109.善人、子供たちにすき焼きを食べさせる
いつもお世話になってます!
クゥのところで仕事をした、その日の夜。
王都から孤児院へと帰ってきた俺は、厨房にいた。
俺は子供たちに食わせる料理を作っているのである。
「まだかなー、なぁコン、まだかなぁ!」
子供たちの声が、厨房の隣、1階ホールから聞こえてくる。
「へい、キャニス。君も淑女ならば落ち着きたまへ」
「じゅくじょ?」
「そうそう熟女……って、誰が年上のマダムやねーん」
コンのノリツッコミ。
しかし……。
「?」
「ノリツッコミが存在しない異世界……あうん」
コンの凹んだ声がする。
「こ、コンちゃん。落ち込まないでっ。ふぁいとー!」
「らび……励ましてくれるのね……優しい……ちゅき」
「えへへっ♪ ラビもコンちゃん大好きなのです!」
「そーしそーあいやん。新婚旅行は熱海にでも行くかい?」
そうこうしているうちに、俺は下準備を終えた。
嫁たちと協力し、俺たちは子供たちのいる、ホールへとやってくる。
ホールにはこたつがあり、子供たちはそこで体をツッコんで暖まっていた。
「飯かっ!」
いぬっこキャニスが、いち早く俺に気付く。
他の子たちもバッ……! と腰を浮かせた。
「これから煮込むから。ちょっと待ってな」
すっ……と子供たちが素直に着席する。
俺はこたつ机の上にコンロを置き、そこにお鍋を設置。
割り下とお肉や野菜を入れて、コンロに火をつけ、蓋をする。
ことこと……と煮込む様を、子供たちがじぃっと見てくる。
「姉貴ぃ……腹減ったぁ……」
妹鬼アカネが、くぅ、とお腹の虫をならして言う。
「ちょっとまってねー……ぇ。今あんちゃんがうめー……ぇもん。作ってるってー……ぇ」
姉が笑いと、妹のお腹をよしよしと撫でる。
「「「おおー!」」」
子供たちが目をキラキラさせる。
「また来んのか……うますぎけーほーが!」
クワッ……! とキャニスが目を見開いて、鍋を凝視する。
「最近警報なりっぱなしなのです!」
「今日はどんなうめー……ぇもん。なんだろー……ぉね」
子供たちの口から、たら……っとよだれが垂れた。
期待してくれるのは嬉しい。
きちんとその期待に答えないとな。
俺たち職員は子供たちの口元をぬぐったり、早く早くと待ちきれない子供たちをいさめる。
ややあって、鍋が煮立った。
「よし。よしみんな、できたぞー」
「「「待ってたー!!!」」」
行儀良く座って待っていた子供たちが、両手を挙げて喜ぶ。
俺たちは子供たちを、子供用のイスに座らせる。
お鍋の蓋を、ぱか……っと空けると、ふわりと香ばしい香りが鼻孔をついた。
「おっ、おっ! なあおにーちゃん! ぼくこれ知ってる! お鍋ってやつだろっ!」
犬娘がそのふわふわのしっぽを、ぴーんと立たせた。
「惜しいな。今日は違うぞ」
「ちげー?」
はて、とキャニスが首をかしげる。
「こ、これは……伝説の……すきやーきやんけー」
コンが目をキラキラさせながら、両手を挙げる。
キツネ尻尾をヘリコプターのように回し、キツネ耳をぱたぱたさせる。
「なしてすきやき?」
「コン、今朝言ってただろ。お土産にお肉をよろしくって」
「!」
コンがしっぽを、ビーンッ! と立たせる。
くるっ、と子供たちを見て、コンが言う。
「みなのしゅー、やばい。死人が出るぞ……!」
「「「な、なんだってー!?」」」
戦慄する子供たち。
「ど、どういうことでやがるです!」
「ふぇええ……死んじゃいやなのですー……」
くすんくすん、とラビが鼻を鳴らす。
それを見てコンが慌てて、
「あ、ラビごめんね。そういうことじゃないよ。泣かないで」
