115.善人、子供たちから相談を受ける
いつもお世話になってます!
コレットたちとジャグジーに入った、翌日。
俺は増築した孤児院の、【相談室】にいた。
孤児院の西側に、新しく追加された部屋は【プレイルーム1(体操室)】【プレイルーム2(温水プール)】【職員室】そしてこの【相談室】だ。
コンコン。
とドアがノックされる。
「どうぞー」
「たのもー!」
バーンッ! と相談室のドアを開けたのは、いぬっこキャニスだ。
短い茶髪に、頭頂部から生えるピンととがった犬耳。ふわふわの犬しっぽ。
「おにーちゃん! そーだにんに来た、です!」
にかっと笑って、キャニスが俺にいう。
今朝、子供たちをプレイルーム1で遊ばせた後、キャニスが言ったのだ。
ここはなんの部屋なのかと。
相談する場所だというと、ぼくらも使ってみたい!
とのこと。
「今日はおにーちゃんに、そ、そーだん? しにきたです!」
晴れた日の青空のような笑みを浮かべて、キャニスが言う。相談事あるのだろうか。
「まあ座りなさい」
「おうよ!」
相談室は学校の教室くらいの大きさだ。
革張りのソファが置いてあり、間にテーブルが置いてある。
キャニスは俺の隣に、腰を下ろした。……相談の時は、正面に座る者だと思うのだが。いや、まあ子供だからな。わからなくて当然か。
「それでキャニス。何か相談事があるのか?」
「お? おー……。ん~……」
キャニスが目を閉じて、腕を組む。ややあって、目を開けて、俺を見やる。
「なー、おにーちゃん。そーだんってなんです?」
どうやらこの子、相談の意味をわかってないようだった。まあ5歳児だもんな。
「何か困ってること教えてくれ。何か解決策を一緒に考える。それが相談だ」
「悩み……。悩みかぁ~」
ううむ、とキャニスが腕を組む。
「そーゆーの……ねえな!」
にかっ、と笑ってキャニスが言う。
「そうか、ないか」「おうよ! 毎日すげー楽しいし! なぁんも悩みなんてねーです!」
ニカッと笑って、犬耳をぱたぱたさせる。キャニスがジッ……っと俺を見上げてきて、
「んっ!」
ばっ、と両手を挙げて俺を見やる。俺は意図を察して、よいしょっと抱っこした。
キャニスのふわふわの髪の毛を撫でる。
「わふ~♪ もっと撫でろや~♪」
頭とか背中とかを撫でる。するとキャニスがとろんとした笑みを浮かべて、俺の胸板にぐりぐりとほおずりする。
しばらくナデナデした後、キャニスが俺から降りる。
「腹減ったから今日はもう良いです」
「そうか。んじゃいつでも困ったことがあったら言うんだぞ」
「おうよ!」
そう言って、キャニスが退室していった。
すると、コンコン、とドアがノックされる。
「どうぞー」
「コンコン。あ、コンコン。どうもコンコンです」
にゅっ、と顔を出すのは、銀髪のキツネ娘だ。眠たげな半眼。【へ】の字の口が特徴的な少女。
「へいにぃ。みーのお悩み聞いてちょ」
ててて、とコンが俺の側にやってきて、膝の上に乗る。
コンは俺の首筋に鼻を押しつけて、くんくんと鼻を鳴らす。
「すんすん。すこすこ。にぃのにおい、好き好きのすこ」
目を閉じて、コンがほおずりしてくる。俺は彼女のさらさらの銀髪を撫でる。
「何か悩んでるのか?」
「そー、聞いて。みー困ってるの」
コンが顔を離して、俺の目を見る。
「最近ごはんがとっても美味しくて。体重が2キロも太ったちゃった。おーのー」
コンが両手で顔を隠す。
「お鍋のせいです。にぃの作るお鍋が美味しすぎるのがいけません。なんとかしてよジロえもん」
「そうだなぁ……」
そう言っても、対策の取りようがなかった。
「太ったようには全然見えないぞ」
