139.三女、クエストに挑む【後編】
いつもお世話になってます!
夕方。
冒険者ケインは、ギルドへと出勤してきた。受付へ向かおうとした矢先、
「ケインさーん。おつかれっすー」
ギルドの手前は、酒場になっている。席に座り、そう言って手を振るのは【白銀の虎】のメンバー、後輩の子である。
「昨日は明け方までおつかれさん」
「いやー、まじダンジョンでの仕事って時間がわからなくなるから嫌っすね。外に出たら明け方でやんの」
昨日はダンジョンの奥底まで潜っていた。なので気付いたらだいぶ時間が経過していたのだ。
「まあ今日は仕事無いから」
「やったぁー」
「そのかわり明日、すげえ重めのクエストあるけどな」
「げぇー……」
ケインたち【白銀の虎】は、今日、白馬村へ【フロスト・ドラゴン】討伐クエストに向かう予定だ。
今から出発して、向こうに着くと夜だろう。村で一泊して、クエストに挑む、という予定である。
「それとおまえに言ってなかったが、今日だけ臨時でメンバーが加わるから」
「臨時? どんなメンバーっすか?」
「この間のほら、美雪ってAランクの冒険者だよ」
先日、猫獣人の受付嬢から依頼があったのだ。危ないクエストをソロで受けようとする人がいる。
その人の手伝いをしてくれ……と。
ケインは二つ返事で了承した。情けは人のためならず、という師匠の言葉を実践したまでである。
困った人がいたら、助ける。それがあの人の教えである。
それはさておき。
「美雪って……え、ええー!? ひょ、【氷帝】と一緒に仕事できるんすかー!」
後輩が晴れやかな顔になり、ひゃっほう! とその場で飛び上がる。
「やったぁ氷帝とお近づきになるちゃーんす! ありがとうケインさん! だいすきっ!」
だきぃ! と後輩が腰にしがみついてくる。
「頑張れよ。けど仕事に支障きたすようなマネだけはしないでな?」
「わかってるっすよー! あー、めっちゃ楽しみだなぁ。美雪姫と一泊できる~。ちょーたのしみ~!」
と、後輩とともに、ケインは他のメンバーたちを待つ。
後輩の剣士、魔法使い、僧侶とケインを会わせた4人全員がそろった。
あとは美雪を待つだけだが……。
「……ケインさーん。美雪姫、おそいっすねー……」
ケインたちが集合して1時間が経過した。
「おかしいな……? 16時集合なんだけどな」
今は17時だ。時期が冬なので、もう火が落ち始めている。夕方ではなく夜だ。
「ちょっと受付行ってくる」
本当は美雪を含めてメンバーがそろってから、受付へと思ったのだが。
ケインが受付に行くと、猫獣人の受付嬢がいた。
「にゃにゃ? ケインさん。どうしたにゃ?」
とそんなことを言ってくる。
「美雪さんがまだ来てなくてさ」
へ? と受付嬢が首をかしげる。
「うそ? にゃんで? だって16時に来てって美雪ちゃんには言ってあったはずにゃけど……」
どうやら受付嬢は、美雪がケインとすでに合流し、軽く酒でも飲んで自己紹介でもしているのでは……と思っていたらしい。
「だよね。なのに来てない……」
「にゃあ……おかしいにゃ」
「まさかひとりでクエストに行ったんじゃない?」
「まさか! だって依頼書はここにあるにゃあ。依頼書がにゃいと、ギルド側から出す馬車に乗れにゃいし、向こうのギルドで手続きにこの書類がにゃいと森に入れにゃいにゃあ……」
なら単純に、美雪が遅刻しているのだろうか。それにしては、ケインはきな臭さを感じた。
ケインは、受付嬢から、美雪の性格をある程度聞いてる。向上心が強く、そしてソロの冒険者。
……いやな予感がした。ケインが新人の頃おかした失敗の中に、似たような状況があった。
自分の力を過信して、ひとりで無茶やったという……過ち。
「俺ちょっと御者に話聞いてくる」
「にゃ、わ、わたしも行くにゃ!」
ケインは受付嬢を引き連れて、ギルドを出て、馬車乗り場へと向かう。
ギルドお抱えの御者たちが並んでいる。ケインは1人ずつ、事情を聞いていった。
ややあって……。
「ああ、その黒髪のべっぴんさんね。おいらが運んだよ」
ひとりの御者が、そんなことを言ってきた。
「ありえにゃいにゃー!」
受付嬢が声を張り上げる。
「依頼書はどうしたんにゃ!? 依頼書がにゃいのに馬車に乗せたのかにゃ!? 規定違反にゃ!」
受付嬢が御者の胸ぐらをつかんで揺らす。
「お、落ち着いて」
ケインがその手を引きはがす。
「いや依頼書はちゃんと受けてるよぉ……。ほらこれ」
御者が半泣きで、受付嬢に依頼書を渡す。彼女は受け取って瞠目した。
「にゃにこれ……本物そっくり……」
受付嬢がポケットから、もう一枚の依頼書を取り出す。依頼書は一枚しかない……のだが、どちらの手にも、まったく同じ紙が握られているではないか。
「すごい精緻な……偽物だよね、これ」
ケインはことの重大さに気がつく。つまり彼女は、本物そっくり依頼書を作成し、ひとりでクエストに出発してしまったのだ。
かつての……自分のように。
「まずいぞこれ!」
「にゃあ……美雪ちゃん!」
彼女は白馬村へ単身のりこんだのだ。そしてクエストを受けているのだろう。
美雪はAランク冒険者。Aランクのクエストを受けることは可能だが、討伐クエストには何が起きるか不明である。
事実たぶん、何か起きてる。御者が言うには早朝、美雪はカミィーナを出発したと言った。
昼頃に届けたという。数時間クエストに時間がかかったとして、それでも報告をしに、夕方にはカミィーナにもどってくるはずだ。
それが、もどってきてない。ということは、まだ帰れてない。
「まずい……すぐに向かわないと!」
「けど今から馬車を飛ばしても……」
馬車で行って数時間はかかる距離だ。今から行って間に合うだろうか……?
