128.善人、鬼の三女を迎えに行く
いつもお世話になってます!
俺はカミィーナまで、桜華の娘、三女の美雪を迎えに行った。
時間的には21時を回った頃だろうか。
俺は車を運転し、カミィーナから孤児院のある、ソルティップの森へと向かっていた。
「…………」
「…………」
車内は無言だった。ちらっと俺はバッグミラージュをのぞく。
そこには黒髪の美少女が、後部座席に座っていた。むすっとした表情をしている。
窓の外をじっと見ていて、正面を、つまり俺の方を見てくれない。
彼女は【へ】の字に口を閉ざして、いっさい会話してこなかった。……沈黙が痛い。
「そ、そう言えば美雪。おまえ薬は飲んでるのか?」
俺は運転しながら、後に座る美雪に話しかける。
「……気安く話しかけないでよ。下等生物が」
目だけをギロリ、と俺に向けたまま、不機嫌全開にして言う。
「す、すまん。ちょっと気になったんだ。おまえ、いつ見ても【ツノ】がないだろ? いつ外見詐称薬飲んでるのかなって思ってさ」
美雪は桜華の娘。桜華は鬼族であるから、その娘である彼女もまた、鬼である。
鬼には額に、特徴的な【ツノ】が生えている。だのに、美雪の額にはそれが見当たらない。
だから俺は、美雪が、飲めば外見を変えることのできる薬。【外見詐称薬】を飲んでるのかと思ったのだ。
……それにしては、彼女は年中、ツノのない、つまり人間っぽい見た目をしていた。それがずっと気になっていたのだ。
「……ちっ」
俺の質問に、美雪が舌打ちで答える。
「……別に薬なんて飲んでないわ。生まれつきよ」
「生まれつき……? どういうことだ?」
俺が言う。しかし彼女は答えない。「……ちっ」と舌打ちをしたあと、
「……言葉通りよ。私は母さ……あの人の娘のなかで、1人だけ【ツノ無しの鬼】なの」
ツノ無しの鬼なんているのか……。知らなかった。
美雪を良く見やる。整った顔つき。艶やかな黒髪。黄色い肌に、つるりとしたおでこ。
……ツノのない彼女は、本当に、日本人にしか見えなかった。
「……じろじろ見ないでよ。気持ち悪い」
「あ、ああ……すまん。あまりに美人でさ。見とれちゃってな」
すると美雪が「……はぁ?」と不審げな視線を向けてくる。
「……何いきなり。気色悪いんですけど」
「いや、見たままを述べただけだ。桜華の娘だけあって、美雪も美人だな」
正直な意見だった。だが俺の言葉に、美雪の表情が、さらに険しくなる。
「……あの人の娘だからなに?」
舌打ちをしながら、苛立ちげに、美雪が言う。
「……私とあの人は違う。私は鬼。けどあの人は違う。一緒くたにしないでよ」
美雪が歯がみしながら、そんな風に言う。怒っているが、ありありと伝わってくる。
「美雪。あの人あの人って言うなよ。おまえのお母さんじゃないか」
「……戸籍上はね。けど私、あの人の娘だって思ってないから」
「美雪……。そんなこと言っちゃダメだろ? おまえのお母さんなんだぞ。たったひとりのお母さんに、そんな酷いこと言っちゃかわいそうじゃないか」
俺が言うと、美雪が「……なにそれ」といらいらしながら言う。
「……なに父親ぶってんの? あの人と付き合ってもう私たちの父親になったつもり?」
「いや、違うよ。そうじゃない。ただ俺は、母親のことは大事にしないといけないぞと、アドバイスしただけだ」
桜華と俺は、まだ恋人だ。桜華も、そしてその娘たちも、俺にとっては大切な仲間であり家族である。
ただそれでもまだ父親になれた、と言い張れるほど、俺は傲慢ではない。まだまだ彼女たちの親になれない。
「……そういうのがウザいっていうの」
美雪が腕を組んで、貧乏揺すりをする。体を揺すり、肩を揺すり、苛立ちげに舌打ちする。
「なあ美雪。どうしてだ? どうして桜華のことを、そんなふうに酷く言うんだよ。良くないと思うぞ」
「……別にあんたに関係ない」
それきり、美雪は黙ってしまう。俺は答えを待った。しばらく沈黙した後。
美雪が舌打ちを舌の後に、言う。
「……あの人が、父さんのことを忘れて、別の男に乗り換えたのが、気に入らない」
父さん。つまり美雪の父であり、桜華の元・旦那。
桜華の前の旦那は、オスの鬼だった。人食いの鬼という、この世界の認識通りの正確をしていたらしい。
人間を食料にして、バリバリと食う。そんな鬼だったのだそうだ。
そして家族である妻の桜華に虐待を繰り返していたという。
桜華と、そして桜華の娘たちは、そんな夫のことを嫌っていたそうだ。
……ただ美雪のセリフから、一花たちほかの娘たちとは、違った感想を抱いているように、伝わってきた。
「美雪。おまえもしかして」
「……ああもうっ! うるさい!」
美雪の目がクワッ……! と見開く。
青い瞳が、ギラッと輝く。すると……。
パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ………………!!!
