121.善人、ウサギ娘を寝かしつける
いつもお世話になってます!
ある猛吹雪の夜のこと。
子供たちがちゃんと寝てるかどうか。確かめるため、俺は孤児院2階の子供部屋へと向かった。
暗い室内。窓の向こうから、ごぉおおお…………っと突風が窓を叩く音がする。
「がー……ぐー……」
「すぴょすぴょ……」
それでも犬っことキツネ娘は、安らかな寝息を立てていた。鬼姉妹も仲むつまじく、同じ布団で向かい合って寝ている。
レイアは布団を押しのけて、腹を出してガーガーといびきをかいていた。俺はお腹に布団をかぶせてやる。
ラビはどうだと思っていると、彼女の布団は、こんもりとふくれあがっている。布団の中で丸くなっているのだろう。
「みんなよく寝てるなぁ」
子供たちの安眠を確認したので、俺はその場から離れようとした……そのときだった。
「…………ぁぅ。くすん」
「?」
かすかに子供の声がした。明らかに寝息ではなかった。寝言でもないような気がした。
「……誰か起きてるのか?」
声を潜めて、俺が言うと……。
「……にーさぁ~……ん」
ぴょこっ、と布団の中から、ウサギの耳だけが出る。続いてにゅっ、と顔を半分ばかし出す。
「ラビ?」
俺はウサギ娘のラビの元へ行く。茶色い髪の毛に、同じ色の目と耳。気弱そうに目と耳は垂れ下がっている。
「にーさんっ」
ラビが俺と目が合うと、ぱぁっと表情を明るくした。
「どうした、ラビ?」
俺はラビのベッドの前にしゃがみ込んで、彼女に問いかける。ラビが顔を完全に出す。目に涙を浮かべながら言う。
「あぅ……あのね、あのね」
ラビがちょこちょこ、と手招きをする。俺はラビの口元に耳を近づける。
……ふむ。
俺はラビから顔を離す。
「そうか。怖くて寝れないのか」
「はいなのです……」
曰く、吹雪の音が気になって眠れないのだそうだ。
「おまえは誰よりも耳がいいからな」
「ごうごうって怖くて、ねむれなくって……」
確かに今日はいつにも増して吹雪の威力が強い。嵐の夜のようだ。比較的部屋の中は静かだが、それでも耳の良い兎獣人には堪えるのだろう。
ラビは耳を押さえて、ふるふると体を震わせている。……俺の大事な子供が、恐怖に震えている。
そんな姿を、俺は見ていられなかった。
「そっか。じゃあ眠くなるまで、一緒にいてあげようか?」
「! い、いいのですっ?」
ぱぁ……っとラビが表情を明るくして、しかし、
「や、やっぱり良いのです……」
と曇らせる。
「どうした?」
「だって……だって、にーさんだっておねむの時間なのです。らびの相手してちゃ眠れないのです。申し訳ないのです……」
この子は本当に気遣いのできる、優しい子である。自分のことよりも他人を優先するのは、どことなくコレットを想起させる。
そんな優しいこの子のことが、俺は大好きだ。
「そんなこと気にしなくて良いよ。俺は大人だから、多少寝不足でも大丈夫なんだよ」
「でも……でもでも……」
なおも引き下がろうとするラビに、俺はいう。
「気にすんな。それより俺は、ラビが夜眠れない方が心配だよ」
「あう……」
ラビのふわふわとした茶髪を撫でると、うさ耳が気持ちよさそうに、ぴくぴく動く。
ややあって、ラビが、ささやくように言う。
「……ほんとに、いいのです?」
「ああ。いいよ」
「…………えへっ」
ラビは布団から体を出す。俺は少女の頭を撫でる。
「ほんとはね、らびね、1人でとぉってもさみしかったの……」
きゅっ、とラビが自分の胸の前で腕を組む。
「でもでも、にーさんが来てくれたから、もう安心なのですっ」
にぱーっとラビが笑う。
「そっか。そう言って貰えるとうれしいよ」
よしよし、とラビの頭や背中を撫でる。
「えへへっ。あの……にーさん。だっこぉ……」
甘えるように、ラビが俺に腕を伸ばしてくる。俺は彼女の脇の下に手を入れて、持ち上げる。
「よいしょー。らびも昔より重くなったなぁ」
俺はラビを正面から抱っこして、立ち上がり、ぽんぽんと背中を撫でる。
「はぅっ……。はずかしー……」
「良いことだよ。健康な証拠だ」
半年前。俺がこの孤児院に来たばかりの時。ラビやキャニスたちは、ガリガリに痩せていた。
