138.善人、子供たちの枕元にプレゼントを置きに行く【後編】
いつもお世話になってます!
子供たちの部屋へ行き、クリスマスプレゼントを置きに行った俺。
寝ている子供たちに順調にプレゼントを置いていった。残りはコンだけ、というところになって、コンに見つかる。
話はその数秒後。
「サンタさんっ! サンタさんっ! いらっしゃい!」
パジャマを着たキツネ娘が、俺の腰に抱きついて、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
「ほんものだっ! ほんもののサンタクロースだっ!」
コンの、普段とのテンションの差に、俺は驚く。普段はもうちょっとオマセな感じがあるのだが。今は年相応の、無邪気さを発揮していた。
サンタクロースを信じてくれたことに対して、嬉しく思う。純粋さを持ってくれていたことが喜ばしい。
そしてホッと安堵する。良かった、サンタの格好をしておいて……。
最後に……俺はしゃがみ込んで、コンの前で「しーっ」と口の前で指を立てる。
コンが「しまった」と言って、口を閉じる。
「夜だから……じゃからな。大声だして、みんなを起こしちゃいけないよ」
「…………」こくこく。
コンがうなずいたのを確認した後、俺は、言う。
「それにしてもお嬢さん。俺……私をきみはサンタだと言ったね」
「……うんっ」
声のボリュームを下げて、コンが大きくうなずく。
「けどお嬢さん。そんなに簡単に、見ず知らずの人間に近づいちゃいけないよ」
俺をサンタと信じてくれたのは嬉しい限りだが、しかしそこはきちんと注意しておかないといけない。
「もし泥棒だったらどうするんだい?」
「それは……そうだね。ごめんなさい」
ぺこっ、とコンが頭を下げる。ちょっと申し訳なかった。
「けどねっ!」
バッ……! とコンが顔を上げる。きらきらと目が輝いていた。
「みーはわかってたよ。サンタさんは、サンタサンだって。だってね」
にこっと笑ってコンが言う。
「まず窓から入ってきた。ここは二階だよ? ふしぎなちからで入ってきたに違いない」
コンが指を2本立てる。
「2つめ。あなたがサンタさんの格好をしたおじいちゃん。泥棒さんにしては、目立ちすぎる格好だよね」
「そうだな。その通りだ」
この子はやはり聡い。
そして……とコン。
「3つめ。これが一番の理由」
コンが子供たちの眠っているベッドを見やる。枕元の、プレゼントを指さして、
「子供たちに、プレゼントを置いていた。そんなひとが、泥棒のわけないよ」
……ああほんと、賢い子供だな、この子は。俺はしゃがみ込んで、彼女の頭を撫でる。
「いかにも、私がサンタクロースだ……じゃ。きみを試すようなマネして、ごめんな」
するとコンが笑顔で、ふるふると首を振る。
「ううん、良いよ。だってサンタさんの言ってたことももっともだもん。知らないおじちゃんについて行っちゃダメなのは、そのとおりだよね」
「ああ。君は言わなくてもわかるだろうけど、今後は知らない人がいたら、よく見て、危ない人だと思ったら、大人の人のところへ行きなさい」
俺の言葉に、コンは真剣に耳を傾けていた。ややあって、
「うん!」
と大きくうなずく。俺は彼女の頭を撫でると、キツネ耳・しっぽが、ぶるんぶるんと元気よく動く。
さて。
サンタである俺と、起きていたコン。あまり長いことしゃべっていると、ぼろが出てしまうかも知れない。
だから俺は彼女にプレゼントを渡して、すぐに出て行こうとした……そのときだ。
「サンタさん。みーね、サンタさんに渡したいもの、あるの!」
コンが笑いながら、俺を見上げてくる。
「渡したいもの?」
「うん! ちょっと待ってて!」
そう言って、コンがその場から離れる。子供部屋には、学習机が人数分、置いてある。
コンは自分の机に置いてあった、【それ】を手にとって、俺の元へ帰ってきた。
「はい! お疲れかと思って……パンケーキ作っておいたの!」
皿の上には、手作りと思わしきパンケーキが載っていた。
「君の手作りなのか?」
「うんっ!」
「そっか……ありがとう。いただこうかな」
せっかくコンが作ってくれたのだ。まさか食べないわけがなかった。本当に嬉しかった。子供たちがこうして、俺のためにパンケーキを作ってくれたことが。
……まあ、俺に、というか、サンタクロースにであるんだけど。すまん。
俺はコンのベッドに腰かける。彼女は俺の隣にちょこん、とお行儀良く正座する。
俺の挙動を、じぃっと見ている。ふぁっさふぁっさ、とキツネ尻尾が動いていた。たぶん感想を聞きたがっているのだろう。
