129.善人、桜華と温泉に入り、三女の事情を知る
いつもお世話になってます!
美雪と別れてから3時間後。
俺は孤児院の裏庭にある、竜の湯に浸かっていた。
「ふぅ……」
緑がかった白濁の湯に、体をつけていると、疲れと寒さが一気に吹き飛ぶ。
……死ぬかと思った。
すぅ……っと手足の凍傷が消えていく。手を動かす。指が自在に動くのを確認して、ほっ……と安堵の吐息を漏らす。
「……じろーさん」
そのとき隣から、鈴を転がすような、可愛らしい声がした。隣を見やると、そこには黒髪の乙女がいた。
「……手、だいじょうぶ、ですか?」
心配げそうに俺を見てくる女性。歳は20くらい。とんでもなく美人のその子は、人間ではない。
額から1本の角が生えている。彼女は鬼。亜人の一種だ。
「ああ、大丈夫だよ。ほらこのとおり」
俺は手を握ったり閉じたりする。桜華がそれを見て、ほっ……と吐息をつく。
「……良かった。じろーさんの身に何かがあったら、わたし……」
じわり、と桜華の瞳に涙が貯まる。
「大丈夫だって。意外と頑丈なんだよ、俺。冒険者やってたからな」
なにせ20年も冒険者をやっていたのだ。いやでも体は強くなるというものだ。僻地へ行くことも多々あったしな。
「……じろーさん、優しいです」
潤んだ目で、桜華が俺を見つめる。体を寄せてくる。ぐにゅっとその大きすぎる乳房が潰れた。
たぷたぷと胸が腕に押し当てられる。そのたび桜華が甘い声を漏らす。
「……娘が粗相をしたというのに、許してくれて」
「気にすんな。別に美雪は悪いこと何もしてないだろ」
桜華は美雪が俺にしたことを、娘から聞き出している。そのせいで一悶着あったらしい。
「……しましたよ。じろーさんの……わ、わたしの大事なじろーさんを、氷付けにして、寒い中放置しました」
「気にしなくて良いって。すぐに【加熱】の魔法で氷を溶かして難を逃れたし」
美雪の異能力により、俺の手足は氷付けにされた。魔法を使って氷を溶かし、車を運転して、孤児院へと帰ってきた次第。
「……でも、手と足が凍傷に」
「それも大丈夫だよ。ほらなおったなおった。自在に動くって。ほらこんなこともできるぞ」
俺は桜華を笑わせるために、彼女のうなじをこちょこちょと、手でくすぐる。
「はひゃっ……ん……」
ところがくすぐったそうにするどころか、桜華が甘い声を上げながら、身をよじっていた。
「じろー……さん……」
ぽー……っと潤んだ目で、桜華が俺を見やる。口が開き、はぁはぁと熱い呼吸を繰り返す。
ぎゅ、ぎゅーっと桜華が俺の腕を強くつかんでくる。俺の太ももを、彼女が股で挟んできた。
「お、桜華ストップ。落ち着こうな」
「……すみません」
しゅん……と彼女が頭をさげる。
「……わたしってばいつもこうなんです。自分の性欲を押さえられなくて」
「それも桜華の個性だよ。気落ちする必要はないって」
「あう……。だめ、です……。じろーさん……切ないよぉ……」
涙目の桜華の頭をなでて、彼女が落ち着くのを待つ。押し倒されそうになったので、「あとでいっぱいな」というと、自制心を取り戻したようだ。
「……それであの、じろーさん」
俺から降りた桜華が、目の前へ移動。ざばぁ……と立ち上がる。
……俺の眼前に、とでもない裸身がさらされる。
彼女の特大サイズの乳房が、何にも包まれて折らず、眼前にある。重力により少し垂れ下がったそれは、極上の柔らかさを持っている。
真っ白い乳房に輝く蕾が実にまぶしい。
見とれている俺の前で、
「……本当に、美雪がご迷惑をおかけしました」
桜華が深々と頭を下げてきた。
「よしてくれよ。だからさっきも言ったろ、気にしてないから」
桜華がしゃがみ込んで、俺の隣へと移動する。
「……氷付けはやり過ぎです」
桜華の顔に、少しの怒気が浮かぶ。
「怒る必要ないよ桜華。美雪はカンシャク起こしただけだろ」
「……カンシャクでじろーさんが死んだら、どうするんですか」
きっ……と桜華が柳眉を逆立てる。じんわりと目の端に涙が浮かんでいた。
「ありがとう。俺のために怒ってくれて」
よしよし、と桜華の頭を撫でる。気を静めた桜華が、ほうっ……と息を吐く。
「……じろーさんに、そうやって頭を撫でてもらうの。すき……です。とっても……とっても、ほっとします」
桜華が安心しきった表情で、目を閉じて、俺に寄りかかってくる。
「……じろーさんの雰囲気も、においも、全部……わたしを幸せな気分にしてくれます」
子犬のように、桜華が俺の首筋に鼻を押しつけて、すんすんとならす。可愛らしい動作だ。
ただ見た目が完全に熟し切った大人の美女なので、可愛らしい動作とのギャップが激しい。
「ありがとう。そう言って貰えてうれしいよ」
しばしよしよしと、頭を撫でたり、俺にくっついてくる桜華とキスしたりする。
ややあって、俺はつぶやく。
「美雪はどうして、あんなに俺のことを毛嫌いするんだろうな?」
桜華の娘。三女の美雪。
彼女がが俺に向ける視線には、常に敵意が浮かんでいた。
桜華たちが、俺たちの孤児院へやってきたのが夏くらい。そこから半年たつが、彼女はずっと、俺への態度は変化してない。
