139.三女、クエストに挑む【中編】
いつもお世話になってます!
鬼娘・美雪はカミィーナを出て、北西へと向かう。
この人間の住む大陸は、【ト】の字を描いている。カミィーナは南東の街だ。
今から向かうのは、大陸の西側やや北より、【白馬村】と呼ばれる場所である。
白馬とはすなわち、聖獣ユニコーンのことだ。村は【白馬の森】という大森林の入り口に位置している。
ユニコーンの住む白馬の森は、一年中雪と氷に包まれている。
遥か昔、【氷魔狼】と呼ばれる強大な魔物がそこに住んでいた。ひとりの冒険者が仲間と協力して、氷魔狼を見事に討伐した。だが倒した後も強力な氷の魔力はその場に残り、以後ずっと白馬の森は雪と氷に覆われている次第。
さて。
早朝カミィーナを出発して、お昼頃に、美雪は【白馬村】へと到着した。
雪に覆われた村だ。屋根が【へ】の字になった不思議な建物が並んでいる以外、とくにこれといった何かがあるわけではなかった。
「……確か叔母さんがこの近くに住んでたな」
美雪の母・桜華。その父(つまり祖父)には、たくさんの嫁がいたそうだ。
その中のひとりが、ここ白馬村の近くの神社で暮らしていた気がするが……。まあその叔母にはもう長く会ってないため、お互い顔も忘れてるだろう。どうでも良いことだ。
美雪はふぅ……と吐息をつくと、村野の中にある、白馬村・冒険者ギルドを訪れる。
受付で依頼書(偽装)を渡し、美雪はその場を離れる。
……そう、御者に渡したのも、今受付に提出したのも、偽の依頼書だ。
美雪には氷を自在に操る異能力がある。氷で本物そっくりの、依頼書の【模型】を作ったのだ。
「…………」
なぜそこまでするかというと、今この瞬間が、名前を売るチャンスだからだ。
人生、どこでチャンスが転がってくる変わらない。そして今、好機が目の前にやってきた。
美雪は直感した。この機を逃したら、もうチャンスは到来しないだろうと。
もちろん論理性の欠いた、憶測でしかない。だが予感がするのだ。だからその悪い予感を振り切る意味でも、このチャンスを逃したくはない。
名前を売る。有名になる。そしてたくさん仕事が舞い降りるようになる。そうすれば自立できる。
誰の庇護下にも入らず、自分だけの力で生きていける。それは美雪の望んでいたものだ。
「…………さむ」
美雪はギルドを出て、そのまま森へ向かって歩く。
森の入り口には門番が立っていた。ギルドからもらった通行証(今度は本物)を手渡す。
「氷竜……フロスト・ドラゴンは山の中腹あたりの洞窟で巣を作ってます。こちらが地図です」
「……どうも」
門番はどうやらギルドの職員だったらしい。
「お気をつけて。フロスト・ドラゴンには十分注意してください。なんでもとても珍しい【スキル】を持っているらしく……」
「……あ、はい。わかりましたから」
話の途中で、美雪は早足で、森の中へ入る。早く終わらせて帰らないと。夕方までに、カミィーナに戻れない。
「あの! 本当に気をつけてください! 倒したと思っても油断せず! それで死者が出てますから!」
背後で門番が叫ぶ。油断? するものか。確実に息の根を止めないうちから、勝ったなんて絶対に思わない。油断して死者? 自分はそんなマヌケではない。
美雪は門番からもらった地図を頼りに、白馬の森を抜けていく。
やがて山道に入る。
「……雪、やば」
年中雪が降っているからか、膝の上あたりまで、雪が積もっている。だれも雪かきをしないのだろうか?
誰かしてるのだろうが、しかし次から次へ、雪が降っているからだろう。
積った雪に足を取られながら、美雪はのろのろと、山道を登っていく。
「……これが、終わったら、家で、あったかいココア……飲むんだ」
ぜぇはぁ、と息が上がりながら、美雪は山道を登っていく。
「キャニスと……コンと……レイアには、ドラゴン退治のエピソードを……聞かせるの。ラビたちには……ドラゴンからはぎ取ったきれいな鱗とか、お土産に持って帰るんだ」
子供たちの笑顔が、脳裏に浮かぶ。横部彼女たちの姿を想像すると、活力が沸く。
美雪ちゃんもっとお話しして!
