111.善人、鬼娘たちと冬の森で狩りする【後編】
いつもお世話になってます!昨日のつづきからです。
桜華の娘である長女の一花と、次女の弐鳥とともに、冬の森で狩りをしている。
あのあと、俺たちはホワイト・ベアを数頭倒した後、
「寒くなってきたな。いったん休憩を取ろうか」
ということになった。
「おっ、いいね。空の下でってのも、乙なもんさね」
長身で長い髪を武士のように総髪にしているのが、長女の一花だ。
「おにーさん、一緒に暖め合おう♪」
子供のように小さいのに、胸は一花に負けず劣らずのその子が、次女の弐鳥。
ふたりは目を爛々と輝かせながら、俺へにじり寄ろうとする。
「違うよ……。普通に休憩な」
「「なんだー」」
残念そうにつぶやく鬼姉妹。
俺はマジック袋(【無限収納】が収納された袋)から、キャンプ用の折りたたみイスを人数分取り出す。
大学生の頃は、先輩とよくアウトドアをしたから、アウトドア用品も作れるのである。
「今暖かいもの用意するから、ふたりはイスに座って待ってな」
俺は続いて、水筒を取り出す。
マジック袋から500mlのペットボトルサイズのそれの蓋を開ける。
続いてカップと粉を取りだす。
粉末をカップ内に入れて、そこへ水筒の中身をトポポ……と注ぐ。
「こりゃ驚いた。火もたいてないのにお湯ができてるじゃあないか」
一花が瞠目する。カップからは湯気が立っており、香ばしいにおいが立ち上がる。
外気で冷めないうちに、俺はカップを鬼娘たちに手渡す。
「わ、わ、凄い……あったかい。おにーさん何これ魔法?」
「違うよ。魔法瓶にお湯を入れておいたんだ。それをこのマジック袋の中に入れておいたんだよ」
マジック袋はアイテムボックスになっている。中に物を入れた瞬間、その物体の時間が止まるのだ。
つまり生ものを入れても傷まない。魔法瓶にお湯を入れておけば、いつでも暖かい飲み物がすぐ飲めるわけだ。
鬼娘たちはハァーと感嘆の吐息を付くが、
「はぁ……よくわからないけど、兄ちゃんがすげえっつーことだけはわかった」
「ほんとほんとっ♪ おにーさんって強くて何でもできて、ほんと素敵! 早く抱いてよ~♪」
ニコニコしながら、俺にぎらついた視線を向けてくる。
その目は情欲に濡れていた。俺の下半身をロックオンしている。心なしか呼吸が荒いように思える。
「いやだからな。そう言うのは愛をはぐくんでからなんだよ。というか冷めるから飲みなさい」
ずず……っと鬼娘たちが、俺の作ったコーヒーを飲む。
一花は片手でグビグビ。弐鳥は両手で包み込むようにしながら、ちびちびと飲む。
ややあって一花は飲み終え、空いたカップを手渡してくる。弐鳥も同様。俺はふたりからカップを回収し、マジック袋に戻す。
「しかし兄ちゃんも強情だねぇい。別にいいじゃなあないか。愛がなくても、女は抱けるだろう? それともアタシのじゃ不満かい?」
一花がスッ……っと目を細める。いつもの明るい調子はなりを潜めていた。
「……不満じゃないよ。一花は若くてキレイでスタイルもいい。俺みたいな冴えないおっさんにはもったいないくらいだよ」
そこは本心だった。
彼女がもしも鬼ではなければ、今頃人間たちからモテモテだっただろう。
だが鬼。人食いの化け物。そういう固定観念のせいで、人間たちは恐怖し、逃げていく。
……かわいそうだ。彼女はこんなにも明るく気さくで、そして美しいというのにな。
偏見で物を決めるなんてな。
「謙遜謙遜。兄ちゃんは十分、いや十二分に魅力的さね」
うんうん、と一花がいつもの調子に戻ってうなずく。
「そうだよ! お金も地位も持ってるし、何より筋肉質でスケベな体してるし……」
一花と弐鳥がスクッ……っと立ち上がって、俺の両隣にしゃがみ込む。
一花の長い腕が、するりと、俺の服の下に入る。弐鳥がチロチロ……と俺の首筋を、舌でなめてきた。
「そうそう。そこ重要さね。やっぱ自分の子供にはたくましいオスの血を継いでいてほしいわけよ」
一花の滑らかな手が、腹筋、そけい部、そしてズボンの下へと伸びる。
ひんやりとした手で肌を撫でられ、俺はくすぐったさを感じた。
「というわけで兄ちゃん、寒空の下で一緒にどうだい?」
一花が上着を脱いで、上目遣いで俺を見やる。むわっ……と汗の甘酸っぱいにおいが鼻孔をついた。
「ママみたいにおっぱいおっきくないけど、とっても美味しいと思うよ~♪」