「にぃ。乙女心、わかっておらぬ」
やれやれ、とコンが首を振る。
「1日で2キロも太ったの。そしたら10日で20キロ。100日で200キロやん。すもうとりやん」
どすこい! とコンが俺の胸をぺちっと張り手を繰り出す。
「ふむ……。なあコン。2キロ太ったってのは、いつの話なんだ?」
「いつとは?」
「いつ体重量ったんだってこと?」
「昨日のおゆーはんを食べた後ですが?」
「……ふむ」
俺は思うところがあって、コンを下ろし、いったん相談室を出る。
風呂場へ行って【それ】を取ってきて、コンの元へと帰ってくる。
「コン。体重計にちょっと乗ってみろ」
「?」
「いいから」
地面に体重計を置く。コンが乗っかると……キツネ耳をぴーんと立てた。
「体重が……もどっておるー!」
コンが両手を挙げて驚く。
「にぃ、なにこれ。まじっく? まじっくなカイトさんなのっ?」
驚き目を丸くするコンが、俺に尋ねる。
「たぶんご飯食った後にはかったから、ちょっと重くなったんだろ」
今は午後。ご飯を食べて、運動をしたあとだ。当然、体重は元通りになっている。
「なるへそ。そゆことだったのか」
にこっ、とコンが笑う。
「解☆決。横ピース」
コンが腰に手を当てて、顔の前で横ピースする。
「後顧の憂いがなくなったので、みーはこれにて退散するよ」
ぴょんっ、とコンが体重計から降りる。脇に体重計を抱える。
「ああ、いいよ。俺が戻しておくから」
「のん。お片付けしないと、まみーが怒るからね」
「そっか。片付けができて、えらいな、コン」
「偉い子コンちゃんと人は言うからね。あぢゅー」
しゅぱっ、と手を上げて、コンがその婆を後にする。
「運動不足にならないように気をつけないとな」
そう思っていると、コンコン、とドアがノックされる。
「れいあが来てあげたわ!」「みー!」
褐色銀髪の幼女、ドラゴンのレイア。その頭には黒猫のクロが載っている。
「どうしたレイア。何か困ってることでもあるのか?」
「特にないわね!」「みー!」
くわっ、と目を見開いて言う。
「そっか。そりゃ良いことだ」
「よくないわ!」
レイアがバサッ……! とドラゴンの翼を広げて、俺の胸に飛び込んでくる。
「キャニスもコンも悩みがあったんでしょ? なられいあも負けてられないわ!」
「いや、勝ち負けとかはないと思うぞ」
よしよし、とぎざぎざの銀髪を撫でる。
「何か不自由してないか?」
「特にないわね……。あ、最近クロがなんか変なの吐くの」
そう言ってレイアが、ポケットから何かを取り出す。黒い毛玉のようだった。
「けろっとしてるから大丈夫かなって思うけど、なんかこんなの吐くの」
毛玉は、クロと同じ家の色をしていた。
「あー……いや、違うよ。クロが吐いた毛玉だ」
「? どういうことなの、クロ?」「みー?」
はて、とクロも首をかしげる。
「猫は舌でなめて毛繕いするんだ。そうすうると体の中に毛が入ってくる。それを猫は吐き出してるんだよ」
「へえ! そうだったのね! お兄ちゃんはものしりね!」
レイアが俺から離れると、バサッ……! と翼を広げる。
「さんきゅーお兄ちゃん!」「みー!」
びゅんっ、とレイアが空を飛んで部屋を出て行った。
俺は立ち上がってドアを閉めようとして、気付く。
「おー……ぅ。あんちゃー……ん」
赤鬼の姉、あやねがそこにいた。
「あやね。それにアカネに、」
「ら、らびもいるのですっ」
鬼姉妹に、ウサギ獣人。アウトドア組が、一緒になってやってきた。
「3人もなにか相談事か?」
「うー……ぅん。おいらは付き添ー……い」
「アタシも。ラビちゃんが相談だってさ」
「ラビが?」