美雪ちゃん、おみやげありがとー!
そう言って笑う子供たち。そして、その後ろに立っていたのは……あの人間だった。
……お疲れさん。ココア飲むか?
そうやってマグカップを手渡す男。私は嬉しそうにマグカップを受け取る。そして飲んで美味しいと笑うのだ。
「……なに、今の?」
美雪は正気に戻る。どうやら意識がもうろうとしていたようだ。
寒い中、山道。体力が削られ、精神力も摩耗して、気を失いかけていたのだろう。
「……歩きながら気を失うとか、ないわ」
はぁ、と吐息をついて美雪はまた歩き出す。早く帰りたいと、切実に思う。
山を登っていけば行くほど、降雪が激しくなっていった。びょおびょおと寒風が好きすさぶ。
顔にびしびしと氷雪がぶつかり、寒くて、鬱陶しくて仕方ない。
やがて……。
やがて、目的地に到着した。
☆
「……ここか」
そこは山の斜面にできた洞窟だった。目の前には大きな穴が置いており、ひょぉおおおー…………っと風が洞窟内で吹き荒れている。
「…………いる」
わかる。鬼としての勘がささやく。ここに強い魔物がいると。
「…………それは向こうもか」
恐らく向こうも、こちらに気付いたような気がした。こっちは元・魔物である。
気を引き締めた、そのときだ。
ビュンンッ…………!!!
と洞窟の奥から、高速で何かが、こちらに飛んできた。
「くっ……!」
美雪はすぐさま、異能力を発動。目の前に極太の氷柱を作る。
だが【そいつ】は氷の柱をたやすく砕き、その勢いのまま、美雪に突進してきたのだ
「GURORORORORORORORORORORORO!!!!!!!」
吹き飛ばされながら、美雪は見た。
見上げるほどの大きさの、真っ白なドラゴンが、そこにいたのだ。
「クソッ……!」
美雪は背後に吹っ飛ばされながら、異能を発動。薄い氷の板を何枚も地面からはやす。
バリバリバリバリバリバリ!!!!
氷の板を通過するたび、吹っ飛ばされた体の勢いが殺されていく。
やがてスピードが十分落ちた頃合いを見計らって、美雪は地面に氷の棒を突き刺し、それをつかむ。
ぐんっ、と体が後に引っ張られる。だがなんとかその場に留まることができた。勢いを殺して良かった。あの威力のまま何かに捕まったら、腕が取れていた。
「GUROOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」
洞窟の入り口で、白い竜が叫ぶ。体の全てが、真っ白で、まるで雪像のようであった。
長い首。帆のように大きな翼。かぎ爪のある両手足。
「……なるほど、手強そう」
美雪は立ち上がり、氷竜をにらむ。
「GURORORORORORORORORORORORO!!!!!!!」
またしても氷竜が飛び立とうとする。
「させるか……!!」
美雪は異能力を発動させる。連発できない。すでにさっきの連続使用でだいぶ体力が削られているから。
美雪が異能のチカラ、鬼術を発動させる。すると……。
ざしゅぅうううううううう!!!
「GUROOOOOOO!!!!!」
氷竜の立っている地面から、無数の、太い氷の杭が出現する
それは地面から生えて、氷竜の体を滅多差しにする。剣山状態となった氷竜目がけて、美雪は走る。
「周りにこんだけ氷と雪があれば、操り放題なんだよ!」
美雪は駆ける。そして異能を発動。
氷竜と自分の足下の間に、氷でできた階段が出現。
カンカンカン! と音を立てながら、美雪は氷竜を目がけてひた走る。
長引けばふりだ。自分の異能は体力を削る。短期決戦。
「狙うのは……首!」
どんな生き物でも、首を落として生きてられるものはいない。
美雪はその手に氷の長剣を出現させる。
もう階段と杭で、異能のチカラがガス欠寸前だ。本当は氷のギロチンでも作れば良いが、そんな余裕はない。
「セイヤァアアアアアアアあああああああああああああ!!!!」
鬼は人間の何倍も身体能力に優れる。筋力も、華奢に見えてジロよりあるのだ。
渾身の力を込めて、美雪が氷竜の首目がけて、氷の長剣を振るう。
氷を微細に動かして、表面をチェーンソーのようにしている。さらに鬼の怪力も相まって、
ザシュンンッ…………!!!!
