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【完結】善人のおっさん、冒険者を引退して孤児院の先生になる 〜 エルフの嫁と獣人幼女たちと楽しく暮らしてます  作者: 茨木野


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127.鬼の三女、冒険者【美雪】

いつもお世話になってます!




 ジロたちが孤児院の子供たちと、クリスマスの飾り付けをした、数時間後。


 夜。ジロの住むソルティップの森から、やや離れた場所にある街。


 カミィーナの、冒険者ギルドにて。


 その日、冒険者ケインは、後輩の男の子とともに、酒を飲んでいた。


 ジロがカミィーナを出て行った後。彼の教えに従い、ケインもまた、後輩冒険者の面倒を見ているのだ。


「ケインさん! どうっすかオレ! 最近強くなってませんっ!?」


 後輩がキラキラとした目を、ケインに向けてくる。苦笑する。かつてジロに対しても、俺もこんなふうに聞いていたなぁ……と。


 思い返して苦笑する。あのときは自分も若かった。ケインは後輩を見やって言う。


「そうだな。前よりは強くなっていると思うよ」

「へへっ! だっろ~?」


 後輩が得意げに鼻頭を指でかく。青いなー、と苦笑しつつ、


「けど慢心しちゃダメだぞ。ジロさんは言ってた。仕事は慣れていたときが一番危ないんだって」

「ジロさんかぁー……。ケインさんのお師匠さんなんすよね?」


「ああ。あの人がいたからこそ、今の俺がいるようなもんだ」


 ケインは心からの言葉を告げる。彼がいなかったら、自分はここまでの冒険者には慣れなかっただろう。


「いいなー。オレもジロさんに冒険者のいろはを教えてもらいたかったなー」

「おまえはジロさんと入れ替わりで、冒険者になったんだったな」

 

