイン。こいつも昔それで同じ失敗していたからな。
「ひとりで勝手に行動したことは、まあ大いに反省しよう。けど責めてるんじゃなくて、まず言うことがあるだろ、彼らにさ」
俺は美雪の肩を抱く。彼女が「…………」と顔を真っ赤にして、かちーんと体を固まらせる。
? よくわからないが、俺は彼女の肩を抱いて、くるん、と半回転させる。
「ジロ……?」
「ケインたちに助けてくれたお礼を言わないと。彼らがいなかったら、俺はおまえを助けられなかった」
「…………」
美雪の顔に、迷いが走る。この子は人間を毛嫌いしていた。だからお礼なんてもってのほか……とでも思っているのだろうか。
それでも、だ。
「美雪。何かしてもらったら、ありがとうって言うべきだと俺は思う」
「……そうね」
美雪はうなずくと、ケインたちに向かって頭を下げた。
「……迷惑、かけて、ごめんなさい。それと……助けてくれて、ありがとうございました」
美雪の言葉に、ケインたちが苦笑しながら「いえいえ」「美雪姫と一緒に仕事できてこうえーっす!」と美雪を許してくれていた。
うん、一件落着だな。
「さてじゃあクエストも済んだことだし、みんな、帰るか」
「「「おー!」」」
かくして危機は去り、俺たちは無事、白馬村を後にすることができたのだった。
次回もよろしくお願いします!




