132.善人、三女にクリスマスの依頼をする
いつもお世話になってます!
俺が孤児院の子供たちとプールに入った、翌日の夜。
俺はまた美雪を迎えに、カミィーナまで向かった。
そしてカミィーナの冒険者ギルドにて。
俺は美雪と一緒に、ギルドホールで、遅い夕飯を食べようとしていた。
「…………」
「遠慮せず食ってくれ。今日は俺のおごりだから」
テーブルの上には料理が並んでいる。ステーキにサラダ。ふわふわのパンにミネストローネ。
おそらく食材は、大手商業ギルド・銀鳳商会から買った物だろう。パンとかステーキの肉とかは、俺がスキルで複製した者であるとわかった。
「……どういう風の吹き回し?」
「だっておまえ腹減ってたんだろ」
「……それは、まあ」
俺はこの日も、美雪を迎えにギルドへやってきた。そこで彼女と帰ろうとしたとき、美雪は大きなお腹の音を立てたのだ。
俺は彼女を席に座らせて、こうして夕食をおごっている次第。
「食ってくれ」
「……本当にあんたのおごりなのよね?」
「ああ、もちろん」
美雪は不審そうな視線を向けてくる。だが空腹に耐えれないのか、
「……いただきます」
と言って、スプーンを手に取る。真っ赤なミネストローネをスプーンを入れた。
香辛料のスパイシーな香り。どろりとしたスープの中には、ジャガイモやお肉が大きくカットされて入っている。
美雪はスプーンで具材をすくい、口の中に入れる。口元を手で隠しながら、はふはふと熱そうにしていた。
一口に食ったら、止まらなくなったのだろう。美雪はガツガツと料理を食べ進めていく。
柔らかいパンを半分にちぎる。焼きたての白パンからは、ふわりと香ばしい香りとともに、真っ白なパン生地をのぞかせる。
ナイフでバターをスクって、パンの上にのせる。熱でバターがとろりと溶ける。それをナイフで塗り広げた後、美雪が口に入れる。
さくっ、と噛むといい音がした。もぐもぐと美雪が口を動かす。頬に朱が指して、上手そうに目をとろんとさせていた。
「美味いか?」
「……別に。普通」
その割に美味そうに食ってくれていた。良かった。
さて……。
俺は美雪が食事をしている間、話を切り出すタイミングを見計らっていた。
昨晩は、本題を切り出す前に逃げられてしまった。今日は不興を買わないように、注意しないとな。
本題。つまり、美雪にクリスマスディナー作りを手伝ってもらうこと。
もう数日後にはクリスマスが控えている。ここで依頼できないと、準備が間に合わなくなる。
ひとしきり料理を食べて、美雪が一息つく。
「デザートでも頼むか?」
「……勝手にすれば?」
許可が出たので、俺は給仕にいって、デザートを注文する。これでデザートが来るまで、中座することはなくなった。
話を切り出すならここだろう。
「なぁ、美雪」
「……なに?」
美雪が不機嫌そうに顔をしかめる。だが美人なので、どんな顔をしていても絵になった。
整った顔つきは、深いにゆがんでいてもなお美しかった。
「実はお前に頼みたいことがあるんだ」
「……嫌だ」
「まだ何も言ってないんだが……」
即答だった。美雪はそれだけつぶやくと、調理場の方をそわそわと見やる。早くデザートが来ないかなと思ってるのだろうか。
さっさとデザートを食ってさっさと帰りたい、とでも思っているような気がする。
「……あんたの頼み、聞くつもり一切ないから」
「それは……俺が人間だからか?」
ふんっ、と美雪が鼻を鳴らす。
「……わかってるなら聞かないでよ」
「いやまあ、すまん。けど、頼みって言うのは、別に俺がして欲しいからっていうよりは、別の人のためにしてもらいたいんだよ」
「……なにそれ? 意味わかんない」
俺は美雪の目を見やる。氷のように美しい目を見ながら告げる。
「実は近々、子供たちのためにクリスマス会を開こうと思ってるんだ」
「……クリスマス会」
俺はうなずいて言う。
「催し物したり、みんなでわいわいと遊ばせたりしてな。楽しいクリスマスの思い出を、あの子たちに作ってあげたいんだ」
「…………」
美雪がじっ……と俺の話を聞いてくれている。
「そこでクリスマスの豪華な食事を作りたいんだよ。ただ、桜華とコレットふたりだけじゃ人手が不足してな。だから料理のできるおまえに頼みたいんだ」
「……あの子たちに食べさせる、料理を作ることを?」
俺はうなずく。美雪は「……そう」とだけ言うと、まただんまりを決め込む。
……難しいかな。とてもじゃないが、色よい返事が貰えるような雰囲気じゃない。
「もちろん報酬は出す。その日はおまえの、冒険者としての収入が入ってこないってことになるんだからな」
「……あ、そ」
美雪はそれだけ言って、また黙り込む。そこに給仕が、デザートを持ってやってきた。
イチゴとバニラのジェラートだ。透明な容器の上に、手のひらサイズの大きなジェラートが、ふたつ、塗り固められている。
赤に白というクリスマスカラーが実に鮮やかだ。
「…………」