しょうがないのだ。ここには借金があった。それでもコレットが一生懸命に金を捻出して、子供たちにご飯を食べさせていた。
……それでも、満足にものを食べることはできなかった。
だからこそ、今、こうして子供たちが少しずつふくよかに、健康的になってくれていることが……俺はうれしかった。
「1階でホットミルクでも飲もうか」
「はいなのですっ!」
俺はラビを連れて、子供部屋を出る。廊下を歩きながら、1階のホールへと向かう。
「夜は暗くてこわいこわいだけど、にーさんがいるからっ。にーさんがいるからへいちゃらなのですっ」
ラビがうれしいことを言ってくれる。ややあって、ホールに到着。
置いてあるこたつに電源を入れると、すぐに温かくなった。俺はラビを下ろして、こたつに足を入れさせる。
「んじゃちょっと待ってな。すぐミルク作ってくるから」
「…………」
ラビが俺を見上げて、もじもじと身をよじる。ちらちらと視線を向けてくる。
「ラビ、どうした?」
「にーさぁ……ん。怖いよー……ぉ」
まあ、そうか。暗い中、ひとり残されるのは怖いよな。食堂は寒いからここで待ってなさいという意味で置いて綱と思ったのだが……。
「そっか。よいしょー」
俺はラビを抱っこして、ホールから食堂へと向かう。
「えへへっ♪ にーさんに抱っこされるの、らびだぁいすきなのです!」
俺の腕の中で、ラビが身じろぐ。ふわりと桜の花のような、ひかえめな、しかし甘いにおいが鼻腔をくすぐる。
子供の体はぷにぷにとしていて、それでもてとっても温かい。カイロを胸に張ってるかのようだった。
俺はラビを抱っこした状態で、冷蔵庫からまずミルクを取り出す。コップにミルクを注いで、電子レンジでしばらく加熱。
冷蔵庫も電子レンジも、俺が【複製】スキルで出した物だ。こいつは本当に便利だ。前世の記憶をもとにして、こういう電化製品すらも、魔法で何でもだせるのだから。
ややあって。
「ほら、ホットミルク完成。こたつのとこで飲もうな」
「うんっ!」
俺はラビをいったん下ろそうとするが……。
きゅ~~~~っ。
……っとラビが俺の胸に抱きついて、いやいやと首を振るってくる。どうやら下ろさないでと言っているらしい。
「ラビ、おまえを抱っこした状態で、あつあつのコップを持つのは結構あぶないんだが……」
体勢を崩して、ホットミルクが顔にかかったら大変だ。やけどしたらどうしよう。
「はぅ、ごめんなさい……。でも……でも……」
ラビが涙目で、ぐすん、と鼻を鳴らす。どうやら離れたくないようだ。結構恐がりだからなこの子。
部屋の中は暗いしな……。しかたない。気をつけて運ぼう。
「よし、じゃあラビがコップを持ってくれ。俺がラビを抱っこするから」
「はいなのですっ! これならにーさんに抱っこされたままで……大丈夫なのです-!」
ラビが両手で、がっちりとコップをつかむ。俺は慎重に歩きながら、ホールへと帰ってきた。
「よいしょ」
俺はラビを下ろす。俺はその隣に座る。
ラビはこたつテーブルの上にコップを置いて、
「うんしょ、うんしょ~……」
あぐらをかく俺の膝に、ラビがうんしょっと乗っかってくる。すっぽりと、彼女の体が収まる。
「えへっ♪」
「そこが良いのか?」
「はう……だめなのです?」
ラビが潤んだ目を向けてくる。どうにも俺は、この子のこういう目には弱かった。庇護欲がくすぐられるというか。
「良いよ」
「わーい♪」
ラビが俺の膝の中に収まった状態で、俺に体重をかけてくる。
うさぎっこは両手でコップを包み込むと、おちょぼ口で、
「ふぅ、ふぅ……あちち……」
ラビが舌をだして、ふうふうと息をする。
「ああ、ラビ。熱いのか。貸してごらん」
俺はラビからコップを受け取る。息を吹きかけて熱を冷ます。ある程度冷めたかなというタイミングで、コップを返した。
「にーさん……ありがとなのです!」
うさ耳をぴょこぴょこさせながら、ラビが美味しそうに、コクコクとミルクを飲む。
「熱いならふうふうしてって言えば良いのに」
コップから口を離したラビが、ペチョンと耳を垂らす。
「はぅ……。あの……えっと、だって、迷惑かなぁって」
うつむいてそういうラビ。
