134.善人、子供たちにイルミネーションを披露する
いつもお世話になってます!
俺が美雪に、ディナーの依頼を出してから、数日後。
ついにクリスマスイブ当日になった。
時刻は夕方。俺は外での作業を終えて、孤児院の建物の中へもどってきた。ガラス戸を開けて、1階ホールへと入る。
「ふぅ……」
部屋の中は温かい。暖房が良く効いていた。冷たくなっていた手足に、じんわりと血液が通うような感じがする。
「おっと、そうだった。忘れずに」
俺はくるっと振り返り、ガラス戸の前に立つ。そして遮光カーテンを、しゃっ! と引く。中から外の様子が見えないようにする。
「これで良し、と」
子供たちが喜んでくれると良いのだが……と思っていたそのときだ。
「ジーロくん。お疲れさま♪」
食堂の方から、金髪のエルフ嫁がやってきた。エプロンの胸部が、ふっくらとふくれあがっている。
「コレット。お疲れ。料理はどうなった?」
「ばっちりよ。桜華もいたし、それに美雪ちゃんもいたから」
はいこれ、とコレットがマグカップを渡してくる。中身は熱々のブラックコーヒーだった。
ありがたい。外に出て、体が底冷えしていたからな。俺は一気にコーヒーをあおって、からになったカップをコレットに渡す。
「でもすごいわ美雪ちゃん。あんなにお料理が上手なんて」
「そんなにうまかったのか?」
「そりゃあもう」
料理上手のコレットが、上手いというのだ。美雪の技量はそうとうなものなのだろう。
「ただちょっと空気が……」
「空気? ああ……。うん」
今日はコレット、桜華、そして美雪の3人で料理を作っていた。鬼親子は今、微妙な空気感をかもしだしている。
コレットが間に入って、3人で料理したそうだ。ふたりとも無言だったとのこと。
「もう、仲の良い親子に戻れないのかしら……?」
「……大丈夫だよ。すぐまた仲良くなれるさ」
そう言うのは、気休めというのだろうか。いや、そんなことはない。知性があり、言葉が通じるのなら、人はわかりあえると俺は思う。
そんな風に会話していた、そのときだ。食堂の方から、ショートカットの黒髪美少女ができた。
「美雪。お疲れ」
「……ちっ」
美雪は鬼なのだが、ツノを持たない特別な鬼なのだという。ぱっと見で本当に、日本人にしか見えなかった。
それもトップクラスの美少女だ。雑誌に載っている女子高生モデルように美しい。
「手伝ってくれてありがとうな」
「……別に。お金もらっているし、それに何度も言ってるけどあんたのためじゃないから。あの子たちのためだから」
ふんっ、とそのまま、美雪が俺たちの前を通り過ぎようとする。
「美雪」
「……なに?」
立ち止まって、不機嫌そうに美雪が言う。
「もうすぐ子供たちがやってくる。どうだ、一緒に?」
「……はぁ?」
ぎろっとにらんだ状態で、俺を見上げてくる。
「……なんで私が」
と言った、そのときだ。
「おにーちゃぁあああああん!!!」
孤児院1階、西側の部屋の廊下から、いぬっこキャニスがやってきた。
「腹減った、です!!!」
キャニスは頭にバスタオルを巻いている。さっきまでプレイルーム2で水泳していたのだろう。
キャニスの後から、残りの子供たちがだだだっ! とやってくる。
「お、みゆみゆおるやーん」
「みゆきちゃん、どうしたのです? いつもお仕事なのに?」
コンとラビが、美雪を見上げて言う。彼女はしゃがみ込んで、ふたりの頭を撫でる。
「……今日は特別。ここでお料理作ってたの」
そう言って美雪は……。
美雪は、微笑んでいた。
「…………」「…………」
俺とコレットは、顔を見合わせて、目を見開く。
「……なに?」
すぐさま、美雪が不機嫌そうに、俺を見上げてきた。
「あ、いや……。笑うとより美人だなって思ってさ」
「………………あ、そ」
ぷいっ、と美雪が俺から顔をそらす。子供たちが美雪に声をかける。
「なぁなぁみゆきおねーちゃん。今日はずっと家にいやがるです?」
「……そうね。もう今日は外に出ないわ」
すると子供たちがぱぁっ……! と表情を明るくする。
「ならよぉ! ぼくたちと一緒にクリスマスやろーぜ、です!」
にぱーっとキャニスが笑う。子供たちが「「「いいねー!」」」と同意する。