一閃。
氷竜の長い首が、美雪の氷の剣によって、真っ二つにされた。
………………ずずぅうううううううううううううううううん!!!!
首が地面に落ちて、大きな音を立てる。
美雪はそのまま、地面に落ちて、勢いのママ転がる。
雪が口に入って冷たい。体を打ってかなり痛い。それでも……。
相手をちゃんと倒した。首を落としたのだ。
「はぁ……はぁ……どうだ化けもん。私の勝ちだ」
首無しの竜となったフロスト・ドラゴンに、美雪はつぶやく。
「やった……やった……。Aランクのクエストをソロで達成した。これで私は、」
有名になる、と言いかけた、そのときだ。
「GURORORORORORORORORORORORO!!!!!!!」
「な!?」
首無しとなったドラゴンが、動いたのだ。その巨大なしっぽを振るい、美雪の土手っ腹にしっぽが食い込む。
「がッ……!!!!」
美雪はそのまま吹っ飛んでいく。今度は氷の板を出すことはできず、そのまま飛んでいった。
高速で吹っ飛んでいき、やが森の中の、ぶっとい大樹の幹に激突する。
「ガハッ……! ゲホッ……! ゲホッ……!」
口から吐血。地面にぱたた……と真っ赤な血が垂れる。
「どう……じて……?」
あり得ない。美雪はちゃんと、あのドラゴンの首を切り飛ばしたはず。
だのになぜ!?
と困惑していると、
「GURORORORORORORORORORORORO!!!!!!!GURORORORORORORORORORORORO!!!!!!!」
ずんずんずん、と木々を踏みつぶしながら、氷竜が美雪の前に姿を表す。
……変だ。
首を吹っ飛ばしたのだ。なぜこいつは、鳴き声を出せているのだ……?
答えは、単純明快だった。
「……再生、してる」
切ったはずの首。だが今は、そこにはちゃんと、ドラゴンの首があるではないか。
おそらく再生したのだ。根拠は、目の前に提示されている。
先ほど、美雪は氷竜の動きを止めるために、手足を氷の杭で串刺しにした。
フロスト・ドラゴンの穴だらけの体。その穴が……音を立てながら、ふさがっていくのだ。
ぱき……ぱきぱきぱきぱき……!!!
穴の部分が、徐々にふさがる。雪のように真っ白なボディ。だがそれは間違いだったと悟る。
「ように……じゃなくて、体が雪でできてるのか、こいつ!?」
だからこそ、穴が空いても、首が落ちても平気だったのだ。
雪でできた体だから。そこらじゅうにある雪を取り込めば、体を再生できる。そういう理屈らしい。
「なんつぅ……ばけもんだ……」
美雪は立ち上がる。唇を切ったらしい。ぺろっと……と血をなめた、そのときだ。
「!」
体がしゅぅうう…………と湯気を立てる。
「な、なに? 急に私の体、軽くなって……」
体中の痛みが引いていくようだ。普通に立ち上がれる。さっき木に体をぶつけて、骨が折れ、肺に串刺さっていたと思っていたのに。
骨折も、ケガも、そして体力すら、完全に回復しているではないか
「……そうか。竜の、完全回復能力……」
ここへ来る前に、ジロが言っていたではないか。鬼(竜)の体液には、完全回復能力があると。
今、美雪は自分の血をなめた。それで回復したのだろう。
「はっ……。私も化け物みたいね」
だが好都合だ。これなら戦える。体力が回復しているのだ。鬼術を使える。
「GURORORORORORORORORORORORO!!!!!!!」
「……再生持ちの化け物ふたり。どっちが先にくたばるか、勝負ね」
美雪は鬼術を発動させる。またやつの体の動きを止める。
「らぁあああああああああああああああああ!!!!」
首をはねても、再生するドラゴン。体がボロボロになっても、復活できる鬼。
……長い戦いになりそうだった。
次回もよろしくお願いします!




