138.善人、子供たちの枕元にプレゼントを置きに行く【前編】
いつもお世話になってます!
子供たちがケーキを食った、数時間後。
深夜。俺は孤児院の裏庭に、1人立っている。
「……さみぃ」
今日は雪が降ってない。空はよく晴れている。月が大きく、まん丸の姿で浮かんでいた。
吐く息が真っ白になる。体が芯から震える。
「……行くか」
俺は懐から、瓶入りの薬を取り出す。コレットからもらったそれを、俺は一気に飲む。
視界が、ブレる。次の瞬間には……身長が変わっていた。
「お、おお……すごい。さすがコレットお手製」
腕や足を見やる。ちゃんと【変化】できてることを確認。
「さて……プレゼント置きに」
行くかと思ったその矢先のことだ。
「……ねえ」
と、背後から、誰かが話しかけてきたのだ。誰だと思って振り返る。まさか子供たちではないだろうが……。
そこにいたのは、黒髪の美少女だった。俺は安堵する。
「どうした、美雪?」
そこにいたのは、鬼の母・桜華の娘。三女・美雪だった。
彼女は寝間着の上にダルマ柄の半纏を羽織っていた。
「そんな格好じゃあ寒いだろ? ほら、これ受け取りなさい」
俺はポケットから、使い捨てカイロを取り出して、美雪に放り投げる。
美雪は黙ってカイロを手に取る。目を丸くしていた。
「ポケットに入れておくんだ」
「……ふぅん」
美雪が素直に、カイロをポケットに入れる。……反抗的な態度が常の彼女が、珍しく素直だった。
「それでどうした?」
「……別に。トイレに起きたら、たまたまあんたが建物の外に行くの見えたから」
「気になったのか?」
「……別に」
ふいっ、と美雪がそっぽを向く。
「……それで、その格好はなに? 赤い服に帽子って……まるでサンタクロース?」
この世界にも地球文化が、転生者とともに流入してる。サンタクロースもそのひとつだ。
「ああ」
「……あんたの姿形まで変わってるのは、なに?」
そうか。この子は【薬】のことを知らないんだよな。
「さっき俺が飲んだのは、【外見詐称薬】って言って、コレットお手製の魔法薬なんだ。飲むと見た目を自由に帰られるんだよ」
俺はコレットから、事前に薬をもらっておいた。そしてさっき飲んで、サンタの見た目(真っ白なひげ。低い身長。おじいちゃんな外見)となっている。
「…………」
「……どうした?」
美雪が俺のことを、じぃっと見やる。ややあって、口を開いた。
「……ねえ、どうして?」
美雪は俺をまっすぐに見ながら尋ねる。
「……どうして、サンタの格好してるの?」
俺は孤児院を見上げる。二階の、子供部屋の窓だ。
「今から子供たちにプレゼントを置きに行くんだが……もし子供たちが起きてたとき、【俺】だったらがっかりするだろ?」
子供たちはサンタが来ると、本気で信じている。だのに変身前の俺がやってきたら、そりゃ落胆するだろう。
しばしの沈黙の後、美雪が口を開く。
「……あんたは」
口を一度、閉ざす。美雪が窓を見て、そして俺の格好を見て言う。
「……魔法薬まで使ってサンタクロースになって。窓から入って子供たちの部屋に行く。どうして……そこまでするの?」
どうやら美雪に、俺の仕様としていることを見抜かれたみたいだ。コンは、子供たちにこう言っていた。
【サンタさんはね、煙突から来るの。でもうちにはそれないから、窓からくるに違いない。だから窓の鍵は開けておこう!】
と。
だから俺は外から侵入しようとしているわけだ。その場に美雪もいたから、察しがついたのだろう。
……さて、どうしてそこまでするのかか。
答えは決まっていた。
「そんなの、子供たちの夢を壊さないために決まってるだろ?」
サンタは実在しない。大人になれば、そんな単純な事実には誰だって気付くだろう。