俺はパンケーキを、お皿の上に乗っていたナイフとフォークを使って食べる。
……寒い部屋に長く置いてあったからだろう。パンケーキはすっかり冷えていた。
それでも……美味かった。
「どうですかっ?」
「抜群に美味い。きみは料理が上手だなぁ」
俺はそう言って、彼女の頭をよしよしと撫でた。
「~~~~~~♪」
コンは両手を挙げて、しっぽをぶるんぶるん! と嬉しそうに回す。
「こんなに美味しいものを作ってくれてありがとうね。お礼じゃないけど、ほら」
俺は腰につけたマジック袋から、小さな箱を取り出す。プレゼント用に包装したそれを、キツネ娘に差し出す。
「!」
コンは俺の前に移動して、両手でプレゼントを受け取る。
「これは……みーのですかっ?」
「ああ。きみへのプレゼントだ。万年筆が欲しかったんだよね」
「うん! うん! わーい!」
えへへ、と無邪気に笑うコン。
「サンタさん、ありがとー!」
「うんうん。どういたしまして」
ぎゅーっ、とコンが胸にプレゼントを抱く。そして……。
「ぐす……くすん……」
ぽろぽろ、とコンが涙を流すではないか。俺は慌てて、
「ど、どうしたんだコ……お譲さん……?」
俺はポケットからハンカチを取り出して、彼女の目元をぬぐう。
「ごめんね……。あのね……うれしくって……」
涙をちょんちょん、とハンカチでぬぐう。
「……みーね、本当はね……この世界の人間じゃ……ないの」
ぽつり、とコンがつぶやく。そう、この子は転生者。つまり俺と一緒で、地球からこの異世界へと転生してきた存在だ。
「向こうの世界ではね……奇跡も、魔法も、サンタクロースもいない……世界だったの」
俺はコンを、よいしょと抱っこする。ぽんぽん……と背中を撫でた。
「みーね、小さいときから、体が弱かったの。心臓が弱くってね。ずぅっと、入院してたの……」
「…………そうなのか」
こくり、とうなずく。
「毎晩ね、寝る前にお祈りするの。神様、元気な体をください。病気を治してくださいって……。祈ったの」
けど……とコン。
「奇跡は……起きなかったの。病気は治らなかった。辛くて……苦しくて……それで……死んじゃった」
「…………」
コンは、そうだったのか。心臓の病気で、入院が長かったのか。
治してくれと神に祈っても、奇跡は起きなかった。だから、奇跡を、信じれなかったのか……。
「でもね、……けどね、ここにこれた。この異世界に、これてね、嬉しかった。魔法があるんだって。奇跡もあるんだって」
そう、ここは魔法のある異世界だ。奇跡だってあるんだ。
「奇跡も、サンタさんも、いるんだって。嬉しくなって……ああ、ここに来て、本当に良かったって……思ってるの」
「そうか……。コンは、この世界好きなんだな」
俺の問いかけに、コンが力強くうなずく。
「魔法もあった。奇跡もあった。サンタさんもいて、たくさんの友達がいて、温かい食事と、満ちたりた毎日があって……だから、だからね、すっごくすっごく、ここが好き! この世界と、この孤児院のこと……とっても大好き!」
俺は……俺は、心から嬉しかった。そんなふうに、子供から言われて。嬉しく思わない人間は、いないだろう。
「あ、でもね。このこと、みんなには内緒ね」
しーっ、とコンが指を立てる。
「みーはね、謎おおい、ミステリアスで、クールな大人の女なの。さっきのセリフは、ちょっとほら、子供っぽいかなって」
「そうかな?」
「そうだよ。だからさっきのは、みーとサンタさんとの、ふたりだけの秘密だからね」
しーっ、とコンが再び言う。
「ああ、わかった。きみと私との秘密だ」
ふふ……と俺とコンは笑い合う。
「それじゃお嬢さん。私はそろそろ行くよ」
「あ、そうだよね。他の子供たちにプレゼント配らなきゃだもんね」
コンは名残惜しそうにしながらも、しかし直に、言うことを聞いてくれる。
俺はコンを下ろす。
「それじゃあ、早く眠るんだよ」
俺は窓際に移動。
窓を開けて、足をかけて、桟によいしょと乗る。
「うん! トナカイさんにもよろしくね!」
……コンの言葉に。
……俺は、しまったと思った。
トナカイ。そうだ。サンタはトナカイに乗ってきているじゃないか。
「サンタさん、どうしたの? はやく空飛ぶトナカイに乗って、ほかの子供たちのとこへ行かないと」
……冷や汗が出る。しまった。そうだ。そうだった。サンタは空飛ぶトナカイに乗って、そりを引きながら働く。
俺はここへ来るとき、【飛行】の魔法を使ってきた。当然、トナカイなんて使ってない。
「サンタさん……?」
