133.三女、高難易度のクエストを予約する
いつもお世話になってます。
ジロからクリスマスの依頼を受けてから、数日が経過した。
明日はいよいよ、クリスマスイブ。クリスマス会の前日。
その日の夕方。カミィーナの街にて。
鬼である桜華の娘、三女の美雪。この日もクエストを終え、ギルドへと帰ってきた。
ドアを開けて、ギルド会館へ入る。しん……と静まりかえる。なぜだか知らないが、人間たちはこっちに注目してくる。
……まあ、どうでも良いが。人間なんてどうでも良い。嫌いだ。関わりも持ちたくないし、興味もない。
美雪はギルド会館の中を歩く。目的は今日のぶんの報酬をゲットするためだ。
「ちっ…………」
知らず舌打ちが出る。思ったように金が貯まらない。ソロで冒険者をやって二ヶ月。だいぶ高いランクの依頼をこなせるようになってきた。
しかしそれでも、限界のような物を感じてきた。単独でだとどうしても、数をこなせないのである。
できるだけ数を倒してきてくれ、という依頼は、美雪には不向きだ。自分は火力はある。だが数多くのモンスターを倒せるほど、自分の異能は連発できない。
美雪は、魔法剣士と、ギルド上は登録されている。だが剣の腕など皆無だ。剣を使ってそもそも敵を倒したことがない。
自分の持つ異能力・鬼術。それを使って、美雪は数々の魔物を屠ってきた。
美雪の鬼術は【氷結】。あらゆる物を凍らせる能力だ。炎であろうと、氷であろうと、風であろうと。
全てを氷の牢獄に閉じ込める能力。また氷を自在に操ることもできる。氷で剣を作ったり、氷柱を作って上から落としたりと。
攻撃・防御・足止めと、全方向に使えるレアな能力だが、しかし問題がひとつ。
連発できないのだ。異能は魔法と違って、魔力を消費しない。しかし異能は体力を削る。
何度も異能を連発すると、美雪の体力はどんどんと亡くなっていく。ソロ冒険者なのだ。体力が尽きた後、モンスターに襲われたらどうなるか……。
想像に難しくないだろう。あるのは死。ただそれだけだ。
だからこそ、美雪は思うように、モンスター狩りができない。攻撃・防御・足止め。その全てを異能で済ませている。だからこそ異能を使う回数が多くなるが、しかし倒せる頭数が減るのだ。
もしもこれが、パーティを組んでいたら話は別だ。攻撃や防御・補助に専念できたら、もっと多くの敵を撃破できるだろう。
そうしないのは、美雪の意固地さが原因だった。
美雪は決して、他の人間と組まなかった。
人間嫌いの美雪だ。自分の背中を人間に任せることなんてできない。……もし。父のように殺されたらと思うと、ゾッとする。
ゆえに美雪は、高い能力を持ちながらも、しかし思うように金を稼げないでいたのである。
それはさておき。
「……はぁ」
美雪は吐息をついて、受付へ行く。人間の受付嬢は無視して、いつもの獣人の受付嬢のところへ行く。
獣人は良い。人間じゃないから嫌いじゃない。特に子供は好きだ。だからキャニスたちのことは気に入っているし、好きだ。
「どうかしましたかにゃ?」
「……なんでもないわ。手続きお願い」
「はいはいにゃーん♪」
猫獣人の受付嬢が、クエスト達成後の処理を行っている。その間に、美雪は次の依頼をどうしようか考えていた。
……と、そのときだ。
「おい聞いたか【氷竜】のうわさ」
「聞いた聞いた。最近に出現したんだろ、【氷竜】こええよなぁ……」
依頼書の張ってある、コルクボードの前にて。冒険者たちが、雑談していた。
「Bランク冒険者パーティがいどんでも負けたらしいぜ」
「まじで? じゃあもうAか、Sランクパーティが挑むしかないじゃん」
「けどここ南森地域の高ランクの冒険者パーティって言えば、【黄昏の竜】だろ? けどなんか遠方に出てるらしいぜ」
「マジで? じゃあ彼女たちが帰ってくるまで、【氷竜】は放置ってことかぁ……」
……それを聞いた、美雪は。
チャンスだ……と思った。
Bランク冒険者でも勝てなかった。ということは、依頼の難易度はA。高額の報酬は期待できる。
しかも討伐対象は1匹らしい。複数倒せという依頼じゃなく、1匹の討伐なら……。
美雪はその場を離れる。
コルクボードの前に移動。
「あ! 【氷帝】!」
「……邪魔」
不快そうに美雪が言う。冒険者たちは「どうぞどうぞ!」と笑顔でどいた。
……邪険に扱われたのに、なぜこの男どもは笑顔なのだろうか。変態なのだろうか。変態なのだろう。そうだろう。
「……【フロスト・ドラゴン】。通称【氷竜】……か」
達成難易度は、先日までBだったらしい。そこに斜線が引かれ、【難易度A】に変更されていた。
……このカミィーナ・冒険者ギルドにて、Aランク以上の冒険者と言えば、【黄昏の竜】と、もう1人だ。