馬車でのんびり行っても間に合わない。早く彼女の元へ行かないと。でないと……
と思っていたそのときだ。
「ん? どうしたんだおまえら?」
馬車乗り場の駐車場に、巨大な鉄の箱がやってきた。最近銀鳳商会が売りに出している【くるま】というやつだ。
車に乗っていたのは……。
☆
……あれから何時間経過しただろう。
美雪は森の中の木を背にして、しゃがみ込んでいた。
「くそ……」
あたりはすっかり夜になっている。真っ暗だ。ここは町中でなく森の中。明かりなどあるわけがない。
真っ暗な森の中、そして吹雪がふきすさぶ中という、最悪な環境下。そして……。
「GUROOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」
遠くで氷竜の雄叫び。まだ、獲物を諦めてないようだ。
「……執念深すぎでしょ」
氷竜に再生の力があることが判明してから、1時間くらいは、倒そうと努力した。
しかし切っても刺しても、やつは命の灯火を消そうとしない。
再生能力の、なんと厄介なことか。
美雪は撤退を試みようとした。だがやつは恐るべき執念を発揮し、美雪が逃げても絶対に追いかけてくるのだ。
身を潜めても、すぐさまに見つかり、戦闘が始まる。
無論戦っても倒せない。切る、刺す、が主な攻撃手段の美雪では、あの化け物を一撃で完全撃破はできない。
あれから何度戦い、逃げただろう。
もう日が完全に落ちてる。カミィーナに夕方にもどるのは早々に諦めた。ジロには申し訳のないことをした……。
「…………帰りたい」
美雪は三角座りして、膝の間に顔を埋める。
帰りたいと、切実に、思った。
寒くて体が震える。血を飲めば体力を回復する。だがそれでも失った血液量は補充されてなかった。
ケガを完全に治すのなら、血も回復するかもと思ったがそうではないらしい。飲めば傷はふさがる。だが失った血はもどらない。
ふらふらする……。体が冷たい。手が震える。寒さのせいじゃない。血が足りてないのだ。
「……あ」
ふら、っと美雪は横に倒れた。
体に力を入れようとして、しかし起き上がることができない。手足に自分の異能を使ったのかと思ったけど、そうじゃなかった。
手足は正常だ。ただ、肌の色が蒼白だった。
「…………」
貧血状態の美雪。頭がくらくらして、視界が明滅する。もう立ち上がる気力も体力も無い。
「ひくっ……ぐす……」
知らず、涙が流れていた。悲しみの? あるいは、後悔の涙だろうか。
後悔は、してない。とどのつまり自分の能力を見誤った、己がおろかだったのだから。
では悲しくて泣いてるのだろう。
何が悲しいのだろうか?
「…………会いたい」
死ぬ前に、最後に。会いたいと思った。仲の良い子供たちに。姉たちに。母に。そして……。
そして……彼に。
「会いたいよぉ……」
もう二度と会えないことへの悲しみが、涙となってあふれ出る。止めようと思ってもダメだった。
もう二度と親しい人たちに会えないかもということが、ここまで悲しいものとは思わなかった。
そのときである。
びゅぅううううううううううううううううううううううう!!!!
と突風が上空から吹きすさんだ。
「きゃああああああああ!!」
美雪は木の葉のように、簡単に吹き飛ばされる。受け身を取れない彼女は、無様に雪の上を転がる。
「GUROOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!」
どうやら氷竜が、上空から、獲物を見つけて降りてきたらしい。
いよいよ年貢の納め時立った。
「GURORORORORORORORORORRO!!!!」
巨体が目の前にある。その目は敵意と、そして目の前のエサを食いたいという欲望にぎらついていた。
エサ。そう。自分はこの竜に食われてしまうのだろう。そして死ぬ。
「やだ……やだぁ……」
立ち上がろうとしても、立ち上がれない。逃げようと思って、逃げれない。
美雪は情けなく涙を流し、いやいやとだだっ子のように首を振った。
「やだぁ……! 死にたくないよぉ…! 母さん……! 姉さん……!」
そして、
「ジロぉ…………!」
だがその声も、やがて森の静寂に消えていく。いるのは美雪と氷竜。ただの二匹。
氷竜が前の前に立つ。
ぼたぼた……と雨のように唾液が落ちてくる。その巨体から逃れるすべはなく、美雪は震えることしかできなかった。
氷竜の大きな顎が開かれる。いっそ頭から丸呑みしてくれと祈るしか、美雪にはできない。
目をぎゅっと閉じる。もうダメだ……。
「GUROOOOOOOOOOOOOOO!!!」
氷竜の歓喜の雄叫び。えさを食えることへの喜びの叫ぶ声が聞こえる。ああこれでもう、私は死んだ………………………………………………と、思った、直後だった。
「っらあぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ザシュッ……!!!!
と、何かが斬れる音がした。
鋭い刃物で、何かをぶった切るような、そんな音。
美雪は、おそるおそる目を開ける。
そこにいたのは……。
「ジロ!!!」
その手に大剣を携えた、孤児院の校長、ジロだった。
あと2、3話くらいで三女編おわる予定です。
次回もよろしくお願いします!