「……えっと」
美雪が困ったように、その美しい眉を八の字にする。
「おねーちゃー……ぁん。一緒にごはんたべよー……ぉよ」
「最近ずっと美雪姉ちゃんと食ってないから……その……前みたいにさ」
鬼姉妹が潤んだ目で美雪を見やる。美雪は下唇を噛んだ後、ふっ……と微笑む。
「……そうね。そうしようかな」
「「「わー!」」」
えへへ、と子供たちが晴れやかに笑う。美雪も淡く微笑んでいた。……しかし、意外だ。
こんなにも、年相応に笑うことのできるんじゃないか。
「……別に笑えないわけじゃないから。あんたが嫌いなだけだから」
ふんっ、と美雪はそっぽ向く。何はともあれ、みんなでクリスマスのお祝いができて、良かった。
さておき。
「なあなあ! おにーちゃん!」
くいくい、とキャニスが俺のズボンを引っ張る。
「どうした?」
「点灯してーです!」
ぶんぶんぶん! とキャニスが犬しっぽを振り乱して言う。
「そうだな。クリスマスツリーの点灯するか」
「「「しゃー!」」」
俺たちのいる孤児院1階ホール。部屋の片隅には、でっかいもみの木が置いてある。
そこには飾り付けが施されていた。子供たちと協力して、星のかざりだったり、リースだったり、色んな物をぶら下げているのである。
そして電飾が、点灯されない状態で、クリスマスツリーにつけられている。
俺とコレットに美雪。そして子供たちは、クリスマスツリーの前へと移動。
「これがスイッチな」
電飾のスイッチをキャニスに手渡す。
「んじゃこれをつけたい人! 手ぇあげろ!」
キャニスがみんなの前で言う。
「ら、らびは良いかな。やりたいひとがやって良いと思うのです」
えへへ、とラビが笑って言う。控えめな性格なのだ、この子は。
「じゃあみーがやる」
ばっ! とコン。
「じゃあれいあがやるじゃない!」「みー!」
ばばっ! とレイア。
「おいらがー……ぁ」「アタシが」
しゅばっ! と鬼姉妹が手を上げる。
ラビだけが手を上げてない状態だ。じっ……と子供たちの視線が、ウサギ娘に集まる。
「あう……恥ずかしいのです……」
顔を手で隠して、俺の方へやってくる。俺はラビを抱っこする。
「ほら、他の子たちみんな手を上げてるぞ。ラビはいいのか?」
「でも……でもでも……。だって他にやりたいって人がいるのです……」
「他のこの話はしてないよ。おまえはどうなんだ?」
俺が言うと、ラビは小さく、
「じゃあ、らびも……」
と手を上げる。その瞬間だった。
「「「どうぞどうぞ!」」」
笑顔で、子供たちが、ラビに手を向けた。
「おめーがやれや、です」
「ええっ? で、でもぉ……」
コンが俺の肩に乗っかり、
「へいラビ。みんなラビがやって欲しいってさ」
「「「うんうん」」」
子供たちがうなずいてる。
「ほ、本当にいいのぉ……?」
「「「よいよい」」」
子供たちが笑顔でうなずく。
「ほら、みんながおまえのために順番譲ってくれたぞ。良かったな、良い友達がいて」
「うん! らび自慢の……らびの大好きなお友達! みんな、だいすきなのです!」
「「「いやぁ……てれるなぁー……」」」
えっへ~♪ と子供たちが頭をかく。
俺はラビを下ろす。キャニスがラビに、電飾のスイッチを手渡した。
「にーさん、これどうすればいいのですっ?」
ラビがキラキラと目を輝かせて言う。うさ耳がパタタタタッ! と嬉しそうに羽ばたいていた。
「親指でその突起を上に上げるんだ。できるか?」
「できるのです!」
ラビがスイッチを手に持つ。
「へいみなのしゅー。カウントダウンだ」
コンが俺の頭の上に乗っかって言う。ノリノリだなぁ。
「さん!」とキャニス。
「にー……ぃ」とあやね。
「「「いーち!」」」とみんなで。
「ていやー!」
ラビがスイッチを、かちっ、と上に上げる。すると……。
パッ……! と電飾の明かりがついた。
「「「いーねぇ!」」」
子供たちがパチパチパチ! と拍手する。コレットも……そして、美雪もしていた。
「ぴかぴかってきれーでやがるです!」
「ぴっぴかちゅー」
「コンちー……ゃん。なにそれー……ぇ」
「ぴっかぁ!」
子供たちがツリーの前でわぁわぁと嬉しそうにはしゃいでいる。