 ジロが引退したのは、今年の初夏。この後輩も同じ時期にカミィーナを訪れ、冒険者となった。ジロとは顔を合わせてないのである。


「半年でF級からE級になるって、すごくないっすか!?」


 ねえねえ、と後輩がうれしそうに聞いてくる。


「そうだな。普通よりちょっと早いくらいだな。普通1年かかってEになるからな」

「えー……そうなんだ……。ちぇ、天才かと思ったっすのに~」


 公開が残念そうにつぶやく。まあこの子は筋は良い。だが少々慢心するところがある。そこは要注意事項だ。


「てか、そうすっと【氷帝】はすげーってことになるっすね」


 後輩が、ふとそんなことを言ってきた。


「【氷帝】? なんだそれ」

「あれ、ケインさん知らないんすか? 今大人気の女冒険者のこと?」


 どうやら【氷帝】とは、誰かのあだ名らしい。


「たしか二ヶ月ほど前だったすかね。カミィーナの冒険者になった女の冒険者なんすけど、これがまたとんでもなく強くて美人なんすよ!」

「ふーん……。そんな美人がなぁ……」


「ケインさんそう言うのって気にならないんすか?」

「ん。んー……。まあ今はちょっと」


 後輩が「ははーん」とにやにや笑う。


「さては失恋したんすね! オレもしたことがあるからわかるっ! 数ヶ月は他の女の子と、忘れられないっすよね~!」


 喜々として後輩が、肩をバシバシと叩いてくる。


「ばか。ちげーよ。単に今は仕事が楽しくて、色恋に興味が無いだけさ」


「なぁんだそうだったんすか。意外。ケインさんイケメンすから、女の子なんてよりどりみどりだと思ってた。恋人もいるかと思ってたすよ」


「そうだなぁ……。まあでも、やっぱり一番は好きな子から、好きって言って貰える方がうれしいよ。俺は」


 ケインは手元のグラスをのぞく。


「そんなもんすか?」

「そんなもんだよ」


 そんなふうに、後輩と酒を飲んでいた……そのときだ。



 がちゃ……。



 と、ギルドホールのドアが開く。



 しん……。



 とあたりが静まりかえる。その場にいた誰もが、入ってきた【彼女】に見入ってしまっているからだ。


 黒髪の美少女だ。


 ふわりとした髪質。肩の辺りで切られて、短髪になっている。


 背は150後半くらいだろうか。体つきは実に細く儚げだ。


 シミ一つ無い、真っ白な肌。すらりと長い手足。そして大きな乳房が目を引く。


 背は低いのだが、八頭身の美少女だ。胸が出ていて、顔は驚くほど小さい。腰はくびれて、尻はぷりっとしている。


 痩せていて、それでいて巨乳。モデル体型とはこのことだろうか。


 そして特徴的なのは……その美貌だ。


 切れ長の青い瞳。氷のように冷たい視線を周囲に向けながら、こつ……こつ……と少女は歩いて行く。


「……見ろよ氷帝だ」「……うっわやべえ。ちょー美人」「……すげーきれい……。くっ、お近づきになりてえ!」


 ひそひそ、と男冒険者たちが、【氷帝】にデレデレとした顔を向け、口々に彼女の美貌をたたえる。


「あの……み、美雪さん!」


 遠巻きに見ていた、冒険者の集団から、男がひとり。【氷帝】の前に、躍り出る。


【氷帝】は……【美雪】というらしい。


 変わった名前だ。少なくとも、ここらへんでは聞かない名前である。


 美雪という……【人間】の美少女を前に、男が言う。


「よ、よろしければ俺と! 食事でもどうでしょうかっ!」


 男が勇気を振り絞り、美雪に告白する。


「ずりいぞ!」「抜け駆けすんじゃねえ!」「くそっ! 出遅れたぁ……!」


 男たちは失望に満ちた声を上げる。みな彼と同様に、美雪のことを狙っていたのだろう。


「どうでしょう、美雪さん!」


 それに対して、【氷帝】・美雪はというと……。


「……消え失せろ」


 と。冷たく言い放ち、進路をふさぐ男を避けていく。奥へと進む。どうやら受付に行くようだ。


 さて振られた男が1人、その場に残される。勇気を振り絞った結果、罵倒を浴びせられた。


 さぞ落胆しただろう……と思われた。


「ああ! 良い! 最高だ!」


 だが予想に反して、男は笑顔だった。


「あの冷たい感じがまたいい! 最高だ! 美雪さん! 俺、あきらめませんからね!」


 と男が声を張り上げる。だが美雪は後を一度も振り返らず、すたすたと受付へと進んでいく。


「クールだ」「クールビューティってやつだな!」「あんな女抱きてぇなぁ」


 と男たちは、美雪に対して羨望のまなざしを。


「……なによ、感じ悪いわね」「……あんなのどこがいいのかしら」「……アレに惚れる男たちって目がいかれてんじゃないの?」


 女冒険者たちは、美雪に嫉妬のまなざしを向ける。


「たいした人気だな、美雪って子は」


 ケインが感心したようにつぶやく。


「でしょう!? すげー美人っすよね-! ああもうめっちゃ美人だなぁ!」


 後輩が大興奮に言う。


「ってかケインさんはどうなんすか?」

「どうってなんだよ」


「だからぁ。氷帝ですよ氷帝。あんな美少女を前に、なんとも思わないんすか?」


 ケインは聞かれ、考え、答える。


「そうだなぁ。キレイだと思うよ。めちゃくちゃな」

