112.善人、孤児院を増築する【後編】
お昼にあげた前編の続きです。
増築された孤児院を見に行くことになった俺と子供たち。
やってきたのは、孤児院の西側だ。
1階ホールに面した壁をぶち抜いて、そこが出入り口になっている。
入り口に入ると廊下があり、右側に【職員室】と【相談室】がある。
「にぃ、職員室作ったの?」
にゅっ、と俺の肩に乗るのは、銀髪キツネ娘のコン。
艶やかな銀髪と【へ】の字の口が特徴的な少女だ。
「ああ。今まで職員たちの集合場所というか、そこに行けば職員がいるって場所がなかったろ」
職員たちが待機しておく場所、書類仕事をする場所、軽い休憩を取る場所。
というのが欲しくて、職員室を作ったのだ。
「なるへそ。何かあったらここへ来ればよかね?」
「そういうことだ。みんな、困ったことがあったらここに来るんだぞ」
「「「らじゃー!」」」
職員室の隣には、【相談室】を作った。
来客(主にクゥだが)があったときや、重要な会議をするとき。
また子供たちや鬼娘から個人的な相談を受けた時用に、小さな部屋を作ったのである。
【相談室】まで行くと、廊下は左に曲がる。そこには【プレイルーム1】と【プレイルーム2】と書かれた部屋があった。
「プレイルームってなんです?」
はて、と犬っこキャニスが首をかしげる。
「お遊戯室だ」
「おゆーぎ……?」
ううーん……と子供たちがうなる。俺は言葉を選んで、
「みんなが遊べる場所ってことだ」
「「「なるほど……!」」」
納得したようで、俺たちはまず、プレイルーム1へと行く。
「はぇー……。めっちゃ広いです……!」
キャニスが入るなり目を多く見開く。
広さ的に言えば、学校の教室3つぶんくらいの広さだ。
「む。にぃ。この床、フローリング? 体育館のように、つるつるするね」
コンが床にしゃがみ込んで、きゅきゅっ、と手でこする。
「いや、それっぽく作ってるだけだよ」
床は木の板でできている。表面をやすりでこすって、さらに樹脂(魔法薬をまぜた特別製。衝撃吸収作用もあり)で表面を加工してある。
だがそうすると、裸足で走ったりすると擦れて(摩擦等で)劣化していく。
だから表面には、物体の時間を止める【固定化】の魔法を付与してある。
これにより体育館のような床に擦ることができた。
「つるつるてかてか。明日も、はれるやー」
きゅきゅっ、とコンが床をこすって楽しそうにしている。
「うおおお! 広れええええ!」
「走り回れるじゃない!!!」
だだだだだだだ! とキャニスとレイアが元気いっぱいに駆け回る。
「まったくふたりは子供だね。子供のようにはしゃいじゃってまあ」
「コン。おまえも走ってきて良いんだぞ」
コンのしっぽが、ヘリコプターのように回っていた。きっと走りたかったのだろう。
この子もキャニスたち同様、体を動かすのが好きな子供なのだ。
「ふっ、あだるてーなみーは、子供のようにはしゃがぬよ。けどにぃがそう言うのなら、やぶさかでもない」
そう言うと、コンもダダダッ……! と駆け出す。
「鬼ごっこすっぞ!」
「レイア負けないわ!」
「みーの華麗なるデビルバットステップをお見舞いしてあげましょー。デイモンのデビルバッドとはみーのことよ」
だー! と子供たちが駆け足で、縦横無尽に走り回る。
俺はドアからそっ……とプレイルームの外に出る。
すると子供たちの足音が、聞こえなくなる。
「どうっすか?」
隣で巨人族の少女、ユミルが尋ねてくる。
「ばっちりだな」
「ジロさんが考案した【防音壁】。ちゃあんと上手く作動してるみたいっすね」
プレイルーム1の壁は、そとに音が漏れないよう、特殊な構造を取っている。
良く音楽室や体育館の壁のように、壁紙に穴が空いて、その奥に消音性の高いクッションを敷いてある。
さらにそこのクッションには、魔法で特殊な加工がされている。
「小僧は【沈黙】の魔法を使えたのだな」
無属性魔法・【消音】
これは対象の発する音を消す魔法だ。
たとえば群れを呼ぶような魔獣にかければ、遠吠えを消音し、仲間を呼べなくできる。
また自分にかけることで、たとえば魔物に追われてるとき、音を消して、完全に気配を遮断し、難を逃れることのできる魔法だ。
「まさか冒険者用の魔法を転用するとは。今まで考えもしなかったす」
「まあ防音壁なんて概念がそもそもこっちには無かったもんな」
というか考え方の違いだろう。
この世界の住人において、あ【消音】は冒険に使う物だ。という固定観念がある。
そこで言うと俺は異物だ。
彼らから見れば俺は異世界人、異なる発想を持つことのできる人間。
だからこそ、この世界の人間が気付かなかった魔法の使い方にも、気付けたと言うだけだ。
別に俺が凄いわけじゃない。俺が単に最初に気付いたというだけだ。
「…………」
すると山小人のワドが、俺の背中をバシッ……! と叩く。
「小僧。とんでもない発明をしよったな」
「そうか?」
「ああ。これがあればたとえば宿屋などで隣の音を気にせずぐっすり寝ることができる。たとえば音楽家たちの練習場や劇場にもこの防音壁は有用だろう。その他にも使える場所が多々ある……凄まじい発明だ」