「迷惑? そんなわけないだろ。俺はラビたちの世話するのはうれしいし楽しいからさ。何かして欲しいからさ。迷惑なんて思ったこと、一度も無いよ」
俺はラビの髪の毛をなで回す。ぴょこぴょこっ、とうさ耳が飛び跳ねる。
「にーさん……」
ラビが目を潤ませて、頬を赤くする。コップをテーブルの上に乗せる。くるり、と体の向きを変えて、俺を見上げてきた。
「にーさん、あのねあのね。不思議なの」
「ん? どうした?」
ラビは正面から、俺の体にしがみついてくる。俺はラビを抱き留めて、膝の上にのっけて、よしよしと撫でる。
ラビは俺の胸板に、右耳を押しつけて、目を閉じる。
「にーさんとね、こうやってぴったりくっついてるとね、とっても落ち着くのです」
俺の鼓動にあわせるように、うさ耳がぴくっ、ぴくっ、とわずかに動く。ラビの表情は穏やかなものだった。
「にーさんの近くにいると、胸がきゅーっとして、どきどきするけど、けどけどっ、とってもポワポワってするのです。不思議なのです」
ラビが微笑をたたえながら、首をかしげる。俺はラビの頭を撫でながら、
「そっか。不思議だなぁ」
と答えた。……この子の思いはうれしい。父親役としてな。ただこの子の感情は一時的なもの。大人になったら忘れてしまうもの。
それでいい。俺は父親だ。この子が幸せになるのを、心から願っている。きっと未来では、俺のような冴えないおっさんよりも、たくさんの魅力的な男たちに言い寄られるだろう。
この子は聡く、そして美人だ。将来絶対にモテる。確信があった。……親ばかだろうか。
それはさておき。
「どうする? 眠くなるまでご本でも読むか?」
「ううん。えとえと……さっきみたいに、その……あの、あぅ……」
もじもじとしながら、ラビが顔を赤らめて言う。
「ぎゅ、ぎゅーって抱っこして欲しい……のです……。あぅ……恥ずかしい……」
うつむくラビが可愛らしくて、俺はよいしょっと持ち上げる。正面から抱きかかえて、その背中をぽんぽんと撫でる。
「うん、やっぱりラビは重くなったな」
「えへへっ♪ にーさんにほめられました。らびはとってもうれしいのですっ」
弾んだ声音のラビを、俺は抱っこした状態で、背中をぽん……ぽん……と規則的に叩く。
そうやっていると、やがて、
「らびは……あふ……らびはぁ~……」
ラビの声に、あくびが混じり始める。
「ラビ? 眠くなったのか?」
「ううん……。らび……ねむく……ない。にーさんと……もっと……長く……ずっと……ずっと……」
やがてラビの声が聞こえなくなる。すぅ……すぅ……と寝息が聞こえてきた。
「よいしょ」
俺はラビを抱っこしたまま立ち上がると、1階を離れて、二階へと向かう。子供部屋へとやってきて、ラビの寝ていたベッドに、彼女を寝かせる。
布団をきちんとかぶせて、俺はその場を去ろうとした。
「にーさん……」
「……どうした?」
ラビが眠たげな目をこすりながら、
「眠くなるまで……一緒のお布団で寝て……」
とおねだりしてきた。可愛らしいなほんと。
「ああ、わかったよ」
俺はラビの隣にやってくる。布団に入る。よしよし、とラビの頭を撫でると、彼女は口元をゆるませて、安らかな表情になる。
「きゅって……して……」
「はいよ」
ラビの小さな体を、腕の中にすっぽりと納める。ふわふわの髪や、背中をさすってあげる。
「にーさん……」
「ん?」
ラビはあくびを何度もし、目をしょぼしょぼとさせながら、
「らび……すき……れふ……」
とだけいうと、「くー……」と本格的に寝息を立て始めた。
俺は数十分はその場にいて、ちゃんと寝たかと確認して、布団から出る。
ラビのベッドから離れる前に、俺は眠る彼女を見やる。とても気持ちよさそうに、くぅくぅと眠る彼女を見て、
「おやすみ、ラビ」
そう言って、子供部屋を後にしたのだった。
書籍版、11月15日発売です!
まもなく発売となります。今週の木曜日に発売。たぶん早いところでは、明日にはあるんじゃないかと思います。
書き下ろしや加筆エピソード、かなり頑張って書きました。また特典SSも気合い入れて書きました。
なので買っていただけると、とても嬉しいです!買ってください!お願いします!
ではまた!