コンが俺をじっと見てくる。やばい。ここでトナカイはいないと言うのはたやすい。しかしそうすると、コンのイメージを、夢を壊すことになる。
どうするか……と思った、そのときだった。
……ボスッ。
と、俺の頭に、後から。何か冷たい物がぶつかった。
なんだ……と思って振り返る。そこには、美雪がいた。
口をパクパク動かして、隣を指さす。
美雪の隣には【それ】があった。
「…………」
なぜ、あったのかわからない。だが俺は彼女が救援を出してくれているのだと、すぐに察した。
俺は魔法を発動する。【それ】が宙に浮いて、俺の側までやってくる。
そして……。
「空飛ぶトナカイさんだぁああああ!!」
コンが叫ぶ。
そう、俺の背後、窓の向こうには、空に浮かぶ、トナカイ。
そしてトナカイの後ソリがあった。
ほっ……と俺は安堵する。
「ああ。それじゃあ私は、仕事にもどるよ」
俺は窓に足をかけて、ジャンプする。ソリの上にのっかかった。ぐらつくが、魔法をかけているので、すぐに安定する。
コンが窓から、にゅっ、と顔を出す。俺と、空飛ぶトナカイを見て、目を月のように輝かせる。
「いたんだ! 本当に! 空飛ぶトナカイも! サンタクロースも! 奇跡は全部あるんだねっ!」
俺は微笑んで、大きくうなずいた。
「また会おう! それまで良い子にしてるんだよ」
「うん! みー、良い子にしてる! ずっとずっと! 死ぬまで良い子でいる! だから!」
コンは目に涙をためながら、大きな声で、言った。
「またねぇええええ、サンタさぁああああああああん!」
俺は魔法でソリを動かす。ソリと、トナカイを魔法で動かした。空に浮かびながら、俺はその場を後にしたのだった。
☆
その後、俺は上空から、美雪の姿を探した。
彼女はすぐに見つかった。
俺は魔法を調整して、彼女の隣へと降り立つ。
「……お疲れ」
つくなり、彼女が俺にそう言ってきた。
「ああ。美雪も寒い中ありがとうな」
「……なにが?」
俺はソリから降りる。
トナカイと、ソリを見て、俺は美雪に言う。
「これ、おまえが用意してくれたんだろ?」
帰り際。俺はトナカイの用意をしてないことに焦った。
頭にぶつかったのは雪玉だった。下で美雪が待機していて、雪玉を俺にぶつけてきたのだ。
そして彼女の隣には、本物そっくりのトナカイ、そしてソリがあったのだ。
「…………」
美雪は、ぱちん、と指を鳴らす。
するとソリと、トナカイが……溶けた。それは水になって溶けていく。
やがて水たまりができた。
「すごいな。氷でできてたのか」
「……そう。氷の【模型】」
「おまえの鬼術で作ったのか?」
「……そう。私は氷を自由自在に操れる。見た目も、色も、思いのまま」
「はぁー……すげえ能力だな」
美雪が作ってくれた、本物そっくりのトナカイの模型。
「……飛んでたのは、どうやったの?」
「ん。ああ、【空中浮揚】って魔法があるんだ。ものを浮かす魔法を使ってさ」
そうやって、俺はあの場を退散したわけだ。
「…………あっそ」
美雪はそう言って、俺の元から離れようとする。孤児院へ向けて歩いて行く。
「美雪」
「……なに?」
俺は彼女の隣へ移動する。そして頭を下げる。
「ありがとう。おまえのおかげで助かった。あの子の夢を壊さずにすんだ。本当に……本当にありがとう」
俺が言うと、美雪は「別に……」と言って押し黙る。
俺は顔を上げる。彼女は目をそらす。
「ああ、うん。わかってるよ。別に俺のためにやったんじゃないんだよな。コンのためにやってくれて、ありがとう」
俺がお礼を言った、そのときだ。
「……違う」
と、美雪が言ったのだ。
「違う?」
「……うん、違うわ」
美雪は、じっと俺を見やる。目を見て、ふっ……と口元をほころばす。
「……あなたのために、やったのよ」
……意外すぎる言葉に、俺は目を剥いてしまう。俺のため……?
「……じ、じろじろみんな!」
顔を赤らめて、美雪が顔をそらす。
「あ、ああ……ごめん」
「……先に帰るから! ついてこないでよね!」
肩を怒らせながら、美雪が孤児院に向けて歩いて行く。
「美雪。その……本当にありがとな。あの子も喜んでるよ」
「………………」
「えっと、俺も嬉しかったぞ」
「…………………………ばか」
それだけ言って、美雪はずんずんと進んでいった。あとには俺だけが残される。
見上げると、そこには良く晴れた冬の夜空が広がっていた。
ふぅ……っと大きくと息をつく。真っ白な息が上がる。やがて空に溶けて、着ていったのだった。
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次回もよろしくお願いします!