基本的に無視+敵意のまなざし。干渉しようとすると反発される。
「俺、何かしたかな……?」
すると桜華が、俺をじいっと見やる。口を開いて……閉じる。
「どうした?」
「……いえ」
桜華が目を伏せる。しばし沈思黙考した後、
「……たぶん、美雪はじろーさんじゃなくて、人間を恨んでるんだと、思います」
「人間を恨む?」
こくり、と桜華がうなずく。
「……美雪は、あの子は。殺された元夫に、だいぶ懐いてましたから」
「元夫って……。たしか人間によって倒され…………すまん。不謹慎だったな」
「……いえ。気にしないでください。元夫は、駆除されて当然でした」
桜華が目を閉じる。過去を振り返っているんだろうか。
「……人を好き放題食らう。人をエサとしか見ない。暴力を振るう……ひどい人でした。腹が減ったらたべ、性欲を覚えたら女を犯し、眠くなったら寝る。野生動物となんら変わりません」
「桜華……」
俺は彼女の細い肩を抱く。
「たとえそれが事実だったとしても、死んだ人間に対して、そんなふうに乏しめるようなこと言っちゃだめだろ?」
「……いいんです。事実なんですから」
「だとしてもだよ。良くない」
「……はい」
桜華がそのまま、正面から、俺の体に寄りかかってくる。胸板にぐにゅぅっと、柔らかな物体が押しつけられる。
花の蜜と、ミルクを、長時間じっくりと煮詰めたような、とてつもない甘いにおいが鼻孔をついた。
お湯でしっとりと濡れた乳房が、俺の肌に吸い付いてくる。動くたび暖かな柔らかい物体が、ぐにぐに動いて気持ちが良い。
俺は桜華を正面から抱くと、向こうも俺の腰に腕を回す。
「それで……美雪は元夫が好きだったんだな」
「……ええ。娘たちの中で、唯一美雪だけが、元夫に懐いていました。ずっとくっついていて、お父さんお父さんって……笑顔で……」
今の美雪からは、想像のできない場面であった。いや、俺が知らないだけで、本当はそんなふうに笑うことのできる女の子なのかもしれない。
「……元夫が人間に殺されたとき、美雪は何日も泣いてました。そして泣き終わったあの子は」
「人間が嫌いになった……と?」
桜華がうなずく。……そっか。大事な父親が殺されたのだ。死んだのではなく、殺された。
だから人間を、【父のかたき】と恨んでいるということか。
「……元夫が死んでからは、美雪は、今のような性格になってしまいました。人をさげすみ、嫌い、憎む……そんな悲しい存在になってしまったのです」
ぐす……と桜華が泣く。俺は艶やかな彼女の黒髪を撫でる。つるりとした手触り。黒真珠のように美しい髪からは、花のような甘い香りがふわりと匂い立つ。
「……人間にも、じろーさんのような、優しくていい人もいるのに。あの子は人間全てを憎んでしまうのです」
「…………」
俺が優しくていいひとなのかはさておき。確かに人間には色んなやつがいる。
全員が悪人ではない。だのに、美雪の中では、人間という種そのものを、恨みの対象となっているようだ。
人間であれば、無条件で嫌う。恨む。敵意を向ける。
「でも、じゃあなんで桜華は、美雪からあんなふうに、毛嫌いされてるんだ?」
車の中で。美雪は桜華のことを、決して【母】と呼ばなかった。あの人と呼んでいた。それに態度も悪かった。
「……それは、たぶん。わたしが、じろーさんの女になったから、だと思います」
きゅっ、と桜華が俺に抱きつく。ぐんにょり、と生暖かい乳房が潰れる。
「どういうことだ?」
「……人間の妻になったから。鬼のくせに。旦那のかたきの女になるのか……それがあの子の言い分のようです」
……納得した。だからか。鬼である桜華までも毛嫌いするようになったと。
「ごめんな、桜華……」
俺は彼女の肩を押して、目を見て謝る。
「……ど、どうして謝るのですか?」
「だって、俺のせいで美雪と不仲になっちゃったんだろ? だから、ごめんな」
親子は仲良くしてないといけないと思う。その親子仲を引き裂いてしまったのは、ほかでもない、俺なのだ。
「……じろさんの、せいじゃ、ないです!」
物静かな桜華が、声を荒げて、否定してきた。
「じろーさんは悪くない。悪くなんてないですっ!」
桜華が俺を正面から抱きついて、そのまま押し倒してくる。
「じろーさんは優しいです。身寄りのないわたしたちを無償でそばにおいてくれまし。温かな食事と家を提供してくれました。あなたのおかげで一花たち娘や、孤児院の子たちが、ひもじい思いをせずにいられます。毎日あの子たちは幸せに暮らせてます」
それに……と桜華。
「……わたしのこと、怖がらず、好きだって言ってくれました」
ぐす……と泣きながら、桜華が言う。
「……決して、じろーさんのせいじゃありません。わたしが、言葉足らずだったから。チカラ及ばずだったから……」
「桜華……」
俺は彼女を抱きしめたまま、彼女を慰める。……美雪の問題は、どうするべきだろうか。
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