弐鳥がハァハァッと荒い呼吸をしながら、俺の腕に自分の胸をこすりつけてくる。
「……気持ちだけ受け取っておくよ」
俺は立ち上がってふたりから離れる。
「好意を向けてくれるのはとても嬉しいよ。けどやっぱりそういうのはもう少し段階を踏んだ方が良い。互いに気持ちの通じ合ってない状態でやったところで、生まれてくる子供がかわいそうなだけだろ?」
俺はマジック袋から新しいカップと魔法瓶を取り出し、2杯目のコーヒーを作る。ふたりに手渡す。
「兄ちゃんは、けちんぼだねぇい」
「いっちゃんさー、もう押し倒しちゃおうよっ♪」
弐鳥がウンウンとうなずく。
「そりゃいいけど、弐鳥。兄ちゃんは鬼に命令するスキルをもってるさね」
一花が俺の左手を見やる。
手袋の下でわからないが、中指には指輪が収まっている。
かつて桜華からもらった、【鬼に何でも命令を下せるスキル】の入った指輪だ。
これがあればどんな鬼にも、好きに命令を下せる。
「あー、そっかぁ~。ちぇー。それがなければ逆におそえたんだけどな~」
「やめてな。この指輪使うの、心が痛むからさ」
そう言って、俺は【魔法】を発動させる。
「…………」
魔法が発動し、その結果が脳内に流れ込んでくる。そっか。降りてきてるのか。
「……こりゃあ、ふたりにはまだ荷が重いな」
俺はうなずくと、「すまん、ちょっとこの場を離れて良いか?」
ふたりは首をかしげる。
「あれ? 兄ちゃんどこ行くんだい?」
「ん、ああ……ちょっとなお花を摘みにな」
弐鳥が姉の肩を叩く。
「花を摘みって、どゆこといっちゃん?」
「ばっか。トイレに決まってるさね」
「なるほど! じゃあ付いてくね!」
「なんでそうなる……」
鬼娘たちがニマニマと笑う。
「用を足した後に、ちょいちょいっと」
「そうそう。アタシらそういうの気にしないから」
なんの話をしているのだこの子たちは……。
「頼むからもう少し性欲を押さえてくれ……」
「そりゃ無理さね」
「だって性欲お化けのママの娘だもん」
「「ね~」」
まあ夜の桜華を思えば、このふたりの言葉も、そして性欲の高さもうなずけた。
「……いいから。ふたりともそこにいてくれ。付いてこないように」
「「はーい」」
俺はふたりに背を向けると、森に向かって歩き出す。
「……さて」
俺はもう一度、魔法を発動させる。
魔法を複製。
「……【探知】」
無属性魔法・探知。
周囲の生体反応を調べる魔法だ。
一花たちや森の冬眠している動物たち。
そして……。
「……やっぱいる、よなぁ」
ひときわ大きな生体反応が、うろちょろと歩いている。
大きな生体反応。これは強力な魔物の反応だ。ダンジョンで言うボスモンスター。集団で言う頭のようなもの。
「慣れてないあの2人じゃ荷が重い。……俺がやるしかないな」
一花たちは、武芸の心得があるとは言え、戦闘経験は浅い。
ボス相手にどこまで立ち回るか未知数だ。
まあだからといって俺1人で行くのもどうかと思うが。ボスと戦いなれてないふたりを守りながら戦うのは骨だ。
俺はいちおうは、20年間、冒険者をやってきた。それなりに戦いの場数は踏んできている。
相手が誰かにもよるが、まあ対処は可能だろう。今は利き手である左腕も、自由に動くしな。
歩くこと数十分。
森の中に、ひときわ大きな熊を発見した。
「GURORORORORORORORORORORO!!!!」
「……ボス・ベアか。山から下りてきたんだな」
3mほどの、巨大すぎる熊だ。人間の倍くらいある熊って凄いな。
体毛はホワイト・ベアと違って紫だ。
そして口からは4本の鋭い牙が生えている。あとはホワイトベアとほぼ同じような身体的特徴をしていた。
「GRURORORORORORORORORORORORORORORO!!」
ボス・ベアも、山に食料がなくなって降りてきたのだろう。
冬期には特に、そういうことが多い。山の実りはどうしても冬になると減ってくるからな。
他の草食動物たちは冬眠で引っ込むし。そうなると山を下って、人里を遅うしかない。
「ふぅー……」
ベアの血走った目。そこには完全に理性はない。話がそもそも通じない。食料をあげるから帰ってくれなんて言っても、逆に襲われるだけだ。
ならやるしかない。
「複製→【火槍】!」
消費魔力3の中級火属性魔法を複製する。
炎の槍が、ベアの顔面目がけて飛んでいく。
どがぁあああああああああん!!!
