139.三女、クエストに挑む【前編】
いつもお世話になってます!
ジロを手助けした翌朝。
早朝。
鬼娘・美雪。彼女はジロの運転する車に乗って、カミィーナの街へと向かっていた。
今日は冒険者として、有名になれるかどうかの分水嶺と行っても過言でもない、大事なクエストを受ける予定なのだ。
「…………」
「…………」
車の中は、よく暖房が効いてる。ジロが美雪が起きる前に、車にエンジンを入れて、暖機していたのだ。
この男。ジロというこの人間は、【人間】という種のなかで特異な存在なのだろう。というのが、美雪の所感だ。
こいつは、お人好しのバカだ。他人のために、自分を犠牲にする。他人が喜ぶなら、苦労を喜んで買って出る……変なヤツだ。
今朝だって美雪が出かける前に、この男はすでに起きていた。街まで送ってくよとか言ってさ。ほんと、お人好しである。
……しかしこの男、さっきから一言もしゃべらないのはどういうことなのだろうか。
いや、確かに今まで、ずっとジロから話題を振られても、無視したり、冷たく「別に……」て突っぱねたりしたよ?
けど今日はどうして話しかけてこないのだろう。ムカつく。いつもみたいに話しかけてこいよ。
……腹が立つ自分がいて、驚く。何を腹立ててるんだろうか。わからない。けど自分が、ジロのことに腹を立てている自分が、なんだか妙にムカついた。
沈黙でいるのが、ムカついた。だからこっちから、話題を振ってやることにした。
「……ねえ」
ぽつり、とつぶやくように、美雪がジロに言う。
「ん? どうした?」
「……別に」
まさか話をしたかったから、なんて言えない。言えるもんか。なんだそれ。まるでこいつに、気があるみたいじゃないか……
私は別に、こいつのこと、全然まったくこれっぽっちも気にしてない。意識なんてしてないから。
「……なんでいつもみたいに話しかけてこないの?」
ほらこんなことだって言えるわけよ。意識してないからね。
「え、いや……ほらおまえってあんまり人と話すの好きじゃないタイプなんだろ? だから無理に話しかけたら、帰って悪いかなって思ってさ」
「…………違うわよ」
本当は人と話すのは苦手だ。他人との会話は苦痛である。けどこいつとの会話は……違うから。ホント違うから。
「……普通にしてよ」
「そうなのか? わかった。勝手に決めつけて悪かったな」
「………………ふん」
ああ、なんだろう。悪かったなって謝られて、気をよくしてる自分がいた。なんだよそれ。わけわからない。いったいどうしてしまったんだ……自分は。
「それでそうだな……今日も仕事か。年末近いのに、大変だな」
ああ、変だ。おかしい。こいつに大変だなって同情してもらって、妙に気が楽になっている自分がいるよ。意味わかんない。なんだよホント!
「……べ、別に普通」
「いや普通じゃないよ。美雪は勤勉だなぁ」
のんきに、こいつはのんきに、妙なことを言う。
「……なにが勤勉よ普通だしこんなの全然普通だし勤勉でもなんでもないし」
……わ、わからなうい。どうして早口になっているのだろうか、私は。それになんか妙に心臓がドキドキとする。
え、なに? 褒められたから? この男に褒められてドキドキしてるの? なにそれ子供? 私はそんな子供だったの?
それとも……異性として、ドキドキしてる……いやいやないない!
「どうした美雪? 顔が赤いぞ?」
「……知らないわよ! こっちみるな! 前向いて運転しなさいよ」
げしげしっ、と美雪は運転座席を、蹴っ飛ばす。ジロは笑って「すまんすまん」と
謝る。
「そう言えば……」
とジロが気を取り直すように言う。
「美雪、今日は何時頃に仕事終わる?」
「……いきなりなに?」
「いや、迎えに行くぞ」
あ、あっそう。ふーん。ま、こいついつも私のために迎えに来てくれてるから。まあいつも通りか。まあ普通というか、まあいつも通り普通だから、別になんとも思わないが、
「……じゃあ、夕方。迎えに来て」
と答えた。うんまあ、朝から向かえば、昼頃に【白馬村】について、ドラゴンを倒してもどってくれば、夕方にはカミィーナへ帰還できるだろう。
「夕方で良いのか? もっと遅くなってもいいぞ。迎えに行くぜ」
「……い、良いわよ。夕方で。余裕で終わるし」
「ふーん……。今日は簡単なクエストなのか?」
ジロの言葉に、美雪は即答できなかった。【そんなことない、Aランクの仕事で、ソロでフロスト・ドラゴンを倒す結構危ない仕事だ】……と。
言えなかった。言いたくなかった。心配かけたくなかったから。
……心配かけたくないって、誰に?
