131.三女、ウサギ娘のおねしょ処理をする
いつもお世話になってます!
ジロに迎えに来てもらった、翌朝のことだ。
鬼の三女・美雪は、自室で目を覚ます。
「…………」
時刻は5時。壁に掛けてある時計で時刻を確かめた後、すくっと体を起こす。
ここは孤児院の2階、西側の部屋だ。鬼娘たちが使っている部屋である。
桜華の娘たちは、全部で5人。2-3で別れて、部屋を使っているのだ。
ここは一花・弐鳥・美雪の部屋である。
2段ベッドがふたつあり、向かい側のベッドには、一花と弐鳥が眠っている。
美雪はベッドから体を出す。ぶるりと寒さで震えながら、のそのそと着替えていると、
「よぉ」
と誰かが声をかけてくる。……まあ、声がけしてくるのなんて、ひとりしかいないのだが。
振り返るとそこには、長女の一花が、ベッドからこちらを見ていた。
「今日も早くからご苦労様だねぇい」
「……姉さん。何か用?」
美雪は着替えながら答える。
「用がなきゃ妹に話しかけちゃあいけないのかい?」
「……用がないなら話しかけないで」
ブラをつけ、シャツを着る。黒タイツをショーツの上からはいていく。
「つれないねぇい」
姉を無視して着替えを終える。髪の毛を整えようと、手鏡を探す。
きょろきょろと見回すが、自分が使っている鏡がない。
「美雪」
「……なに?」
「ほれ。これ探してるんだろ?」
一花の手には、美雪の手鏡がにぎられていた。
「……返してよ」
「別にアタシが取ったんじゃあないさね。あんたがその辺にぽいっと捨てたあったのを、やさしいお姉様が拾ってあげたんだよ」
美雪が姉をにらみながら、手を伸ばす。
「おっと」
ひょいっ、と一花が手を引っ込める。
「……なに?」
「まあまあ、髪の毛とかすんだろ? アタシがしてやんよ」
ひょいっ、と姉がベッドから降りる。
「……別にいい」
「そう肩肘はるんじゃあないよ。ほら、後向いて」
「…………」
ここで拒否をしても、姉は鏡を帰してくれないだろう。まあ自分でとかすより楽だ。身を任せるとするか。
この部屋には学習机が3つある。イスに美雪を座らせて、姉が髪の毛をすいてくる。
「なあ美雪」
「……なに姉さん」
「あんたってどうして、冒険者やってるんさね?」
「……別に。金が欲しい。それだけよ」
姉がすっすっす、とよどみのない動きで髪の毛をとかす。
「どうして金がほしいんさね?」
「……独り立ちしたいから」
「独り立ち……。家を出たいんかい?」
「……そう。何か悪い?」
「いんや。なぁんも悪くないさ」
一花は否定してくると思ったので、意外だった。
「なぁに意外そうな顔してるんさね。アタシらにはそれぞれ自分の人生がある。ここに残るのも、出て行くのも、個人の自由さね」
「……姉さんは、ここに残るの?」
「もちろん。ここは居心地いいからね。それに兄ちゃんの女になりたいし」
「……姉さんもなのね」
ふん、と鼻を鳴らす。
「あんた意外の全員が、兄ちゃんの女になりたいって思ってるよ。あんな良い条件のオスはいないからね」
顔を見なくても、姉一花がどういう顔しているのかわかる。
姉は、あの人間を好いている。一花だけじゃない。弐鳥も、妹たちもだ。
「……姉さんなんて、嫌い」
「そりゃ兄ちゃんが好きだから?」
「……鬼のくせに、人間の女になろうってしてるから」
髪の毛が整ったのを確認した後、すっ……と姉から離れる。
「……ありがと」
「どういたしましてさね」
嫌いと言われても、姉は楽しそうにケラケラ笑っている。一花のこういう、どこと吹く風みたいなところが気に入らない。
「んじゃ、美雪。行ってらっしゃい。気をつけるんさね」
「…………」
姉に見送られ、美雪は外に出る。はぁ、と白い息を吐く。寒い。
体を揺すりながら、美雪は廊下を歩く。すると……。
「あぅ……」
「…………」
女子トイレの前で、ひとりの女の子とで会った。その子はウサギ耳を頭からはやした、少女。
名前をラビという、孤児院の女の子だ。
「えっと……あの……」
「…………」
美雪はラビを見下ろす。じっと見つめて……そして、
「……おはよう、ラビ」
ふっ、と微笑んだ。一方ラビはと言うと、
「み、みゆきちゃん。おはようなのです」
にぱっと笑って、ラビがあいさつする。ととと、とラビの方から近づいてくる。
美雪はしゃがみ込んで、ラビを抱っこしようとする。しかし向こうは立ち止まって、もじもじする。
「……どうかしたの?」
「えと……その……」
美雪はラビの下半身を見て気付いた。
「……ああ。おねしょしちゃったんだ」
「うん……」
「……そっか」
ちょっと考えて、美雪がラビをよいしょと抱き上げる。