「きれいだー……ぁね」
「これどうやってんだろうな、姉貴?」
俺は子供たちの前にしゃがみ込んで、近くの電飾を指さす。
「豆電球っていうのが入ってるんだ。電気を通すとこの中の芯が熱くなって輝くんだよ」
「「「…………?」」」
「すまん、むずかしかったな。とにかく電源を入れるとぴかぴかになるんだよ」
「「「そういうことか!」」」
子供たちがツリーの前できれーきれーと連呼する。
「ふふふ、みなのしゅー。その程度で喜んでるようじゃあ、次に腰抜かすよ?」
きらん、とコンが俺の頭の上で、どや顔になる。
「おいコン。どゆことだよ?」
「みーは見ました。さっきにぃが、お外で凄いことしてることに」
ふふふ、とコンがにやりと笑う。
「おまえ……見てたのか」
「もちろんよ。にーのサービス精神に脱帽してたとこさ。寒いのにてんきゅー」
わしゃしゃ、とコンが俺の頭を撫でる。
「良いってことだ。みんなが喜んでくれるのが1番だよ」
「にぃのそゆとこ好き」
コンがぴょんっ、と飛び降りて、華麗に着地する。
「みなのしゅー、窓際に集まってください」
子供たちが、ととと、と移動。カーテンの前にコンが立つ。
「にぃ、みーがやって良い?」
「良いぞ。任せた」
「まかせれぃ」
コンがカーテンを手に持つ。
「みなのしゅー、刮目せよ……!」
コンがカーテンを持って、しゃーっ、と移動する。ガラス戸が出現し、その向こうの様子が見える。
そこには……。
「「「すっごぉおおおおおおおおおおおおおい!!!!」」」
子供たちが大きな歓声を張り上げる。
窓の外、森の木々には、電飾が巻かれていた。
「サンタさん! おいコン! ぴっかぴかに光るサンタさんがいるです!」
電飾を様々な形で、木に巻き付けてきたのだ。
「トナカイさんもいるのです!」
「おほしさまもあるよー……ぉ」
「ふしぎすぎじゃない! ドラゴンもいるわ! れいあちょっとお外見てくる!」
レイアが窓ガラスを開けようとしたので、俺は後から抱っこする。
「お外寒いから、ここから見ような」
「ちぇ。まあお兄ちゃんが言うならそうしてあげるわ。感謝なさい!」
他の子たちが、窓ガラスにぶにっ、とほっぺをつけて、外の様子に見入っていた。
「なんじゃこれなんじゃこれー!」
「規模が桁外れなのです!」
「すっごいなー……ぁ」
「な! な! きれーだよな!」
日が暮れて、夜の森。木々に巻かれた電飾が、色んな形を取って、ぴかぴかと輝いている。
子供たちは目をキラキラさせながら、「あっちにクマさん!」「こっちにはウサギさんいるよー……ぉ」「きつねさんもおるやんけ。センスよしこちゃん」
わあわあ、と笑っていた。
「……ねえ」
「ん? どうした美雪」
すっ、と美雪が俺に近づいて言う。
「……これ、あんたが用意したの?」
美雪が外の電飾を指さして言う。
「ああ。木に電飾を巻き付けて、ああして絵とかを作るのをイルミネーションっていうんだ」
「……ふーん」
子供たちがきゃっきゃとはしゃいでいる。コレットも子供たちと一緒に「すごいわねー。さすがジロくん!」「「「さすジロ!」」」と笑っていた。
「……ねえ、なんで?」
美雪が俺をじっと見つめて言う。
「なんでって?」
「あれってあんたが作ったんでしょ。なんでそんなことするの? こんな寒い中に」
まあ日があるうちから作業していたので、そこまで寒くなかったが。しかし夕方近くまでかかってしまったので、最後のほうは確かに寒かったな。
まあでも、俺の中の答えは一つだけだ。
「子供たちが喜んでくれる。それだけだよ、俺の原動力は」
「……寒い中、あんな高いところの木にまで登ったりするのも?」
「もちろん。大きな絵を描いた方が、みんな喜んでくれるかなって」
「……1ゴールドにもならないのに?」
「お金じゃないよ。みんなの笑顔が1番だ」
「…………そう」
美雪が子供たちと、そして俺を見てつぶやく。
「……あんたみたいのも、いるのね」
小さく何かを、美雪が言っていた。だが小さすぎて、聞き取れなかったのだった。
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次回もよろしくお願いします!