「…………」
自問に対して、自答する。うるせえと。誰でも良いだろうと。
「……簡単な、クエストよ。1人でもできるような簡単なヤツ」
「そっか。そりゃ良かった。あんまり危ないことすると、桜華や一花たち、それに子供たちも悲しむからな」
ジロの言葉に、美雪は不満に思った。
ゲシッ……! と運転席を蹴る。
「……あんたは?」
「ん? なんだって?」
「なんでもないわよ!」
小声だったから、聞こえなかったみたいだ。良かった。ほんと、自分は最近どうかしている。
落ち着こう。冷静になろう。静まれ私の心臓。そんな活発動いてるんじゃあないよ。ドキドキしすぎだ。
気を静めるのに集中する美雪。その間、沈黙が車内に降りる。カミィーナまではあと10分かそこらでつくだろう。
逆に言えば10分もある。早くこの場から逃げたいのに。……逃げたいってなんでだよ。わからない。とにかく今はこの妙な雰囲気をなんとかしたかった。
「そう言えば美雪……」
沈黙を気まずく思っていると、ジロが口を開いた。
「前から気になってたことがあるんだけど、おまえってどうしてツノがないんだ?」
渡りに船だったので、答えてやることにした。
「……学者やってる叔母さんによると、私は先祖帰りしてるみたいなの」
「先祖帰り?」
「……鬼は人間と竜のハーフでしょう? だから始祖の片方は人間。その始祖の姿に、先祖帰りしちゃってるんじゃないか、というのが叔母さんの考察」
美雪は鬼だが、ほかの姉妹や母たちとちがって、額にツノがない。
昔はそれが嫌だったが、最近ではあまり気にしない。むしろ外見を偽らず、外を堂々と歩けるのでラッキーとも思っている。
あとそれと……ジロと同じ見た目してるからうれ……なんでもない。
「なるほど……。けど人間に先祖帰りしているけど、鬼ではあるんだよな」
「……ええ、見た目だけ人間。中身は鬼よ。ちゃんと鬼術も使えるし」
鬼術とは鬼でけが使える異能力のことだ。
「……叔母さん曰く、むしろ私は、他のどの鬼よりも、血が濃いって言ってたわ」
「血? 竜の血のことか?」
こくり、と美雪はうなずく。まあもっとも自覚はない。全部叔母の受け売りである。
「竜の血が濃いのか……。なら美雪が入った温泉も竜の湯になるのかもなぁ」
「……は? なにそれ」
「ん、ああ。ほら竜の血……体液って完全回復能力があるだろ?」
「……なにそれ? 初耳なんだけど」
ジロが説明したことによると。竜の血(体液)には完全回復能力があるらしい。
だから竜が入った温泉に浸かれば、魔力も、体力も、ケガ病気だって、一瞬にして回復することができるそうだ。
「……知らなかった」
「その叔母さんは教えてくれなかったのか?」
「……叔母さんは鬼の学者だったから。ドラゴンには詳しくないんだと思う」
たぶん。今度叔母に聞いてみないと。今どこにいるかわからないけど。
「けど竜の血が流れてるなら、ラッキーだったな。冒険者向けじゃないか」
「……どういうこと?」
「冒険者って切った張ったが多いだろ? 普通なら回復薬を飲んで体力を回復させるんだけど、おまえなら流れた血を啜ればケガ病気を一瞬で直るんじゃないか?」
ジロのアドバイスに、確かにと得心した。この男、なるほど20年も冒険者をやっていただけある。勘が良いなと思った。
「……そ、そうね。その……あ、あり……ありあり……あり」
「蟻?」
お礼を言うのが、とても気恥ずかしかった。ありがとう、ただそれだけの5文字が、口をついてくれない。
困っていると、ちょうど、車がカミィーナに到着した。ほっ……と安堵の吐息をつく美雪。……いやだから何を安堵しているんだ!