ワドが俺をじっと見てくる。そしてぺこっ、と頭を下げた。
「小僧。いや、ジロよ。この技術の権利、ぜひともうちに、銀鳳の槌に買わしてはくれぬだろうか」
頭を下げた状態で、大工集団・銀鳳の槌の頭領が言う。
「わ、ワドさんが頭下げてるっす! プライドの高いうちの旦那が-!」
ユミルが瞠目している。
ちなみにこのふたり、女性同士だがすでに結婚しているら。種族も性別も違うのだが。しかし同性婚は確かにこの世界にもある。
「頼む、ジロ。いくらでも出そう。」
「いや、良いよ。気にすんな。よそでも使って良いよ」
するときょとん……とワドさんが目を丸くする。
「お、おぬし何を言ってるんだ……?」
「だから、この技術。必要とされてるひとたちに無料で教えて良いし、ワドさんたちも普通に使って良いよ。俺の許可なんていらないって」
わなわな……とワドさんが唇を震わせる。
「か、革新的な技術だぞ? 劇場やレストラン。静かさを欲するような場においては、この技術がどれだけ重宝されるか」
「ああ。ならその必要とされる人たちのために、この技術を使ってくれ。防音クッションがたくさん必要なら遠慮無く言ってくれよ。複製でいくらでも出すからさ」
一度作ってしまえば、あとは俺の持つ【複製】スキルで、同じ物を無限に作ることができる。
「ジロ……。本当に貴様は、たいした男だ」
「そっす! ただでここまでしてくれるなんて……! ほんとどんだけ良い人なんすかあんたは!」
ワドさんが腕を組んでうなずく。ユミルが目に涙を浮かべていた。
「大げさだよ。気にすんなって」
俺がそう言うと、ふたりがぺこっと頭を下げる。
「ジロ……。また頼みがあれば遠慮無く言え。何でも創る」
「ありがとう。こんなクソ寒い時期に仕事してくれて助かったよ」
「貴様がしてくれた恩に比べれば、安い物だ」
「そっす! だから気にしないでくださいっす!」
俺は礼を言って、プレイルーム1へと戻る。
「おにーちゃーん!!」
だーっと走ってきて、キャニスが俺の腰にしゃがみ付く。
「たくさん走れたか?」
「うんっ……!」
額には汗をかいていた。
俺はしゃがみ込んで、腰のマジック袋からハンドタオルを取り出す。
頬や額の汗をぬぐう。
「あ、ずるいやん。みーもぬぐって」
「れいあも当然よね!」
だーっ、と子供たちが戻ってくる。
「ぬぐってぬぐって」「はやくしなさいよー!」「おいぼくが今やってもらってんだぞ!」
「わかったわかった。順番な」
俺は子供たちの汗を順々にぬぐう。
「にぃ、色々あるね。床はドッジボールこーとになってるし」
体育館のように、床にはビニールテープで縁取りがさている。
「お遊具もたくさんある」
「ああ。家の中でもいっぱい遊べるようにって、ワドたちと協力して作ったんだよ」
跳び箱やトランポリン。体操用の大きめなクッション。
ボールもたくさんあるし、部屋の片隅には砂場もある。手洗い場もある。
「にぃ、ボール使うの危ないのでは? ガラスあるし」
プレイルームには窓ガラスが張ってある。外の光が入るようになっているのだ。
「大丈夫。ガラスにも【固定化】がかかってるから。割れないよ」
「わぁお。なんと子供たちの安全面に気にした設計でしょー」
にっこり、とコンが笑う。
「にぃ、やっぱり優しい。いっぱいちゅき」
コンが俺の体に登ると、すりすり、と俺の頬に自分の頬をこすりつけてくる。
「おにーちゃんはやっぱスゲーです! 家の中で運動できるなんてサイコー!」
「兄ちゃんが凄いの当然じゃない! だってれいあの兄ちゃんなのよ!」「みーみー!」
キャニスとレイアも、俺の肩や背中にしがみついてくる。
「すんすん。すこすこ。今日のにぃのにおい、グッド」
「ばっかおめー。おにーちゃんのにおいはいつも良いにおいすんだろ?」
「れいあもこのにおい嫌いじゃないわ。れいあに好きって言われて感謝なさい!」
すんすんすん、と子供たちが鼻を鳴らしながら言う。
「ありがとな。そう言ってくれて嬉しいよ」
すると俺の背後で、ワドさんとユミルが入ってくる。
「ジロさんは子供に好かれてるっすね~」
「ああ、ありがたいことだよ」
「フン……!」
ゲシッ、とワドさんがなぜか知らないが、俺の足を蹴ってきた。
「帰るぞユミル」
「あー、ワドさん。もしかして嫉妬っすか? ジロさんがモテモテだから妬いてるんすねー」
「ち、違うわ……! 阿呆なこと言ってないでか、かえりゅぞ!」
ずんずん、と山小人の少女が出て行く。
「あたしは別に気にしないっすよ。あたしもジロさん好きだし。重婚オッケーだしこの世界。なんならふたりでジロさんのお嫁さんに……って、痛い痛いっす~。つねんないでー」
と、巨人族の少女も、その場から出て行ったのだった。
「さて、じゃあみんなを呼んできて、みんなでドッジボールするか」
「「「いいねー!!」」」
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