美雪はじぃっと、ジェラートを見入っていた。スプーンに手をつけない。
「どうした?」
「……これ、なに?」
美雪が俺に問うてくる。
「これ……? ジェラートのことか」
「じぇら……なんだって?」
「ジェラート。アイスクリームみたいなもんだよ」
「……アイス?」
美雪はぴんときてないようだった。そうか。アイスも知らないのか。思えばこの子は、異世界人だもんな。
けどうちの孤児院では、アイスはよく食卓に並んでいるんだが。と思ったが、アイスは主に子供たちが食べていたからな。この子は食べたことなかったのだろう。
「冷たくて美味いぞ」
「……冷たくて美味しいデザートなんてあるわけないでしょ?」
ギロっとにらんでくる。
「そんなことないって。ほら、食ってみな。うちの子たちもジェラート好きなんだよ」
「……あんたがなんでそんな得意げなわけ?」
「そりゃ……まあ、銀鳳商会のジェラートだしなこれ」
このジェラート作成には、俺のアイディアとそして技術が使われている。俺も一枚作るのに噛んでいるのだ。
「……ふん」
美雪がスプーンを持つ。
「……それだけ言ってまずかったら承知しないから」
それを言うと、美雪はジェラートにスプーンを入れる。スクって、それを口に運ぶと……。
「………………」
美雪が目を大きく見開く。そして……。
「なにこれ!? 」
と、珍しいことに、声を張り上げた。それも怒ってる感じはない。気色がにじみ出ていた。
現にぱぁっ、と明るい笑みを浮かべる。頬が紅潮していた。
ハッ……! と美雪が正気に戻る。頬を赤らめながら、さくさくと食べ進める。
「美味いか?」
「……まあまあ」
「そっか」
別に、と突っぱねないのなら、気に入ったと言うことだろう。俺は給仕におかわりを二つ頼む。
すぐにジェラートが運ばれてくる。
「たくさん食べなさい」
「……こんなに食べきれるわけないでしょ」
「いらいなかったか?」
じゃあ自分で食べようと思ったのだが……。
美雪がガラス容器を、両手で使って、自分の方へと引き寄せる。二つともだ。
「……いらないなんて言ってない」
「そっか」
イチゴ味とバニラ味の組み合わせ。ブルーベリー味とバニラの組み合わせ。
そのふたつのジェラートを、美雪は実に美味そうにパクパク食べていた。
ジェラート食っている最中は、普段の強面さはなりを潜めていた。お気に入りのスイーツを食べる女子高生のように、笑顔で食べている。
この子も、こんなふうに笑えるんだなと思った。
ややあって、ジェラートを食べ終わる。
「……こんな美味しいデザート、初めて食べたわ」
ほぅ……と美雪が満足そうにつぶやく。その口にはアイスのクリームがついていた。
「美雪。ほら」
俺はハンカチを手渡す。口をぬぐうと、さすがに切れられるだろうからな。
「……なに?」
「口にクリームついてるぞ」
「…………っ!」
かぁっ、と美雪が顔を赤くする。バッ……! とハンカチを受け取り、口を乱暴にぬぐう。
そしてぽいっ、とテーブルの上に投げ捨てる。
「……いちおう、ありがと」
とちゃんとお礼を言ってきた。
「おう」
「……それ、ちゃんと洗ってよね」
ぎろっ! と冷たい視線を俺に向けてくる。
「わかってるって」
「……心配だから、やっぱ貸して」
ハンカチを俺が美雪に手渡す。
「……私が洗って返す」
「わかったよ。おまえがそうしたいならそうしなさい」
まあ美雪は女子高生くらいの年齢だそうだ。思春期ど真ん中の女の子だ。おっさんに自分の口を拭いたハンカチを、渡したくないという気持ちは理解できた。
美雪はハンカチをしまう。そして、立ち上がって、言った。
「……良いわよ」
と。
「え、なに? 何のことだ?」
いきなりすぎてよくわからなかった。
「……だから、あの子たちの料理作るの。手伝ってあげる」
それだけ言うと、美雪がギルドを出て行こうとする。俺は慌てて会計を済ませ、美雪の後を追う。
雪の降る中、彼女は歩く。俺は車のエンジンをかけて、彼女の隣まで車を動かす。
車を止めると、彼女が無言で、後部座席に乗ってきた。アクセルを踏んで、進路を孤児院へと向ける。
「その……美雪。さっきの話なんだが……本当に手伝ってくれるのか?」
「……くどい。そうだって言った。不服?」
「いや……不服なもんか。ありがとう。とっても助かるよ」
しかし、意外だった。こんなにあっさりと、美雪が了承してくれるとは思ってもいなかったから。
「……別に。あんたのためじゃない。あの子たちのためなんだから。勘違いしないで」
美雪は腕を組んで、窓の外を見やる。俺と視線を合わせないようにしている。
「本当にありがとう。助かるよ」
「……だから、別にあんたのためじゃないって言ってるでしょ」
はぁ、とでかくため息をつく美雪。
まあ、何はともあれ。美雪が手伝ってくれることになった。
あとはクリスマス会、子供たちが喜んで貰えるように、頑張るだけだ。
書籍版、絶賛発売中です!
買ってくれると嬉しいです!
次回もよろしくお願いします!