「!?」
俺の両手が、凍り付いた。慌ててブレーキを踏む。ぐんっ! と反動が体に伝わってくる。
「美雪すまん! 急ブレーキ踏んで! だ、大丈夫か!?」
背後をふりかえろうとして……俺は気付く。体が、動かなかった。
否。動けなかった。
ぴたり、と首筋に、【氷の剣】が、突きつけられていたからだ。
「…………」
「……動かないで。しゃべらないで」
美雪の手に、いつの間にか、氷でできていた剣が握られていた。
手が凍り付き、そして彼女の手には、氷の剣が瞬時に形成されていた。
「それは……おまえの【鬼術か?】」
鬼術。鬼にはひとりにつきひとつ、特別な特殊能力を持っている。異能力のようなものだ。
たとえば桜華は、【怪力】の鬼術を持っている。誰よりも腕力が強いという異能力を持っている。
桜華の娘である一花たちも、持っている。だから美雪が【鬼術】を使えてもおかしくはない。
「……あんたに答える義理はない」
美雪が手を離す。すると氷の剣は水になって、地面にバシャッ! と落ちた。
「……私、ここから歩いて、1人で孤児院まで帰るから」
美雪は立ち上がると、車のドアを開ける。びょおぉおっ、と吹雪が車内に入ってくる。
「美雪! ひとりで帰るのは危ない! もどりなさい!」
俺は彼女を引き留めようとする。だが手がハンドルとくっつけられてる。それどころか、アクセルと足とも、氷によってくっつけられていた。
一方で美雪はドアから外に出る。
「……なんであんたの命令に従わないといけないわけ?」
美雪が、文字通り冷ややかな視線を浴びせてくる。
「……私はあんたの娘でもなければ恋人でもない。あんたの話を聞く義理はないし、命令に従うつもりもサラサラない」
じっ……と美雪が俺の手を、凝視する。
手。というか、指輪の収まっている指だ。
俺の指には、鬼に命令を下せるスキルの入った【指輪】がはめてある。
「美雪! 待ちなさい!」
「……じゃあスキルを使えばいいじゃない?」
「それは……」
俺は自衛以外の目的で、この鬼に命令を下すスキルを使いたくなかった。言うことを無理に聞かせるようで、かわいそうだから。
「……優しいんだね、あんた」
ぽそり、と美雪がつぶやく。
「……そんなところに、あの人も、姉さんたちも惹かれたのかもね」
ギンッ! と美雪が俺をにらんでくる。
「……けど私は違う。姉さんたちはあんたのこと好きみたいだけど、私はあんたのこと、絶対、100%好きになんてならない。絶対に、何があっても、たとえ付き合わないと世界が滅びるとしても」
美雪は手を上げる。びしっ! と俺を指さして言う。
「……私は【人間】を許さない。絶対の、絶対に」
青い瞳が、俺を射殺すようにまっすぐ見てくる。そこにはありありとした憎悪が浮かんでいた。
俺は別に、美雪に恨まれるようなマネをしていない。なのにどうして、ここまで恨まれる?
「それは……なんでだ? なんで人間を恨むんだよ?」
「……【人間】なんて嫌いだ。父さんを」
はっ……! と気付いたような表示になり、
「……あんたに関係ない」
それだけ言って、美雪は外を歩いて、この場から離れていく。
俺は小さくなる彼女の背中を、ただ見守ることしかできなかった。追いかけたくても、足も腕も動かない。
「…………」
体が震える。寒かった。車の中はエアコンがついているとはいえ、ドアが開きっぱなしになっている。
冷気がドアから入り込んでくる。体の震えが激しくなる。はあはあ、と白息をはき出しながら、俺は車の中で、寒さに震えていたのだった。
「ま、まずい……。こ、凍え死ぬ……」
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