大きな音と激しい爆発の炎があがる。だが致命傷には至らない。それでいい。目的は別だ。
「GURO……!!!」
ぐらり、とベアがのけぞる。
重心が後ろにずれたのを確認して、俺はまた魔法を複製する。
「【滑】!」
相手の摩擦を奪う魔法を使う。すると重心が後ろになっていたことで、すてーん! とベアが仰向けに転ぼうとする。
俺は素早くマジック袋から剣を取り出す。
【武器攻撃強化】、【貫通力強化】の魔法が付与された剣を構えて、ベアに肉薄。
ドシーンッ!!!
と仰向けに倒れたベアの前まで俺は移動。
「GI……!!」
「っらぁ……!」
俺は渾身の力を使って、ベアの急所である心臓を、勢いよく剣で突き刺す。
「GIRAAAAAAAAAAAAAAAAAAA……………………!!!!!」
ベアの急所については、冒険者時代の名残で熟知している。急所を突くのは常套手段だからな。
だが剣で心臓を貫いたとしても、安心してはいけない。
野生動物、特にどう猛なこいつらは、たとえ頭がちょん切れたとしても、心臓を突き刺しても、少し体が動き回る。
特に末期のあがきは厄介だ。それでケガした人間を何人も見ている。
俺は油断せずその場から離れる。だが特別に何かをしない。
放っておけば血が体から完全に出て、酸欠状態となり、死亡するからだ。
じたばたじたばた……と最後のあがきをするベアを、俺は見やる。
剣で体を、地面に縫い付けられているからな。逃げたくても逃げられない。
ややあって、ベアがおとなしくなる。俺は油断せずベアに近づく。
ベアは俺の気配を感じても、まったくアクションを取ろうとしなかった。完全に事切れたようだ。
「……まだ勘は鈍ってないな。左手も動くし」
意外とまだ冒険者をやれるかもしれない。まあ、やる気はもうサラサラない。
今の俺には守るべき生活が、愛する家族たちがいる。彼女たちを守るのが俺の使命だ。
とベアを倒して浸っていた、そのときだ。
「兄ちゃん……」「おにーさん……」
背後を振り返ると、そこには鬼娘たちがいた。
ばつの悪さを感じる。すぐに戻ろうと思ったのだ。どうやらベアが倒れた音を聞きつけたのか。あるいは俺の戻りが遅いのを気にしてやってきたのか。後者っぽいな。
鬼娘たちは俺の側までやってくると、倒れ伏したベアと、俺とを見て、
「すごいじゃないかい!」
「すっごーーーい!!!」
と目を輝かせる。
頬を赤らめながら、俺の腕にしがみついてきた。
「なんだいなんだい、ひとりでこんな化けもん倒せるんかい! アタシらイラン子じゃあないか!」
一花の顔には、避難の色は見えない。嬉しそうに笑いながら。ぎゅーぎゅーっと自分の乳房を押しつけてくる。
「いやまあ……運が良かったんだよ。それにできれば一対一の状況は作りたくない。安全策をとるなら3人でチームでの狩りが1番だ」
ただ今回は、ボス・ベアに慣れてない仲間がいた。だから単独撃破をした次第。
安全な策とは言えなかったので、できれば使いたくない手だった。
そんな事情を知らない一花は、にかっと笑って、ばしばしと俺の背中を叩く。
弐鳥が俺の腰に抱きついてくる。
「その割にちょー手慣れてた! ちょーかっこよかったー!」
「ああ。すんげえ男気だ。正直ぬれちまったさね」
「うんっ! ねっ、ねっ、おに~さん。おにーさんの赤ちゃん産ませてよぉ」
また情欲に濡れた、ぎらついた目を、ふたりが俺に向けてくる。
弐鳥が足で俺の太ももを挟み込んで、すりすりと体をこすりつける。
「アタシもおんなじさ。な、兄ちゃん。いいだろ?」
一花ははぁはぁと荒い呼吸をしながら、口の端からよだれを垂らす。すでに目から理性の光が失われつつあった。
「……良くないよ。ふたりとも、そう言うのはきちんとした相手をだな」
ぐいっ、と俺はふたりから離れる。
「だから兄ちゃんがいいんだってば!」
「そうだよ! 他にいないよ! お願い、抱いて!」
「そんでアタシらとドロドロになるまで楽しいことしようじゃあないかい」
何度も押し倒されそうになったが、俺はそのたびによそうなとたしなめた。
最終的に襲われそうになったのだが、申し訳ないと思いつつ、スキルを使って危機回避。
無責任に子供たちを傷物にするわけには行かないからな。
そんなふうにして、狩りは終了。俺たちは孤児院へと戻るのだった。
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