だがそれでも……子供のうちは無邪気に奇跡や希望を信じていて欲しい。
夢を、希望を、あの子たちには持って、大人になって欲しい。そうして自分たちが感じた幸せを、また次の子たちへと繋いで行ってもらいたい。
「……ばかみたい」
美雪がつぶやくように言う。
「……そこまでしても、中の子たちはきっと寝てるわ。あんたの努力は、あの子たちに伝わらないのよ?」
「だろうな。けどそれで良いじゃないか。伝わらなくてもさ」
「…………」
美雪が視線を落とす。
「……あんたって」
ぽつり、と美雪はつぶやく。
「……お人好しの、バカなのね」
「違いないな」
俺が答えると、美雪は……。
美雪は……。
ふっ……と、微笑んだように、俺には思えた。
だがすぐさま表情を引き締める。
「……早く行けば」
「ああ、そうするよ」
俺はその場でしゃがみ込む。俺の履いている靴には、【飛行】の魔法が付与されている。
体が軽くなり、ふわ……っと浮く。
俺はそのまま、子供たちの部屋の窓まで移動。からりと窓を開けて、俺は中へ侵入する。
「…………」
すぐさま窓を閉める。部屋の中を見渡す。寝息が聞こえてくる。どうやらみんな寝ているようだ。
日付が変わるくらいの時間だからな。そりゃみんな寝てるだろう。
「よし……」
俺はまず、一番近かったキャニスの元へ行く。
「んが~…………ぐぅ~…………」
大きく口を開けるキャニス。
「よっと……」
俺は腰につけたマジック袋から、ずおっとプレゼント箱を取り出す。
この袋には、魔法が付与されており、どんな大きな物でも、いくらでも入れることができるのだ。
ベッドの脇に、長めの、包装されたプレゼントの箱を置く。
「……キックボード。確かに置いたぞ」
それは最近、商人のクゥのところが発売したおもちゃだ。ボードに二輪がついており、そこから棒が伸びている。
一見するとスケボーに自転車のハンドルがついてるような乗り物だ。ここに足を乗っけて、足で蹴って地面を滑るのである。
続いてラビ。
「……ドールハウスか。ラビらしいな」
正方形の大きなプレゼント箱を、俺はキャニスの時と同様、ベッド脇に置いておく。
次はレイアだ。
「……ロングソードって。まったく、危ないものを頼むなぁ」
実物を渡すわけにはいかないので、おもちゃの剣をプレゼントする。あと飼い猫のクロ用に、猫の缶詰セットを置いておいた。
レイア元を後にして、次は鬼姉妹の元へ行こうとした……そのときだ。
「……くしゅんっ」
と、くしゃみをする声がする。振り返る。誰か起きてるのか? と思って、顔を見渡すが、みんな安らかな寝息を立てていた。
「……気のせいか」
俺は気を取り直して、鬼姉妹の元へ行く。
「んぅ……」
「ぐー…………」
姉と妹は、仲むつまじく、横を向いて、向かい合って眠っている。
「……あやねはお絵かきセット。アカネは大きなクマのぬいぐるみか」
他の子たちと同じく、俺はベッドの脇に箱と、そしてリボンを巻いたクマのぬいぐるみを置く。
「さて……残りはコンか」
俺は最後の、コンのベッドへと向かう。
布団が、こんもりと盛り上がっていた。
「中で丸くなって寝てるのか……?」
息苦しくないのだろうか。俺は心配になる。
俺はコンの布団に近づく。めくって、彼女をちゃんと正しい位置に寝かしつけようとした……そのときだ。
がしっ。
と、中から手が伸びたのだ。
「なんだっ?」
と俺が驚いた直後だ。
「サンタさん! きたぁああああ!!!」
布団の中から、目を輝かせたコンが、出てきた。その目は星空のように輝いて庵、そしてキツネ尻尾は、ヘリコプターのように回転してるのだった。
次回もよろしくお願いします!