と、ラビを慰める。
俺はラビの元へ行って、抱っこし、よしよしとあやした。
「にーさん……」
「大丈夫。あれはコンのたとえ話だから。な、コン?」
俺はしゃがみ込んでラビを座らせる。
コンがペコッ、と頭を下げた。
「美味すぎて死人がでるかも、ってゆー、比喩表現だよ。驚かせてごめんねソーリー」
「ううん。ラビが勘違いしちゃってただけなのです。コンちゃんは悪くないのです!」
にぱーっと笑うラビと、ニコッとわらうコン。今日も子供たちは仲良しだった。
それはさておき。
「にぃ、はりー。もうみーたちお腹ペコちゃんよ」
「おー! そーだよおにーちゃん! 早く食わせろや、です!」
子供たちが目を輝かせる。
獣人たちは耳やしっぽを激しく動かし、鬼姉妹はよだれを垂らして待ちきれない様子だ。
「ああ。すぐにいただきますするからな。みんな、おとなしく座ってなさい」
「「「はーい!」」」
俺たち職員は、取り皿やスプーンとフォークを用意したり、飲み物を出したりする。
準備完了。
俺は子供たちに向かって言う。
「よし、じゃあ前と一緒で、鍋には絶対に触れないこと。食べたいのがあったら大人に言うこと。オーケー?」
「「「オーケーおーーけーー!!」」」
みんな素直で賢い子たちなので、職員の言うことはきちんと聞いてくれるのだ。
「にぃ、先陣を切る! みーがみんなの盾になる!」
はいはい! とコンが手を上げる。
一番手を買って出ようとした……そのときだった。
「おいコン! 待てや!」
ビシッ! とキャニスがキツネ娘を指さす。
「む。なにかねキャニスくん」
「たまには別のやつが最初に食わせろや、です!」
犬娘の言葉に、なるほど……とコンがうなずく。
「む。一理あるね。では誰から?」
するとキャニスが、うさ耳娘を見て言う。
「んなもん……ラビに決まってるだろです」
急に俎上に上がり、ラビがわたわた……と慌てる。
「え、え、ら、らびが……?」
キャニスが神妙な顔つきで、こくりとうなずく。
「そー。だっていつもおめー、最後だろ? 今日くらいは最初にしねーと、不公平ってやつです」
うんうん、とキャニス。
鬼姉妹も、
「ラビちゃん優しいからねー……ぇい」
「ラビちゃんいつも自分は最後で良いって言うよな。キャニスの言うとおり、今日は最初にしてやりたいぜ」
と同意。
「だろ? みんなラビが最初でいいですっ?」
「「「異議なーし!」」」
全員一致で、ラビから食べることになった。
「み、みんなありがとうーっ!」
にぱーっとあかるい笑顔を浮かべた後、
「にーさんっ」
とそのまま俺を向いてくる。
「みんなにちゃんとお礼言えて偉いぞ」
「えへへっ♪」
「みんなもサンキューな。優しいやつらばかりで俺も嬉しいよ」
「「「えへへ~♪」」」
さておき。
俺はラビの食べる分を、取り分けようとしていた。
「よし。じゃあ一口いってみるか。何から食べるか?」
「お肉っ!」
とラビが笑顔で即答する。
「説明しよう。ラビはウサギの獣人なのだが、意外とお肉が大好きウーマンなのだ」
「おいコン。おめーだれに説明しているです?」
「ふふ、テレビの前の視聴者さんに向けてですよ」
俺は鍋からよそうまえに、冷蔵庫から出しておいた生卵を手に取る。
「にーさん。卵さんどうするのです?」
手に持った卵を見て、ラビが首をかしげる。
「これはこうして割って。箸でかき混ぜる」
殻を割って容器に投入。
あとは箸で混ぜて、準備完了だ。
「お鍋に入れるのです?」
「惜しい。鍋の具をここに入れて食べるんだ」
俺は菜箸で、鍋の中の具を取る。