「み、みゆきちゃんっ?」
「……パンツ変えたいんでしょ?」
「うん……。あの……でもその前におトイレいきたいのです」
美雪は微笑むと、「……わかったわ」と言って、まずは女子トイレへ行く。
用を足させた後、濡れたパンツを回収。ランドリーにパンツと、そして濡れたシーツを入れる。
美雪はラビを抱っこして、孤児院1階、内風呂へと向かう。
ラビのパジャマを脱がせて、風呂場へ。
「あの……美雪ちゃん」
「……ん? どうしたのラビ?」
ラビを木のイスに座らせて、シャワーの温度調節をする。
「みゆきちゃんは……これからお仕事なのです?」
「……そうよ。あ、お土産買ってきてあるから、キャニスたちにも渡しておいてね」
「うん。あの……そうじゃなくて。その……」
もじもじとしているラビに、美雪が首をかしげる。
「……どうしたの?」
「えっと……お仕事前なのに、その……ごめんね」
たぶんこのウサギ娘は、迷惑かけてごめんなさいと言いたいのだろう。美雪は微笑んで、
「……良いのよ。気にしないで。迷惑じゃないから」
「でもでも……」
「……もう、気にしないの」
そう言って、美雪はシャワーをラビの股に当てる。下半身を洗ってあげる。
風呂場からでて、タオルでラビの下半身を拭いてあげる。きれいなパンツとズボンをはかせる。
「……これで気持ち悪くない?」
「うん! ありがとー!」
輝く笑顔を浮かべるラビ。それを見て美雪も、心が温かくなる。
ラビを抱っこして、美雪が内風呂を出る。
「あのね、みゆきちゃん。らび……自分で部屋に戻るのです。みゆきちゃんはお仕事へ行って」
そんなふうに言ってくれるラビを見て、美雪が笑顔で、ちょん、と指でラビの鼻先をつつく。
「……いいわ、部屋まで送ってくから。こわがりのくせに、強がらなくて良いのよ」
「うん……」
ラビを抱っこして、美雪が階段を上る。廊下を渡り、子供部屋へと帰ってくる。
すると……。
「あ、おいラビが帰ってきたぞ、です!」
子供部屋の電気がついていた。そこにはパジャマ姿の子供たち(レイアのぞく。寝てる)が、心配そうにラビの元へとやってくる。
「キャニスちゃん、みんなぁ……」
美雪がラビを下ろす。子供たちがラビのもとに集まる。
「起きたらおめーがいねーからとっても心配しただろ!」
「ごめんねぇ……」
しゅん、と頭を垂れるラビ。
「ま、でも良かった。いなくなったわけじゃなくて」
「へいラビ。ひとりで出て行くの禁止ね。次からみーを起しな」
「みんなぁ……」
えへっ、と笑うラビに、よしよしと子供たちがウサギ娘の頭を撫でる。
「おいみゆきちゃん!」
キャニスが美雪を見て声をかける。
「……どうしたの、キャニス?」
ラビに向けるのと、同じ、微笑みながら美雪が言う。
「うちのラビがめーわくかけたな。すまねえです!」
美雪はキャニスの隣へしゃがみ込んで、
「……ううん。気にしないで」
「へいみゆみゆ」
にゅっ、とコンが美雪の肩に乗っかる。
「今日も街へごーとーするん?」
「そうね。仕事」
「ほぅ。ではきょーも、かえってきたら、冒険エピソードきかせて」
美雪が微笑んで、キツネ娘の頭を撫でる。
「良いわ。今日のクエストの話聞かせてあげる」
「てんきゅー。ネタのストックが増えてうれしいのん」
コンを抱っこして、美雪が下ろす。
「姉ちー……ゃん」
鬼の姉、あやねが、ぽわぽわ笑いながら、
「いってらっしゃー……ぁい」
「いってらっ……ふぁー…………」
妹鬼アカネが眠そうにしていた。美雪は笑うと、アカネをよいしょと抱き上げる。そしてベッドに寝かせる。
「……あんたたちは寝なさい。まだ朝っていうより夜よ」
「「「ふぁー……い」」」
おのおのがベッドに入る。美雪は壁のスイッチを押して、電気を消す。
「……じゃあね。おやすみみんな」
「「「いってらぁー……」」」
美雪は微笑んで、その場を後にする。孤児院の1階へと降りて、ドアを開ける。
「…………」
空を見上げる。空からは止めどなく雪が降っていた。地面にはたくさんの雪が貯まっている。
「…………」
美雪は気付く。森の外へ続く道。そこの雪がかかれていることに。
「…………」
裏庭に回る。そこには、スノーダンプを持って、雪かきするジロの姿があった。こんな朝から、雪かきをしているのだろう。
「……ばかみたい。なにやってるんだか」
悪態をついて、美雪は進路を森の外へ続く道へ取る。行き先はカミィーナ。今日も彼女は、冒険者として働きに行くのだった。
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