うさぎっこが、こくり、とうなずく。
俺たちは部屋の中に入る。
俺の正面のソファに、ラビ、鬼姉妹と座る。
「どうした? なにかあったのか?」
「えっと……えっとえと。あのね、にーさん」
ラビがモジモジしながら言う。
「最近ね、らび変なのです」
「へん? ラビちゃんは全然へんじゃねーよ」
「そうだよー……ぉ。いつもどおりかわいいよー……ぅ」
ぷるぷる、と鬼姉妹が首を振る。ラビが「えへっ♪ ありがとー」と笑う。
そして俺を見上げて言う。
「最近、お胸がきゅーっとするのです」
ラビが自分の胸を手で押さえる。
「だ、大丈夫か?」
俺は慌てて立ち上がり、ラビのそばによる。
動悸……不整脈か? だとしたら一大事だ。俺は素早く光魔法の準備をする。
「わからないのです……」
ぺちょん……とラビがうさ耳を垂らす。
「あのね、にーさんの顔を近くで見ているとね、胸がきゅーってなるのです」
目を閉じて、ラビが胸を押さえる。
「ら、ラビちゃんっ! 大丈夫なのかよっ!」
アカネが慌ててラビのことをぎゅっと抱きしめる。
「あれー……ぇ。なやみってそれなのー……ぉ?」
はて、とあやねがポヤンと笑いながら言う。
「はいなのです……。にーさん、らび……病気かなぁ?」
「えっと……」
俺は相手の体の状態を調べる【診察】という魔法を発動させる。
それによると、ラビの体は正常だった。
「とりあえず病気とかじゃないから。安心しなさい」
「そ、そっかぁ……。良かったのです……」
「ほんとだぜ……ぐす……。ラビちゃんが無事で良かったぁ……」
アカネとラビが、にぱっと笑い合う。
「にーさんっ。らび、病気じゃなかったよっ」
「ああ、良かったな」
ラビが2ぱっと笑いながら、モジモジし出す。
「あんちゃん、ラビちゃんがだっこだってー……ぇ」
「はうっ、あやねちゃん……」
ラビがモジモジしながらも、俺にちらっと視線を向ける。
俺はラビを抱っこして、ソファに座る。膝の上には鬼姉妹が乗ってきた。
「ラビ。さっきも言ったけど胸の痛みは病気じゃないから安心しな」
「うんっ! にーさんがそういうなら安心なのです!」
ラビが笑って、俺の胸に耳を押しつける。
「はう……。にーさんの心の音、落ち着いて大好きなのです……」
目を細めて、ラビがほおずりする。
「ありがとうな」
しかしラビの胸の痛み……か。おれの顔を見て胸が痛いって、まるでそれは恋煩いみたいじゃないかと思った。
……いや、ないない。
俺のような冴えないおっさんに、こんなにかわいいウサギ娘が恋心を抱くなんてありえない。
狩りにそうだったとしても、光栄なことだとは思うが、しかし思い過ごしというか、ハシカみたいなもんだろう。
アタシお父さんと結婚するんだ、みたいな。そういう時期は一度くらいはあるという。
成長すれば忘れるようなものだ。それでいい。俺はこの子たちの育ての親でいい。この子たちには輝かしい未来が待っている。
俺のような冴えないおっさんじゃなくて、もっと素敵な男の子が、この子たちには必ず現れるだろう。
「にーさん♪ にーさん♪ えへへ、またお胸がきゅっとするけど、病気じゃないってわかったから、へーきなのです~♪」
ラビが楽しそうに、俺の心臓の音に合わせて、耳を震わせる。
「あんちゃんはー……ぁ。もてもてだー……ぁね」
にやり、とあやねが意味深に笑う。
「姉貴、どういうことだよ?」
「さー……ぁねー……ぇい」
くすくすと姉鬼が笑う。かくして、この日の子供たちの相談は、終了したのだった。
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ではまた!