溶き卵に絡めて、俺は肉をラビに向ける。
「ほら、お肉だ。ラビ」
「…………」
ラビが赤い顔をして、もじもじ……と身をよじる。
ちらちら……と何かを期待するような目を、俺に向けてきた。
「どうした?」
「あの……にーさん。らび……らびはその……あの……あう……」
ラビが顔を真っ赤に染めて、肩をすぼめる。
それを見たコンが、きらんと目を輝かせて言う。
「へいにぃ。ラビはふーふーからのあーんがしてもらいたいんだよ」
「はう……! コンちゃん……」
ラビが顔をさらに真っ赤にする。
だがあたりだったようだ。
パタタタタッ、とラビのうさ耳が、小鳥の翼のように羽ばたく。
「ほら、あーん」
「あ、あーん……」
俺は肉にと息を吹きかけて冷まし、ラビに端を向ける。
うさ耳娘は小さな口を、おおきく開いて、はむっ、とお肉を食べる。
もぐもぐ……と咀嚼した後、嚥下する。
「どうだ?」
「~~~~~~!!!」
ラビの垂れ下がったうさ耳が、ぴーん! と立ち上がる。
「おいしー!!!」
ぴょんっ! とラビがその場でジャンプする。
「文字通り飛び上がる美味さなだ-……ぁね」
「うんっ! とってもとっても、とぉってもお肉が美味しいのです!!」
これ以上無いほど、あかるい笑みを浮かべて、ラビがあやねに言う。
他の子たちも、他の職員たちに食事を取らせてもらっていた。
俺はラビの相手をする。
「ほら、あーん」
「あーんっ! ん~♪ 甘塩っぱくって美味しいのですー!」
両手に頬を添えて、ラビがいやんいやんと身をよじる。
その隣で、コンが震える声で俺にいう。
「にぃ……このお肉、お高いお肉でしょっ?」
「なっ! なっ! 肉がやべえです! とにかくやべーです!」
うんうん! と子供たちが笑顔でうなずき合う。
これはクゥのところからもらってきた、最高級のお肉アイテムだ。
それをすきやき用に俺がカットして使っているのである。
「溶けるのです! 口に入れた瞬間に消えるのですー!」
はぐはぐはぐ、と子供たちがすきやきを食べる。
けどもっぱら、牛肉ばかりだった。
「ちゃんとお野菜も食べるんだぞー」
と俺が注意しても、
「肉ー!」「にくにくー」「お肉がいいのですー!」
と子供たちは肉をガンガン腹に入れる。
子供たちにいかに野菜を食べさせるかで、俺たち職員は頭を苦労した。
だがお肉を食べてる子供たちの笑顔は、天使のようにかわいい。
なのでついつい、お肉を食べさせてしまいそうになるのだが……ぐっと我慢する。
そうやって子供たちに食事を食べさせた後……。
「わふぅん……しあわせ~……♪」
「やばい。にぃ。みー太っちゃう」
キャニスとコンが、夢見心地の表情で、自分のお腹をぽんぽんと撫でる。
「十分痩せてるよ」
「お世辞は結構。だがお世辞が嫌いな女はいない。つまり喜ばしい」
にこーっと笑ってコン。
「もう何も食えねーです……」
「おなかぱんぱんだー……ぁね」
「姉貴ぃ~……。苦しぃ~……」
子供たちがみな、お腹を膨らませながら、仰向けになって、微動だにしてない。
「大丈夫かアカネ?」
「うん……。苦しいけど、美味かったし」
にこーっと笑うアカネ。
「「「うまかったしー!」」」
と、他の子たちも追随する。
「にーさんありがとーなのです!」
「美味しいお肉。てんきゅー」
「「「てんきゅー!」」」
食事を取り終えた子供たちが、全員笑顔だった。
俺は作ったかいがあったなと、満足するのだった。
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