「でしょ~? なのになんか見とれてる感じないなーって思ったんす。どうして?」


「……強いて言えば俺のタイプじゃないから」

「ふーん……。ケインさんのタイプってどんなんすか?」


「そうだなぁ……」ケインは目を閉じる。笑って、答える。「笑顔が素敵な女の子かな」


 苦笑しながら答える。だが後輩は「なんか普通ー」とがっかりしていた。


「うるせえ。普通が一番なんだよ。あんな高嶺の花より、近くの野に咲く花が一番だよ」


「うう……高嶺の花かぁ。まあそうっすよね。氷帝は……美雪姫はカミィーナでナンバーワンの人気女冒険者っすからね~」


 氷帝に美雪姫か。あだ名の多い少女だ。それだけ人気があるということの証拠だろうか。


「そのくだんの美雪姫は、いつもあんな感じなのか?」


 ケインが尋ねると、後輩が大きくうなずく。


「そうそう。言い寄る男どもを全部ばっさり切り捨てる。告白した人間全員」


 しゅっ、と後輩が指で、首を切る動作をする。


「あの人が二言以上しゃべってるとこ、オレみたことないっすよ」


 確かにさっきは【消え失せろ】の一言だった。


「いっつも【死ね】とか【下等生物】とか【ウジ虫】とか冷たく言って、ああいうふうに男たちを切って捨てるんすよ。下等生物ってひどくね?」


 後輩がむーっと唇をとがらして言う。


「あの子も俺たちも、同じ人間なのになぁ……」


 ケインは受付を見やる。


 受付には、黒髪の【人間】の少女が立っている。受付嬢も普通に接していた。


 だがその見た目は、人間離れした美を内包している。儚げだけど、しかし妖艶さも持っていて……。


 同じ人間とは思えないほど、彼女は美しい。なるほど、確かにあの子は俺たち【普通の人間】とは違うようだ。


「確かに別次元の人間だな」

「でしょ~……。はぁ、オレもあんな女が欲しい。お近づきになりたい。せめて普通におしゃべりできないかなぁ……」


 はぁん、と後輩が机に顔を突っ伏す。


 と、そのときだ。



 がちゃ……。



 と再び、冒険者ギルドの、出入り口が開いたのだ。そこにいたのは……。


「あれ、ジロさんじゃないですか?」


 引退したはずの先輩冒険者、ジロだった。

「ん? おおケイン。久しぶり」


 ジロが手を上げて、ケインに近づく。久しぶりの再会。ケインは嬉しくなって彼に近づいて、握手する。


「どうしたんですか?」

「ん。ああ、ちょっと迎えにな」


「迎え……?」


 ケインが首をかしげた、そのときだ。



「……来ないでって言ったでしょ!」



 と、言ったのだ。


 誰が?


 それは……【氷帝】。美雪、その人だった。


 美雪は憤怒の表情を浮かべて、ケインたち……というか、ジロに近づいてくる。


「……何できたの!?」

「今夜は猛吹雪だ。歩いて帰るのはつらいだろ。だから迎えに来た」


 ジロがおかしなことを言う。迎えにきた? 


「……いらないっていつも言ってるでしょ!?」


 声を荒げる美雪。その姿に、周りの人間たちは、ただただ困惑していた。


「氷帝が、まともにしゃべってる……?」


 ……そう。ケインがさっき聞いた話、目撃した現場では。あの子は一言だけしかしゃべらなかった。


 それも一言でばっさり切り捨ていた。男なんて路傍の石としか思ってないようだった。男に興味が無いのだと、思っていた。


 だがその少女が、ジロを前に、感情をあらわにしている。それもさっきのような、無関心・無感動ではない。


 怒りではあるものの、きちんと感情を、ジロに向けている。ジロと会話を、ちゃんとしている。


「……あたし1人で帰るから」


 氷帝がふいっ……とジロから顔をそらして、外へ行こうとする。


「肩肘張るなって。寒いだろ。車で来たから乗ってけって」

「……ついてこないでって言ってるでしょ!? ほんとやめてってば!」


 美雪が叫ぶと、走ってその場を後にする。

「悪いケイン。話はまた今度、ゆっくりな」

「あ、ジロさんっ!」


 ジロは手刀を切ってあやまると、美雪の後を追う。


「どうしたんだろうか?」


 ケインが首をかしげる。今ジロも、そして美雪も、おかしなことを言っていた。


 まるでジロが、美雪を、あの氷帝を、迎えに来たようなニュアンスで言っていた。


「ケインさん。あれがジロさんっすか?」

「え、あ、ああ……」


 後輩がケインに問うてくる。


「あのおっさん、何者なんすか? あの【氷帝】と普通に会話していたし。それに、迎えって……? ま、まさか同棲でもしてるんすか!?」


 声を張る後輩。それを聞いて、周囲がざわめく。


「いや、そんなはずない……と思う」


 ジロは確か、あこがれのエルフ先生。そして幼なじみのマチルダと、一緒に暮らしているはず。


 あんな黒髪の【人間】の美少女と一緒に暮らしていたとは……聞いたことがない。


「…………」


 ケインは思った。ジロの元にいる、幼なじみの顔を思い浮かべた。


「……ちょっと聞いてみるかな」 

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