車が止まる。美雪はドアを開け、外に出る。
「それじゃ美雪。またな」
「…………うん。また」
ジロは笑うと、車を後に動かす。そして来た道を戻っていった。
車が遠くになってから、
「はぁ~~~~~~~~~……………………」
と大きくため息をついて、その場にしゃがみ込む。頬に手をやる。頬が、熱かった。
「……なんで?」
なんで、頬が熱いの? という問いかけに、美雪は即座に、こう答えた。
「……うるせえよ」
☆
ジロと別れた後、美雪は冒険者ギルドへと向かった。
クエストの予約はしているが、まだ確定にはなっていない。正式に依頼として受けるためには、手続きが必要なのだ。
美雪はそそくさと、カミィーナ・冒険者ギルドのギルド会館へと向かった。
ドアを開けると、少ないが、冒険者たちの姿は見えた。
「見ろ、氷帝だ!」
「今日も美しい!」
「結婚してえ……」
人間たちがうるさい。ジロは特別だが、こいつらは別だ。ホントうざい。
無視して、美雪は受付へと向かう。
「にゃにゃ、美雪ちゃん」
受付には、いつもの、猫獣人の受付嬢がいた。
「おはようにゃん♪ どうしたのかにゃん?」
「……おはよう。どうしたって、一昨日予約していた依頼を受けに来たんだけど」
「にゃにゃ……そう。早くにゃい?」
「……普通でしょ。8時よ。もう就労時間じゃない。早く書類出して」
「にゃー……。うにゃー……」
受付嬢が渋っている。
「……早く」
「にゃあ……わかったにゃあ……」
受付嬢から、書類を受ける。美雪は書類にサインする。これで正式に、ギルドからクエストの依頼を受けたことになる。
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依頼の種類:討伐クエスト
討伐対象:フロスト・ドラゴン
出現場所:白馬村の山中
難易度:A
===========
白馬村とは、ここから馬車で半日の場所にある、へんぴな村だ。
「……御者の手配は済んでるのよね」
「にゃー……。うんだにゃー……」
ギルド側は、遠くでクエストがある場合、そこまでの移動手段を、手配してくれるのである。
その際には、この書類(依頼書)が必要になってくる。
また白馬村に到着した際、白馬村の冒険者ギルドにもこの書類を提出いて、クエストを受けに来たと報告するのが義務づけられていた。
美雪は依頼書を受付嬢に渡す。判子を押して、それを返してきた。
美雪は依頼書を受け取った……そのときだ。
「…………」
「……離しなさいよ」
受付嬢が、依頼書を離してくれないのだ。
「嫌だにゃ……」
「……嫌ってあなたねえ」
「美雪ちゃん。聞いて」
真剣な表情で、受付嬢が言う。
「このクエスト、美雪ちゃんは単独で受けるんでしょ?」
「……そうよ、悪い?」
ソロで挑むのは、多くの金をゲットするため。パーティを組むと、そのぶん分け前が減る。
そして知名度アップのため。高難易度のクエストを、ソロでクリアしたとなれば、美雪の冒険者としての名前も広がるだろう。
「危ないにゃぁ……。だから、ひとりで行って欲しくにゃいにゃぁ……」
……この女は、いったい何を言ってるのだろうか。危ない? 確かにそうだろう。しかしそんなのこいつに何の関係があるのだろう。
「……ギルドの規約に、ソロで行っちゃだめなんてのは無いでしょ?」
「にゃいよ? 美雪ちゃんのランクは足りてる。受けることはできるよ? けど……わたしは嫌にゃ」
……ますます持って、意味がわからない。
「わたしは心配にゃんの。死んじゃうんじゃにゃいかって……」
「……心配しなくても、どうせいつか人は死ぬでしょ?」
「そーゆーこと、言ってるんじゃにゃいの!」
受付嬢が、なんだか怒っている。何を怒っているのだろう。わからない……。
「とにかく! ひとりで行かせられにゃいです! 美雪ちゃんには、ほかの冒険者たちといってもらいます!」
「他って……?」
受付嬢は脇に置いてあった書類を、美雪に手渡す。そこには冒険者たちの名前と強さが書かれていた。
「【白銀の虎】っていう、Bランクの冒険者パーティにゃ。彼らについていってもらいます」
「……Bランクって、仕事受けられないじゃない」
「パーティメンバーにAランクが1人でもいれば、Aの仕事は受けられるにゃ」
つまりランクAである美雪がいれば、このBランクの【白銀の虎】とやらたちも、この仕事を受けることができるらしい。
「【白銀の虎】はベテラン冒険者パーティにゃ。リーダーのケインさんは特に手練れだにゃ。集団での戦い方をよく心得てるにゃ」
ケイン……?