べり……っと、美雪が依頼書をはがす。
「……まさか!」「……うっそだろ! おい【氷帝】が挑むぞ!」
依頼書を持って、美雪は再び、受付買うウンターへ行く。
「おまたせにゃんにゃーん♪」
さっきの猫の受付嬢が、クエスト報酬を持ってやってくる。金の入った革袋を受け取り、かわりに依頼書を手渡す。
「にゃにゃ? なんですかにゃ、これ?」
「……依頼書。これ、受けるわ」
猫獣人が「ええ!?」と瞠目する。
「……難易度Aなんでしょ。なら、Aランク冒険者の私でも、受けられるでしょう?」
……そう。美雪は、たった二ヶ月で、Aランク冒険者となったのだ。
普通、1年かけて、FからEへとランクアップするというのに。破格の強さであった。
「けど……あぶにゃいよ、1人じゃ」
「……心配してくれてありがとう。けどあなたに関係ないでしょう」
「そんにゃぁ……。せめてベテラン級の、B級の冒険者パーティをつけたいにゃ。そうにゃ、ケインさんたちがちょうど空いてるのにゃ!」
ケイン……。という名前に聞き覚えは……なかった。人間の名前なんて、心底どうでも良かった。
「……良いわ。ソロで挑む」
「け、けどぉ……。それで美雪ちゃんが死んじゃったら、わたしは困るにゃ~……」
心配してくれる人がいてくれて、ちょっと嬉しかった。けど、美雪はそれよりも。早く金を稼いで、独り立ちがしたいのだ。
「……良いから。お願い」
それにソロで倒せたら、きっとランクも上がるし、名声も上がるだろう。そうすれば名指しで条件の良い依頼が来るかも知れない。
これは好機だ。逃がしてはいけない。
「わかったにゃぁー……。いつ出発するにゃ?」
「明日」……と言いかけて、
「……明後日にするわ」
明日は、子供たちのクリスマス会だ。ジロとの約束だからマモルのではない。
あのかわいい子供たちのために、料理を作ってあげたいのだ。
「ん。明後日ね。りょーかい。……本当に1人で良いの?」
「……くどいわ。それじゃ」
そう言って、美雪は受付を離れる。
「……うにゃぁ、心配にゃぁ。……いちおう声がけしておくかにゃ」
背後で猫獣人の受付嬢が、何かを言っていた。だが小声だった。美雪は聞き取れなかった。
帰ろうとかと思ったそのときだ。
「よっ、美雪」
「……なんでいるのよ」
出入り口付近に、ジロがいたのだ。
「迎えに来たよ。今日も吹雪いてるからな」
「……余計な」
「夕飯もおごろうと思ってな。まだだろ?」
「…………」
はぁ、とため息をつく。どうせここでイラナイと言っても、この男はしつこく引き留めてくるのだ。
……腹が減っているのは事実だったし。
「…………」
美雪は無言で、空いている席に座る。ジロが対面に座ってきた。むかついたので、ちょっと位置をずらして座る。
「すみません、注文お願いします」
ジロが勝手に、注文する。勝手に夕食を頼んでくる。腹立つ。まあ何が良いと聞かれても、答えるつもりは毛頭ないが。
「以上で」
ジロが注文を言い終わった。……デザートの注文はしてなかった。欲しいなとおもったそのときだ。
「あ。そうだあとジェラートください。食後に3つ」
「かしこまりました~」
給仕が注文を受け終わると、その場を後にする。
「…………」
「食べるだろ?」
「……別に」
この男の、勝ち誇った顔がムカついた。げしっ、と足を蹴る。だが向こうは体格がよかった。びくともしてない。
ムカつく。痛そうにしろし。なに平然としてるんだ。なにわかったつらして、ジェラートを頼むのだ。
「おまえジェラート好きだもんな」
「……うるさい」
ああくそ。好物を知られてしまった。こんなやつに好物を把握されてしまった。ムカつく。ムカつく。ムカつく。
……しかし気付いたのだが。そう言えば、人間に対して、自分が「邪魔、消えろ」以外の言葉を言うのは、こいつだけだ。
それに人間なんてどうでも良いと思っている自分が、この男に対してだけは、感情を向けている。
ムカつく。なんかそれが、妙にムカついた。こいつだけって言うのがほんとムカつく。
げしっ、げしっ、げしっ、とジロの足を何度も蹴る。だが彼は微笑んでいるだけだ。痛そうにもしないし、注意もしてこない。それが妙に腹立つ。
痛いっていえよ。注意してこいよ。まあ無視するけどさ。ちょっとはかまってくれーー
「…………」
自分は何を考えていた? かまって欲しいだと? ……意味がわからない。
……何なのだ、この男は。
……何なのだ、最近の自分は。
ほんと、なんなんだ……。
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