聞いたことの……ない名前だった。
「彼らがいれば安心して、美雪ちゃんをクエストに行かせることができるにゃ」
「……私じゃ、チカラ不足だって言いたいの?」
「違うにゃ! 美雪ちゃんは強いよ? けどなにがあるかわからにゃいじゃない!」
「……何もないわよ。1人で行かせて」
「どうして!?」
どうしてだって? 決まっている。
「……こいつらと一緒に行って、クエストを達成したら、【白銀の虎】の手柄になっちゃうじゃない」
そう、単独で倒せば、「美雪という冒険者がフロスト・ドラゴンを倒した!」となるが。
パーティと一緒にいけば、「白銀の虎が倒したぞ!」となってしまう。美雪の名前を売りたいのに、それでは意味が無いのだ。
「ばかっ!」
ぺちんっ!
……と、受付嬢に、頬をはたかれた。
「…………」
「あんたを心配してる人に、申し訳にゃいって思わないの!?」
私を、心配してくれている人……。
そう言って、すぐに思い浮かんだのは、母と、そして……。
「…………わかった」
振り切るように、首を振るう。
「……1人じゃいかない」
「ホント? ほんとに?」
「……ええ、本当に」
「絶対に1人で行かにゃい? 絶対の絶対に?」
「……ええ、絶対の絶対に、ひとりじゃ行かないわ」
……ということに、しておく。
「そっか。良かったぁ……」
ほぅっ、と受付嬢が安堵の吐息を漏らす。変な女だ。こんな見ず知らずの人間(鬼だが)を心配するなんて。
「それじゃあ、ちょっと待ってて欲しいにゃ」
「……待つって?」
「ケインさんたちは明け方まで仕事してて、今寝てるにゃ。夕方にならないと顔を出さにゃいと思うから、それまで待ってにゃ」
冒険者は結構、不規則な生活をしている。明け方までダンジョンに潜っていて、朝に帰り、夕方に顔を出すなんて普通だ。
昼夜が逆転している冒険者だっている。だからケインが夕方に顔出すと言っても、不思議じゃない。
不思議じゃないのだが……。
「……夕方、か」
……ジロの顔がよぎる。夕方には、迎えに来てくれる。彼が。来てしまう。
「…………」
だから、なおのこと……。
夕方までには、仕事を、終わらせたかった。
「……了解。待ってるわ」
美雪はそう言って、うなずく。受付嬢はホッと吐息をついた。
「それじゃあ依頼書はこっちで預かってるにゃ。ケインさんたちが来て、メンバーがそろってから、改めて渡すにゃ」
「……了解」
舌打ちしかけて、とどめる。ちくしょう、依頼書渡してくれよ。面倒だな。
……まあ、大丈夫だけど。
美雪は受付嬢に別れを告げて、その場を後にする。
ギルドを出て、そのまま美雪は、街の外へと向かう。
街の外には、馬車がいくつも止まっていた。これに乗って、街の外へ出て行くのである。
美雪は、暇そうにしている御者を見つけて、声をかける。
「……冒険者よ。クエストをしにいく。白馬村まで連れて行って」
美雪は御者に言う。
御者の親父は、
「了解。で、依頼書は?」
そう、御者を使うためには、依頼書の提出が必要となるのだ。
……依頼書は、受付嬢が持っている。手元にない。だから馬車には乗れない……のだが。
「……はい」
と言って、美雪は【それ】を手渡した。
「ん。ちゃんとサインとギルドの判子が押してあるな。よし、お嬢ちゃん。後ろに乗りな」
御者はそう言って、美雪に乗車許可を出したのだ。
依頼書は、受付嬢が持っているにも関わらず。
「……ありがと」
美雪は荷台へと乗る。
「しっかしこの依頼書、やけに冷たいなぁ。まるで氷じゃないか」
と、御者が不満げに、ぶつくさ言う。
「……あとそれ、ギルドからの正式な依頼書だから。曲げたり折ったり絶対にしないでね」
「はいはい。そのへん、ちゃあんとわかってるよ。念なんて押さなくてもね」
「……なら良いわ」
曲げたり折れたりしたら、【それ】が偽物だと、バレてしまうからな。ぽきっと折れちゃうから。
まあちょっとトラブルはあったものの、とにかく、無事依頼を受けることができた美雪。
あとはそのフロスト・ドラゴンとやらを倒す。それで依頼は達成。
夕方までには帰ってきて、ジロの運転で孤児院へ戻るだけだ。
楽勝だ。そう、やれる。自分には無敵の【氷結】異能がある。
だからフロスト・ドラゴンなんて……余裕だ。
次回もよろしくお願いします!




